01. 電気魔王強奪
「この電気魔王を強奪するぞ」
機を得たなら逃さない。
ニャア大佐が今の地位まで登り詰めたのは、その大胆な決断と実行の積み重ねの結果だ。
彼女の部下であるホッケとアジは、それをよく知ってはいるが。
「また、大佐が無茶を言い出したよ」
「私達の任務は連邦の新型兵器の資料を盗み出す事だったのに」
愚痴くらいは漏れる。
「現物を持ち帰れば十分だろう」
「確かにそうですねぇ」
無茶と言うなら、今回の任務こそがそうだ。
連邦に忍び込んで、新型兵器の資料を企画書でもいいから盗み出せ。
連邦内の何処にそれがあるのか?
そもそも新型兵器なんてものが存在するのか?
報告書においしいカレーの作り方でも書いて誤魔化すしかないのでは?
そう思っていた。
その新型兵器が今、彼女達の目の前にある。
電気魔王。
彼女達が所属する帝国の電気魔獣に似た新型兵器。
全高12メートルのヒト型兵器。
とんでもない大当たりを探り当ててしまった。
ニャア大佐の言う通り、これを強奪して持ち帰れば誰も文句など言うまい。
ニャア大佐が0号機に搭乗、ホッケは1号機へ、アジは3号機へ搭乗する。
2号機は実験中に破損して大破したため存在しない。
連邦の外れにある工業都市、タケゾウ市。
そこにあるタケゾウ工業の倉庫の中に、電気魔王はあった。
連邦に潜入した初日、いきなりここまで辿り着いた。
ニャア大佐の分析力と決断力、そして実行力の高さに驚愕せざるを得ない。
きっと豪運の持ち主でもあるだろう。
運転席に座ったニャア大佐は、ハンドルの根本付近にある電源スイッチを押した。
目の前のモニターに起動ロゴ、そして自己診断のログ、最後に入力欄が表示された。
「パスワードを入力せよ、と出たが、そっちはどうだ?」
「大文字アルファベットと数字の組み合わせ、だそうです」
「なんだと? そんな表示は見当たらんぞ」
「3回間違ったら出ました」
相談もなく3回も間違ったというのか?
しかし、ホッケのこの向こう見ずな行動に、これまで救われた来た事も多い。
ニャア大佐は部下を叱る事はしない。
「5回間違うとロックされます」
「ロックされたのか?」
向こう見ずにも程があるのでは?
しかし、この犠牲による収穫は多い。
「何を入力したのだ?」
「ここの電話番号と、その辺に居る連中の社員番号を」
「そうか。ホッケは3号機へ移ってくれ」
ホッケが3号機に移る間に、ニャア少佐は考える。
総当たりは無理だ。
パスワードを推測するのだ。
間違えてもいいのは4回。
パスワードは何だ?
「おい! 早くしろよ! それを片付けろって言っただろ!」
足元でタケゾウ工業のスタッフがギャーギャーと喚いている。
首から下げたストラップの色が黒なので正社員なのだろう。
具体的な指示は何もなく、「そこの赤いの、それ片付けとけ」と言いつけてきた。
既に倉庫の中にあるのに、これ以上どう片付けろと言うのか?
だいたい「そこの赤いの」とは、どういう言い草だろうか?
名前を知らない派遣社員に、新型兵器の片付けを言いつけるだなんて。
帝国の開発センターではあり得ない事だ。
「俺は昼飯食ってくるからな、戻って来るまでにやっておけよ」
派遣社員には昼食をとる事は許されないのだろうか。
なんて腐った体制なのだろう。
お陰で、ニャア大佐達はここに潜入できたし、電気魔王を強奪するチャンスまで得たワケだが。
正社員はパスワードは伝えずに去って行った。
名もなき派遣社員ですらソレを知っているはず、という事なのだろう。
「こんなクズ共が帝国に宣戦布告してくるなどワロスなあ」
「帝国も似たようなもんでしょ?」
帝国の貴族共も似たようなものか。
だが、今その事はどうでもいい。
「今は何年だ?」
「2026年ですね」
「それは帝国暦だろう? ここは連邦だぞ」
「だったら1なんじゃないですかね? 確かさっき掲示物の日付で見ました」
連邦は今年樹立したばかりの新興国家。今年は連邦歴元年って事か。
「であれば、TK01、と」
ニャア大佐は、タケゾウ工業の略称TKと連邦歴を組み合わせて入力してみた。
名もなき派遣社員が知っているはずなのだ、その程度の単純なものだろう。
インターフェースが十字キーとボタンの組み合わせなので時間がかかった。
兵器が起動時に毎回こんな事をしていて実運用に耐えるのだろうか?
しかも入力を間違うと、最初からやり直し。
これをデザインしたエンジニアは何を考えているのだろう?
まさか、カッコいい、とか、オシャレ、しか考えていないのでは?
