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04


あの洞窟の名シーンからふた月ほど経ちました。

私は特に事件も問題もなく、平和な日常を過ごしていま――ああ、ひとつ、頭を悩ませることがありました。卒業後の進路です。


 貴族学校を出た令嬢達の大多数は、卒業後と同時に結婚することが一般的です。クラスの令嬢方も、婚約が決まったり結婚時期が具体化したりとなんとなく色めき立った雰囲気です。

 

「リセさんはやっぱりご結婚?」

「そう、思っているのですけれど」

 私はといえば、クラスメイトに問われましたが、

「皆さまみたいに人気があればよかったのですが、嫁ぎ先に困っているのです」

 正直に答えるほかありません。


 我が家には兄も姉もおりますし、政略的な思惑もなく、末娘の私は結婚について自由に任されておりました。私も私で来るもの拒まずの精神でいたため、前のめりに進められていないという状況です。

 

 私の言葉に、クラスメイトの皆様は驚いたように息を呑みました。

「そんなこと……、何かあったのですか?」

「何もなくて困っています。だって、ご縁談の打診も、ひとつも来たこと無いのです」

「……まあ」

 しょんぼりと言うと、クラスメイトは言葉を失ってしまいました。

 

「わたくし、リセ様はもうとっくにお相手が決まっていると思ってましたけれど」


 私も私も、と令嬢方は次々と同意をしてくれます。不思議なこともあるものです。あんまり恋愛に興味がなさそうだから、そういう風に見られたのでしょうか。


 私は首を傾げてうーん? と悩んでいると、背後から殿方に声をかけられました。


「アルベール嬢、今のお話は本当?」

 ノワール・ダリオ子爵令息です。ええ、と返すとノワールさまは瞳を輝かせました。

「じゃあ僕が申し込んでもいいかな? たぶん、他にもたくさん来ると思うけど」

 たくさん?

「そんなこと無いと思いますけれど。もしかして、皆さん勘違いされてたのかしら? 私で宜しければお送りいただけたら嬉しいです」

「ありがとう、宜しくね」


 ノワールさまは軽やかに去っていきました。彼もお嫁さん探しに困っていたのかしら。視線を戻すと、クラスメイトの令嬢方が複雑そうな表情をしていました。

 

「あら、まずかったかしら」

「いいえ! ノワール様はお家柄も宜しいですし、皆に優しくていらっしゃいますわ」

「そう、よかったわ」

「……あの、リセ様、レオン様は」

 

 レオン? もしかして、レオンと婚約していたと思われてたのかしら。確かに昔からの付き合いで家同士仲も良いから、そう思われても仕方ないかもしれません。


 なんてこと! 私、レオンの恋路をまたしても邪魔してたのでは! フィオナ様とは叶わぬ恋としても、レオンに想いを寄せる方もいたかもしれないのに。

 

「ただの幼馴染ですわ。それに、レオンの好みは私と全然違うもの」

 ちょっとだけ周りの耳を意識して、私はそう言いました。私のためにも、レオンのためにも、これは早急に誤解を解かないといけないわ!


 


――――



「フェフナーくん」

 レオンは廊下で足を止める。見ると、クラスメイトのノワール・ダリオ令息が立っていた。

 

「何か?」

「きみ、アルベール嬢と婚約していないって本当?」

「……正式にはしておりません」

「正式には? なるほどね。彼女はそういうトーンじゃなかったけどな」

 レオンは眉をひそめるが、返す言葉もなく黙っていた。

 

「随分囲ってくれたようだけど。明日からは彼女に縁談の申込みが集中すると思うよ。僕も含めて」

「関係ないことです」

「そういう顔はしてないな。ま、確認できてよかったよ。またね」

 意気揚々と去っていくノワールの後ろ姿を、レオンは苦虫を噛み潰したような顔で見送った。


 レオン・フェフナーは騎士家系の男爵家出身である。アルベール子爵家とは祖父の代から友人として仲が良いものの、身分の差は相応にある。



 だからこそ、だからこそだ。



 レオンは自分が焦りを感じているのがわかった。リセが色恋沙汰に全く興味がないこともあって、アルベール家はリセの婚約を強力に進めていこうとはしていなかった。また、厳格な父はそのようなアルベール家に婚約を申し込むにはレオンの功績が足りないと見ており、同様に静観を決め込んでいた。

 

 リセとの仲も悪いわけではなかったし――意識をされていないことは重々承知だが――、周りも婚約しているものと見ていたから都合が良かった。


 それにかこつけて、なあなあにしていたのが悪かったのか? アルベール家は、そしてリセは、舞い込んでくる縁談をどうする気だろう。


「レオン? どうしたの?」


 廊下の途中で動けなくなっているところで、聞き慣れた声がレオンの脳に響く。


「大丈夫? 顔色悪いけど」

 リセのくりっとした瞳がレオンを仰ぎ見る。何だこいつ。何も考えてなさそうな顔して。

「……別に」

 思いがけず冷たい声音が出てしまう。

 レオンはどうしようもないもやもやした暗い塊が自分の中に渦巻くのを感じた。


「そう? 何故かレオンと私が婚約してると皆思っていたみたいなの。レオンにも申し訳ないなと思って」

「……迷惑な話だな。お前みたいな馬鹿と婚約なんてごめんだ」

 

 言い過ぎだ。分かってる。しかし堰を切ったように言葉が止まらない。

 

「さっき子爵令息どのも申し込むと言ってたよ。よかったな、もじゃもじゃ頭にも貰い手がいて」

 リセはショックを受けたように少し瞳を揺らすが、そうよね、と殊勝にも頷く。

 

レオンは耐え切れず踵を返してその場を離れた。 


 馬鹿なのは僕だ。


 



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