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人を信じるということ

 館の中は閑散としてはいるが、恐らくこの少女がやったのであろう。

清掃は行き届いており、外観ほどに寂れてはいなかった。

 

 年代物の当主の椅子に腰掛けて、考え事をしている間にも少女はテキパキと家事をこなしている。

だが、それだけに(ソラーシュ)の心の中には疑念が渦巻いていく。


(あの憎まれようからして、あの娘が俺のために働く利があるとも思えん。すこし驚かせてみるか)


「領主様。お掃除は終わりました。晩ご飯は質素なものになりますが、お作りいたしますね」


 忙しそうにパタパタと動き回るルシアの手を、ソラーシュは軽くつかむ。 


「あ、あの? 領主様?」


「俺と二人きりになるということは、当然こういうこともあり得るとわかっているな?」


 ソラーシュは強引に彼女の腰を抱き寄せ密着。さらに額が触れあうほどに顔を近づけ彼女の服に手をかける。


「あ、あ、あ、あの。経験はございませんが、私でよければ、よ、よ、夜伽(よとぎ)の相手も頑張らせていただきます」


 その黒髪の少女は赤面し、困った様子で硬直している。


「お前はそれでいいのか?」


 ソラーシュは自分の身の回りの世話をするという彼女を抱き寄せる。 


 自分に従うものなどもうどこにも居ない。この少女(ルシア)は間者ではないかと疑うのも当然だ。


 だから、確かめずにはいられなかった。


「はい。私は自ら望んでここに来ました!」


「俺が怖くはないのか?」


「いいえ。領主様はお忘れかもしれませんが、私は幼き頃に領主様に助けていただきました」


「どこで?」


「裏の森でございます。先代様とご一緒に、大きな熊に襲われていた、母と私を守ってくださりました」


 そんなこともあったかと彼は思い出す。


 やはり優れた騎士であった彼の父と狩りに出た帰り、グリズリーに襲われていた母子を助けた。

 あの熊は初めて自分一人で仕留めた獲物で、今でもよく覚えていた。

 その時の幼子がこの少女だったのか。


「先代様が亡くなられ、領主様がガーデンヒルに移られた後、ずっとお礼をいいたかったのです」


 そう、その狩りから程なくして、隣国レッドクリフ王国との戦で彼の父は帰らぬ人となり、ソラーシュは当時のガーデンヒル伯であった彼の伯父の元で剣に全てを捧げてきた


「だから、この俺に……人斬り伯爵と(さげす)まれた俺に仕えようというのか?」


「人斬り伯爵などではありません。ソラーシュ・ストークス様という立派なお名前がございます」


 腕の中から逃れようともせず、ルシアは彼の目を見つめていた。その目には一点の曇りもない。


「きっとつらい目に遭うぞ。俺が生かされているのは、人を殺すためだけだ。それだけだ」


 逡巡(しゅんじゅん)なく、容赦なく、敵を殺す。それだけが彼の存在意義だ。

 自分にはそれ以外の価値などなかった。

 

 それを悟った今、彼の手に残されたものは何もない。


「それでも私にとっては英雄です。だから、私は何があろうと領主様の味方です」


 たった一度の恩のために、人はそれだけのことができるのか?


「それに……食い扶持を減らすために娼館に売られるくらいなら、領主様のお子を授かる方が幸せです」


 そういうことか。ここ数年は不作続き。それでも税を滞りなく差し出すように命じたのは彼だ。村人の生活が娘を売るほどにまで困窮しているなら、恨まれて当然だ。


「私にもそういう打算は有ります。だから領主様もやりたいようになさればいいのです」


「やりたいように?」


 彼女は決断し、自らの意思で運命を選ぼうとしている。自分はどうか?

そして、彼は気がついてしまった。


「何も、俺には……何も無い」


 そう、こうして故郷に押し込められて初めて自分の時間を持つことが許されたソラーシュには、やりたいことなど何一つ無かった。なぜかはわからぬが腹の底からふつふつと沸き上がる悔しさに涙が溢れ出す。


「大丈夫です。貴方のやりたいことを探すお手伝いならどれだけでもいたします」


 ソラーシュの頬を包み込むように両手を当て、額を押し当ててルシアはそういった。


 血色のいい日焼けした肌。長いまつげ、薄桃色の唇、優しそうな垂れ目がちの瞳。王宮や騎士団で見てきた人間の顔すら覚束ない彼が初めて他人を認識した。美しい彼女の表情に嘘偽りは無いように見える。誇りと希望に満ちた人間の顔だ。


(俺の顔はどうだろうか?……)


 (かえり)みると長らく自分の顔さえ見ていないことに恐怖した。身支度は他人に任せきりだった彼が慌てて姿見にかぶりつく。


 そこに映るのは、ギラギラとした瞳、ボサボサの髪、一切の感情を否定した凶相を浮かべた、一匹の獣。キラキラと輝く彼女に比べ、(ひど)く醜くみすぼらしく見えた。

 

「うわぁぁぁぁっ! 剣! 剣をっ!!」


 抱き寄せていたルシアを離し、剣を探して部屋の中をグルグルと歩き回る。

 

 これは倒さなければいけない怪物だ。いつの間にか彼自身が怪物となっていたのだ!。


 (いつからだ? いつから自分はこんなにも醜くなった?)


「大丈夫です。落ち着いてください。ソラーシュ様! ソラーシュ様!!!」


 名前を呼んで必死にルシアが縋り付く。程なく、ソラーシュも落ち着きを取り戻した。


「俺は本当に剣以外、何も知ろうとしなかった。追放はその報いだったのかもしれん」


 ガックリと肩を落とし、ソファに沈み込む彼に寄り添うようにルシアが身を寄せる。


「時間はたっぷりあります。だからしばらくは静かに暮らしましょう。あ、そうだ。丘の上に願いを叶えると言われている祠があるのです。明日はそこに行ってみませんか?」


「願いを叶える祠か。わかった。気晴らしくらいにはなるかもしれないな」


 やりたいことはわからない。それでも日々を生きることで気がつくこともあるだろう。

願いを叶える祠。まずはそこに行ってみよう。

書き出し祭りに提出した分を加筆修正したここまでが二話です。

次回、政治コマンドの詳細が明らかになりますが、その前にグレイランドの貴族制度の解説を入れたいと思います。

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