でも、別にカッコよくもないし、オシャレでもない。
パスワードが違います
目の前の13インチ程度のモニターにそう表示された。
試せるのは後4回か。
再起動したらリセットされるのだろうか。
それを試している時間はあるだろうか?
「隊長、3号機のハンドルに付箋が貼ってあるんですけど」
「まさか、パスワードが書いてあるとでも」
「MK5って書いてあります」
「それはこいつの型番ではないのか?」
0号機の運転席に貼ってある資産管理シールにも、MK5と記載がある。
シリアル番号は、MK050100000C。
ゼロが多過ぎるセンスの無い番号だ。
この会社の棚卸しは苦労している事だろうな。
そんな連中に、こんな新兵器が開発出来たのは奇跡だ。
ガッシャン
3号機の運転席の扉が閉じ、モーターの回転する音が響き始めた。
ギヤと可動部分が擦れ合い、甲高い音が倉庫の中で反響する。
パスワードはMK5が正解だったのだ。
「パスワードを付箋に書いて貼っているだと?」
「多要素認証もないですね。試作機ならこんなもんですかね?」
帝国の電気魔獣ではあり得ない杜撰な管理だ。
電気魔獣はトークンデバイスと生体認証の2つが無いと起動しない。
「おかげで電気魔王を強奪出来るわけだが」
ニャア大佐の0号機も起動に成功した。
運転席の扉が閉まり閉鎖空間となる。
「視界は、カメラが捉えた映像のみか?」
50インチ程度の大きさのモニターが3面並んでいる。
迫力抜群の映像表示だが。
モニターが近くて目が痛い。
「モニターが大き過ぎないか?」
「3号機のモニターは27インチくらいが3面ですね」
この辺りはまだ試行錯誤していると言うことか。
「しかし、有視界でないなら、リモート操作で良い気がするな?」
「操作遅延を最小化するために搭乗するのでは?」
「リモート通信は傍受や乗っ取りのリスクもあるでしょう」
おしゃべりは程々にして、行動を開始しよう。
問題は、操縦方法だが。
「隊長、操作は電気魔獣とほぼ同じですよ」
またしてもホッケがロクに確認もなしに動き出している。
のっしのしと電気魔王が歩き出した。
「帝国の技術者が連邦に亡命して開発に参加したのでしょうか?」
「そうなのだろうな」
帝国の技術者に支払われる給与は貴族達が8割も中抜きしている。
連邦に何名も亡命したという噂だ。
腐敗しきった貴族政治が原因で帝国が滅亡するのは時間の問題であろう。
圧倒的な武力で他国を圧倒した結果、そのような増長を招いてしまった。
ニャア大佐達は騎士なので、政治には関わる事が無い。
ただ命令通りに戦うだけだ。
ニャア大佐の操縦する0号機が3歩進んだところで、サイレンが鳴り始めた。
続いて機械的な音声が構内に流れる。
「緊急警報。帝国軍が進軍して来ました。従業員の皆さんは指定のシェルターに避難して下さい」
タケゾウ工業のスタッフ達が、ワーワーと騒ぎながら逃げて行く。
何処に行けばいいのか分からずオロオロしているのは派遣社員なのだろう。
指定のシェルターの場所なんて知らされていないのだ。
正社員達は、そんな派遣社員を誘導する事もなく、突き飛ばして走って行く。
連邦もダメだな。
ニャア大佐は呆れたが、今は気にしている場合ではない。
「急いで倉庫から出るぞ」
まず0号機が外に出て、2号機が続く。
倉庫の外には、既に帝国の電気魔獣が3体も居た。
目の前のモニターではっきりと視認出来る程の距離だ。
警報が遅くないか?
だが、これはチャンスだと捉えるべきだろう。
「史上初の電気魔獣と電気魔王の格闘戦だ、歴史に残るぞ」
電気魔獣は、帝国の技術力の高さを誇示する目的で作られた。
敵地に乗り込む事すら想定していないし、同様兵器との格闘戦など当然想定していない。
巨大な機械人形が自立して2足歩行する。
それだけで技術的には脅威に値するのだ。
しかし、連邦の電気魔王は、先行する電気魔獣を倒す目的で設計されているはずだ。
勝ち目はきっとある。
「隊長、敵は銃を持っています」
電気魔獣も全高12メール程度のヒト型。
構えているのはライフルのように見えるが、おそらくは戦車の主砲を流用したものであろう。
どうする?
弾道を予測して避けるか?
回避すれば反撃のチャンスがあるが。
それも次弾を撃つまでに、一定の時間が必要となる前提だ。
そもそも、そこまでの高速稼働が可能なのか?
機体がもったとして、中に居る自分の身はどうだ?
考えている暇は無かった。
向こう見ずなホッケが足元にあった自動車を蹴り飛ばし、一気に走り出したからだ。
ニャア大佐も鉄骨を掴むと電気魔獣に向かって走り出した。