02. 史上初の巨大機械人形同士の戦闘
帝国の電気魔獣と、連邦の電気魔王の、明らかな違いは、操縦が有視界であるかどうか。
運転席が完全閉鎖の電気魔王と違い、電気魔獣は有視界で操縦するので、操縦者が剥き出しだ。
ニャア大佐は、掴んだ鉄骨を電気魔獣の操縦者に突き刺した。
操縦者が動かなくなれば、当然の帰結として電気魔獣も動きを止める。
「見知らぬ騎士ではあるが、後味が悪いな」
電気魔王は動作速度で、電気魔獣を上回っている。
体感で3倍近いのではないだろうか。
これは格闘戦においては圧倒的に優位だ。
動作速度は劣る電気魔獣だが、器用さでは電気魔王を圧倒している。
電気魔獣は発表会の際に、デモンストレーションとして目玉焼きを焼いてみせた。
腕の先にある6本の多関節マニピュレータは、卵を片手で割れる。
黄身だけを取り出す事すら可能だ。
連邦の電気魔王のマニピュレータは単純な構造だ。
建築物を解体する重機のような形状の2本指で関節も無く、可動するのは指の付け根だけ。
卵を割るような芸当は到底無理だが、鉄骨を掴んで振り回すだけなら、これで十分だ。
重機の様に直接殴りつけても壊れないかも知れない。
電気魔獣の器用さは戦闘という局面においては欠点となった。
電気魔王3号機に向けて銃を撃った途端に、反動でマニピュレータが破損。
銃を取り落としてしまった。
弾丸は、3号機が蹴り飛ばした自動車を破壊したのみ。
電気魔獣は、突進して来た3号機に殴り倒されてしまった。
3号機は落ちた銃を拾い、ほぼゼロ距離で倒れた電気魔獣に向けて引き金を引いた。
3号機には銃のトリガーを引く程度の器用さはあったようだ。
しかし、こちらも反動でバランスを崩してしまった。
残る一体の電気魔獣は、バランスを崩した3号機に殴りかかった。
3号機は倒れたが、大破したのは電気魔獣の方だった。
殴りかかった右腕の肘から先が潰れブランっと垂れ下がった。
ニャア大佐は垂れ下がった右腕を掴むと引き千切り、その右腕で電気魔獣を殴りつけた。
2発殴ったところで、運転席がグシャっと潰れ、電気魔獣は全滅した。
史上初の巨大機械人形同士の戦闘は、電気魔王の勝利で終わった。
「ホッケ立てるか?」
「うーん、無理です。腰の関節が破損したようです」
「こっちに移れ」
3号機は0号機に比べて構造が弱いのかも知れない。
いや、0号機が過剰品質なのか。
電気魔王の運転席は腹の中にある。
ニャア大佐は腰を落とし、運転席の扉を開けてやる。
「0号機は、副操縦士を付ける前提なのでしょうか?」
「リアシートにはフルキーボードと2面モニターがありますよ」
「視界モニターはそこからでも見えるか?」
「はっきり見えます。ちょうどいいくらいです」
0号機には2人分のリアシートが搭載されている。
3号機には補助シート程度しか付いていなかったが。
視界モニターが巨大なのも、リアシートに副操縦士を2人乗せる前提なのだろう。
「このキーボードがあればパスワードの入力も楽ですね」
「なるほど。考察は一旦保留してこの現場を離れよう」
バッテリーの残量は90を示している。
何処まで移動出来るだろうか。
帝国の電気魔獣はおそらく、途中で何度かは充電をしているはずだ。
この電気魔王であれば、充電なしでも帝国に帰還出来るだろうか?
「予備バッテリーを回収している暇はあるかな?」
「いえ、帝国の戦車大隊が近づいています、距離30キロ」
「到達まで30分もないか」
「遭遇すれば、我々は敵にしか見えないでしょうね」
帝国はニャア大佐達が潜入工作をしているのを承知で、軍事侵攻を開始した。
タケゾウ市に居る事は、今朝報告したのだ。
ニャア大佐達が巻き添えで死んでも構わないという事だろう。
それどころか、積極的に始末しにかかった可能性すらある。
「私達は、帝国に切り捨てられたと見るべきじゃないか?」
「そうではなかったしても、帝国のマンジュウを破壊しちゃいましたからね」
「反逆罪になりますかねぇ?」
帝国の騎士達は電気魔獣の事をマンジュウと呼ぶ。
よく出来たおもちゃだが、戦闘の役には立たない事を揶揄する意図がある。
もちろん、ダジャレだ。言い出したのはニャア少佐だ。
そういった言動が帝国の貴族達に疎まれている。
「マンジュウと言えば、こいつの名称はツブアンだったな」
「エレベータの中で、社員達がそう言ってましたね」
画期的な新兵器の名称は一般公募で決まったらしい。
ただし、ツブアンは投票数1の最下位。
公募した意味ねえ、上層部はバカなのか? と騒いでいた。
同様の会話はタケゾウ工業の外でも聞かれた。
周囲の住民は大半は、軍事機密と言うものを理解していない。
新兵器開発プロジェクトから父親が外された事で、バヤシコくんはコムロくんを恨んでいるのね、なんて言っている少女まで居た。子供までが軍事機密を知っている。
ニャア大佐がこの街に辿り着けたのも、情報統制の緩さ故だ。
求人情報に「エンジニア急募。新兵器開発をお手伝いするお仕事です」とあったのだ。
勤務先の社名も所在地もオープンだった。
求人情報で得た場所に来てみると、社員証を首から下げていないスタッフが大量に出入りしていた。
社員証をかざさないと出入り出来ない部屋も、共連れで何人も好き勝手に出入りしていた。
派遣社員を急に増やした事で、社員証の発行が追いついていないのだろう。
正社員達は、派遣社員を奴隷か物くらいにしか思っておらず、この中に他社や他国のスパイが居るかもと警戒する事はなかった。
お陰で、ニャア大佐はすんなりと潜入出来たし、新兵器の電気騎士にもあっさりと乗る事が出来た。
「ツブアンがどうかしましたか?」
「王国のおはぎを食べたくないか?」
「いいですね」
「行きましょう」
おはぎ云々は冗談だ。
帝国には反逆罪で戻れない、連邦では強盗扱いだろう。
ならば、どちらでも無い第3国。それも、帝国と連邦に比肩し得る国家。
かつ、ここから遠くないところ。
行き先は王国しかないだろう。
王国に亡命するのだ。
ツブアンを持ち込めば、受け入れてくれる可能性はある。
ニャア大佐はそう考えた。
帝国貴族の腐敗にうんざりしていた事も、その考えを後押しした。
「帝国を捨てるのだぞ? いいのか?」
「私達が仕えているのは王女ではありません」
「大佐です」
ホッケとアジは双子の姉妹だ。
そっくりなので見分けがつかない。
ニャア大佐を、隊長と呼び、向こう見ずな性格なのがホッケ。
大佐と呼び、冷静で熟考するのがアジ。
性格はまるで違うが、見た目はそっくりなのだ。髪型まで同じ。
付き合いの長いニャア大佐でも、区別は出来ていない。
ふたりがここまでニャア大佐を慕っている理由が、大佐本人には分からない。
「では行こうか。索敵を怠るな」
「了解!」
連邦と帝国に戦争に王国まで巻き込まれる事態に。
史上初の巨大機械人形の戦闘に続いて、史上初の複数国家間による大戦が始まろうとしていた。