背中を押す
三日月が光る夜に私は恋焦がれている人を訪ねた。
「何しに来たんだ」
相変わらずぶっきらぼうに言い放つ彼に私は笑い返す。
「遊びに来たんですよ。今日は月が綺麗ですから」
「見ての通り俺は暇じゃないんだ」
「草むしりされていますね、もっと明るいうちにやったらいいと思うんですけど」
「日中は暑いだろう」
「今も充分暑いですよ」
「マシな暑さだと思う」
「それもそうですね」
暇じゃないと言いながらなんだかんだで会話をしてくれる。そういうところも好きだと思った。
「夜に1人で草むしりなんて、寂しくないんですか?」
「この時期は夜が賑やかだからあんまり寂しさを感じないな」
夜でも響く蝉の声とカエルの合唱。確かに寂しさは感じづらいかもしれない。
「どんな時期でも寂しくなくなるように、そろそろ身を固めても良いと思うんですよ」
「余計なお世話だ」
「心配なんです」
「お前に心配される筋合いはない」
そう言われてしまうと返す言葉がない。だが、彼にはそういった意味でも幸せになってもらいたいと思っている。たとえそれが自身の勝手な押し付けだったとしても。
「忘れられない人がいるんでしょう?」
彼は押し黙ってしまう。私は肯定の意味だと解釈して続ける。
「ずっと見てたから分かりますよ」
「だからどうしたっていうんだ」
「想いを伝えにいかないのかな、と思いまして」
彼はあからさまに苦い顔をした。
「大人ってのはなぁ、自分ではどうしようもできない事象を数多に体験するんだよ。それもこの一つだ」
「大人というのは難儀ですね。でも見てられませんよ、ずっと立ち止まって切ない表情をしているあなたを」
「俺そんな表情してたのか?というか見るなよそんなところ」
気まずそうに目を逸らす彼に詰め寄る。
「それで、いつ告白するんですか」
「なに勝手に話を進めてるんだ。告白なんかしないよ」
しゃがんだまま後ろに下がり私から遠ざかる。
「なにを臆病になっているのか分かりませんが、とりあえずもっと自信持って良いと思います」
私もしゃがみ彼と目線を合わせる。彼は雑草を見つめながら幾分か声量を抑えて話す。
「何を根拠に言ってるんだか」
「じゃあ、今ここであなたの良いところ言いましょうか?」
「言えるものなら言ってみなよ」
「それでは1つ目」
「やっぱりやめて、居た堪れなくなる」
軽く50個程言う気だったのだが、気概を削がれてしまった。心なしか威勢が無くなってきている彼を勇気づけようと言葉を探す。
「私、人を見る目はだけはあると思ってるんですよ。その私が豪語します、あなたなら絶対に意中の人を射止めることができます」
彼とやっと視線が合う。その目は何を言っているんだと言いたげだった。
「人というのは自分の長所に気付きづらいものです。あなたには自分でも気づいていない魅力に溢れているんですよ」
どうにか自信を持って欲しくて半ば必死に伝えているが、段々と自分が実は恥ずかしいことを言っているような気がして顔に熱が集まる。
しかし、そんなことはお構いなしに彼は不思議そうに私に問うた。
「どうして俺にそんなに告白させたいんだよ」
どうやら私の気持ちは伝わっていないようで安心やら寂しいやらの感情になる。
「幸せになってほしいからです」
「今の俺は幸せじゃないって?」
「そう言うことではなく」
どう伝えたものかと思案していると彼が立ち上がり私を見下ろす。
「俺よりもまずは自分の幸せを考えた方がいいと思うけど」
「あなたが健やかで、心から笑顔で生きていてくれたら私は十分に幸せですよ」
私も立ち上がるが依然として見下ろされたままである。
「何というか素直だな。俺は捻くれてるから想いを伝えるのだって上手くない」
「それで良いと思います。伝えようとする気持ちがあれば相手も汲み取ってくれますよ」
「ずいぶん達観してるな」
「開き直ってるとも言うかもしれません」
私が苦笑いを浮かべると相手の表情も柔らかくなった。その表情に心拍数が鰻登りにっていることはおくびにも出さずに。
「まぁ、考えてみるよ」
「おぉ、告白する気になりましたか」
「そんなに説得されちゃあね」
彼から聞きたかった返事が聞けたのでそろそろ帰ろうと踵を返す。
「それじゃあ、次会った時は惚気話でも聞かせてくださいね」
「誰が言うか」
彼の声を背に受けながら草木が生い茂る家路を歩いて行く。
暫く進んで彼の姿も見えなくなったであろうところでしゃがみ込む。カエルの大合唱が私を責め立てるように耳にこびりつき思わず耳を塞いだ。
彼の幸せを保証できないのに随分自分勝手に言ってしまった。結局は自分の恋を終わらせたいが為のあの行動だったのだ。
それでも、お願いだから幸せになってほしい。