06
卒業の日がやってきました。
我が学校の卒業パーティーは王国軍の叙任式も兼ねていて、今回はルシアン王子もご卒業されることから、なんと陛下もご参加されております。心なしかパーティーも例年より豪華な気がします。
私はレオンに会えるという胸の高鳴りと、今日で諦めるぞという覚悟とで落ち着かない気持ちでおりました。
折しも壇上では叙任式が執り行なわれようとしていました。王国の軍務系所属となる生徒は、陛下の前で騎士の誓いを立てるのです。
今回の叙任対象は10名ほど。壇上に上がる生徒の中にレオンの姿を見つけました。
久々に顔を見られて、私の胸がきゅうと高鳴ります。
「王立騎士団所属――セドリック・マールベリー」
騎士希望の生徒のうち、王立騎士団所属となる方の名前が呼ばれ、順々に跪いて騎士の誓いを立てていきます。
今回叙任される方は王立直下の騎士団となるいわゆるエリート層ですので、聴衆は名が呼ばれるたびにわあ、というざわめきが起こります。
レオンは近衛騎士となるはずなので、呼ばれるのは最後の方でしょう。近衛騎士は年によっては0人のこともありますので、なかなかの快挙です。
「――王立騎士団、以上8名」
王立騎士団所属の叙任が終わり、続いては近衛騎士が呼ばれるはずです。やはりレオンは近衛騎士ですね。フィオナに並び立つレオンを思わず想像して、私はぶんぶんと首を振りました。いけないいけない、クールに見送るのです。
「近衛騎士――ガイ・ランフォード」
わあ、とまた歓声が上がりました。ランフォード家は王族の剣として有名な家系ですし、演習でも成績を残していましたのでさすがの進路です。
ランフォード家の方は嬉しそうに騎士の誓いを受け、王家の紋章の記された叙任章を受け取りました。
「――近衛騎士団、以上1名」
あら? 1名?
壇上で叙任を受けていないのはレオンだけです。何かの間違いかと、周囲の聴衆もざわざわとしていました。
「――王国軍戦略特務局所属、レオン・ファフナー」
そのざわめきをかき消すように、叙任式では聞き慣れない組織名が読み上げられました。
周りの会話を聞く限り、王立騎士団の上位組織、軍略・参謀を司る、卒業後直ぐの叙任は異例……らしいです。
近衛騎士……じゃないの?
思いも寄らない展開に呆けているうちに叙任式が終わり、陛下が前に一歩進み出ます。
「本日、ここに集う若き才たちの門出を祝えたこと、王として何より誇らしく思う。 汝らの志が、いずれこの国を支える礎となろう。
――そして、もう一つ王家より喜ばしき報せがある」
王が目配せをすると、壇上にルシアン王子とフィオナが上がりました。
「我が息子ルシアンが正式に婚約を結んだ。お相手はブランシェット伯爵家フィオナ・ブランシェット嬢。皆には、若き二人を温かく祝福してもらえれば幸いである」
会場は喜びの声が一斉に沸き上がります。私は、原作との違いについていけないまま、ぼんやりとステージを見つめていました。
――――
叙任式、王子の婚約発表といったサプライズに盛り上がる会場を離れて、私はバルコニーに出ました。
冷えた夜風が顔を撫で、気持ちよさを感じます。
『銀薔薇のアカデミア』では、レオンは近衛騎士。ルシアン王子とフィオナの婚約は内部のごたごたがありもっと先の筈でした。
けれどレオンは近衛騎士ではなく異例の超エリートコースに配属しているし、王子とフィオナは円満婚約発表しているしで、何やら原作とは違う動きになっているようです。
「リセ」
背後から聞き慣れた、懐かしい声をかけられて、私の心臓は可哀想なくらい高鳴りました。いやだわ、こんなことで諦められるのかしら。名前を呼ばれただけで泣きそうになるなんて。
「レオン……」
何とか振り返りますが、言葉は出てきません。
「なんて顔してんだ」
「へ、変な顔してるかしら?」
呆れたような声に私は両手で自分の頰を押さえました。もういつも通りがどんなだったか、思い出せません。
レオンは珍しくふわりと笑うと、私の横に来てくれました。
「よく分からないけれど、すごい所にいくのね」
「あー、まあ僕の人生で一番頑張ったな。いろいろと」
「そう……」
なんだか遠くに行ってしまったような気持ちになりました。
「悪かった」
唐突な謝罪に、なんのことだろうと私はレオンの顔を見つめます。
「遠征に行く前……というか、今まで。酷いこと言った」
「えーと、もじゃもじゃとか?」
「可愛いと思ってた。ずっと」
「え?」
思考が止まります。自分の都合のいいように考えてしまいそうになって、慌てて冷静になるように努めます。
しかしレオンは言葉を続けました。
「リセがまったく意識してくれないで他の男に嫁ぐ気満々だし、家は認めてくれないしで本当苛立ってた。あの頑固親父が……」
「ちょ、ちょっと待ってレオン」
「これ以上待てって? 会えない中アルベール家に婚約決めないよう必死で交渉してたのに、他と顔合わせ進めてるって聞いて気が狂いそうだったんだけど」
「そうじゃなくって!」
あまりの情報量の多さに心臓は落ち着いてくれません。
「フィ、フィオナさまは――」
「僕はずっと前からリセが好きだよ」
被せて発せられた言葉に、私は後続の言葉を失いました。
「ずっと?」
「ずっと」
かあ、と顔が火照るのを感じました。レオンはその反応に悪戯っぽく微笑みながら、私の顔を覗き込みました。
「リセは、最近?」
ああ、もう。なんて意地悪なんでしょう!
――――
卒業パーティーの最後には舞踏会が設けられています。私は夢見心地なふわふわした気持ちのまま、レオンと共に会場に戻りました。
「叙任の褒美をいただいても?」
ワルツが流れる中、レオンは手を差し出します。私はおずおずと手を重ねようとし――群衆の中のノワールさまと目が合いました。
けれどノワールさまはしかたないな、という表情で肩を竦めてくれます。優しい方。申し訳ない気持ちでぺこりと頭を下げて、そっと私はレオンの手に右手を乗せました。
するりと自然にレオンは私の腰に手を回します。
「早速よそ見か」
「レオンって、やきもちやきなのね」
「何年拗らせてると思ってる」
憮然とした表情のレオンに思わず笑ってしまいます。
「本当に、夢みたいだ」
じっと見つめてくるその瞳に熱を感じて、私も頬が赤くなるのを感じます。
「私、レオンのこととっても好きみたい」
「ばっ……何でここで言う……!」
『銀薔薇のアカデミア』とは違う結末でしたが――
私のお話は、これにてハッピーエンドのようです。
めでたし、めでたし。