続続々、とある"会計責任者"の嘆き(または愚痴)
―― その話が帝の側近である"増束はかり"の耳に入ったのは、佐世保で起きた某襲撃事件の発生当日の夜であった。
彼女にとって、この事件が頭を抱える一件となったのは、関係者のほぼ全てが過去から現在に至るまでに関わりを持つ人物達で占められていた事だった。
鬼姫、鬼の王、皇立学校の生徒会、そして"御媛"と、それに付けた護衛役。
特に厄介なのは、護衛役の兎人族の者が過去の恨みから暴挙に及んだという事実であった。
『はぁ〜、よりにも寄って帝の顔に泥を塗るような真似をなぜ行ったのだ? これでは帝も悲しまれように。』
このような愚痴を呟きつつ、増束は上がってくる情報を元に資料を纏めていた。
そして、その資料が纏ったのは、事件発生から数日後、もう七月も終わろうかとする時であった……
『帝、本日もご機嫌麗しゅう御座います。臣、増束はかり、お召しにより参上致しました。』
いつもの様に言葉を発して、増束は帝の反応を窺う。
すると、そこには瞳を瞑り、何事かを考える帝の姿があった。
それを見て、増束は『ああ、帝も"過去読"で知っておられるのだろう。私が持ってきた資料など、せいぜい補完の具にしかなるまい。』と思っていた。すると……
『はかり、今回は残念な事になりましたね。まさか彼女が暴挙に及ぶとは。過去読で彼女の過去をもっと深く見定めるべきでした。』
瞳を閉じたまま、帝はおもむろにそう語りかけた。
それを受けて増束は『はっ、帝の申す通りかと。臣めも此度の暴挙は想定していませんでした。本来ならば我々の方で裁くべき事案だったのですが……』と述べたところで、帝の口から出た言葉に増束は驚く。
『"また東雲か!"と言いたいのでしょう? 顔にそう書いてありますよ、はかり。』
増束は、一人になった時に必ずと言って良い程に愚痴る言葉を、帝に先取られた事に驚いたのである。
慌てて『帝、僭越ながら、確かに愚痴ることはありますが、なぜそれを……』と述べたところ、帝は『忘れた? 過去読ができるという事は、当然貴女の事も見ているって事なのよ?』と語る。
この時、増束は思わず『しまった……、帝の御力を考えれば、私の事も把握して当然だ。事あるごとに愚痴っていた事を帝は知っておられた。さぞ、情けない臣下だと思われよう。』と心の中で呟く。
そんな増束に向け、帝は更に語る。
『はかり、今回山県ちゃんは"戦国送りの刑"になったわ。それは貴女も把握していると思うけど、武田ちゃんのお兄さんの下に置かれた以上、この件はとりあえずおしまいよ。事実上の島流し……この場合は"違う世界の過去"流しだからね。これを以て、山県那苗への罰とします。いづるちゃんの判断を追認する形だけど、貴女も解ってくれるよね?』
それを述べ終えた時、すでに帝は増束の目の前に歩み寄っており、いつもの表情で"お願いはかりちゃん"と言わんばかりであったという。
帝との謁見を終え、通路を歩く増束はため息吐息であったという。
『はぁ、また帝に押し切られた。本来なら山県の罪状を確定させ、ヤマトの法。または高天原の法で罰しなければならないのに、東雲の奴に……いや、今回は武田の姫も絡んでいる。迂闊に文句も言えないか。はぁ……』
増束も帝が言う"武田ちゃん"が何者であるかは把握済みであった。
それだけに、いづる個人だけでなく、武田家まで絡んできた事に頭を抱える事となる。
過去の"とある帝"の勅令に従うならば、違う世界出身とはいえ、天孫の末裔なのだ。つまり未来の帝候補と見做すこともできる。その人物が動いた結果なので、増束としてはただ帝の指示に従うしかなかったのである。
『あぁっ!! 本来なら"また東雲か!"と言いたいのに、今回は"今度は武田家か!"と言わねばならんのか。ちくしょうめ〜!!』
この日、増束はかりが寝る前に飲んだ精神安定薬の量は少し多めだったようである。そして寝る前に『今度、心療内科でも行ってみるか……』と呟き、眠りに入るのであった……
碧月帝の側近、増束はかりの苦労はまだまだつづくのである。果たして彼女に心の平穏は訪れるのだろうか?
それは誰にもわからない……
ー つづく? ー
―― 後日、増束はかりは、高天原から一人の若い兎人族の少女を呼び寄せる事となる。
しかし、その少女がはかりの思いにもよらぬ事を引き起こす事になろうとは、この時のはかりには知る由もなかったのだった ――
ー 本当につづく ー




