虚城
伝声管を通して、君の声は僕の部屋に届く
伝声管は幾つかの生体部品で構成されていて、受声部には真っ白な実際の耳が使われている
集音性能が高いからだ
僕の部屋の構造も、或る意味ではこの伝声管に近い
調度品から床、壁、天井に至るまで白を基調として生体で造られている
部分的には君のお父さんの作ったものもあるらしかったが、大半は君の作品だ
中でも、脈打つ心臓で時計が造られているのが僕は一番好きだ
いずれにしても、僕は君から伝声管で夜の訪れを知らされていた
僕は君の指示で眠り
君の指示で眼を覚ます
まるで生体部品の様に屍術の産物めいているけど、でも僕は今のところ生きた人間だ
残念な事に
僕が到着すると夕餉が始まった
君は壁の一枚も無い13階のこの部屋で、この城を囲む砂漠からの風を頬に受けて、僕を待っていた
夕餉とは言っても、そこまで派手なものではない
『左心室』から供給された血液が僕たちの食事だ
僕は最初は慣れなかったけど、君は生まれた時から飲んでいると聞かされた事がある
君がカップを突き出し、僕もそこに自分のカップを合わせる
視線が無言のうちに交錯し、接吻は食器で為される
飲み干すために静かに喉の鳴る音だけが、唯一の音楽となる
「ねえ」
「早く僕を食べてよ」
食事のあと
僕が言うと、君は僕に抱きついて喉を舐める
僕は耳を赤くして熱い息を漏らしながら、「そうじゃなくって…」と続ける
もともと僕は、君の病気の治療薬の生成の為に連れてこられた子供だった
生まれつき心臓の位置が右だから、それと関係あるのかも知れない
「僕の心臓が薬になるの?」と何度か聞いた事はあるけど、君は答えてくれなかった
恐らく、話せば僕が自分で摘出すると知っているからだ
僕は君の病気を治したかったし、実を言えば「食べて貰いたかった」
肉を咀嚼されたかった
皮膚を纏わない肉で唇に触れたかった
血を飲み干されたかった
食べて貰うために自分を傷付けた事もあったけど、その度に僕の「管理」は厳しいものになっていった
君の家族はみんな病気の回復を願っていたけど、みんなその日を視る事無く死んでいった
もしかすると、君が殺してしまったのかも知れないけど
行為が終わる
僕は悦びに朦朧とした頭で、君を視上げている
君がこふこふと咳込み始めた
近頃は咳が増えている
それには血が混じる事も増え始めていた
君が僕の躰を起こす
僕は腕に抱かれながら、「どうにかしないと」と思っている
直ぐに、「どうにかする」必要なんて無いことに僕は気が付いた
城は、いま僕たちの居るこの部屋は、既に君の放った炎に灼かれていた
「これなら二人で死ねるね」
僕が君の匂いを吸いながら、恍惚と答える
その髪を君は優しく撫でた