【9/25、2巻発売記念】数ページの歴史の裏側 ***ルーチェ
お祖父様はゆっくりと、言葉を選んで話している。お母様を気遣っての表現がいくつも出てきて、お祖父様がどれだけお母様を好きなのか。私は理解した。同時に、私も愛されているのだと実感する。
「アリーチェは大変な苦しみと痛みを耐えた。その一番大変な時に、カリストは対応を誤ったんだ。誰よりも近くにいて、味方になるべきだった。そうしていたら、いま……アリーチェの隣で幸せそうに笑うのはカリストだっただろう」
広大な領地と莫大な財産を受け継ぐことになるお母様は、一人娘だった。だから公爵家の跡取りとして、カリスト伯父様が選ばれたの。お母様を愛し、守り、盾となるはずだったわ。けれど王家が口を挟んで、将来を捻じ曲げる。
跡取りとして伯父様がいるなら、公爵令嬢を王子の嫁に差し出せ。当初は反発したお祖父様は、冷静に判断して受け入れた。かつてお祖母様へ無礼な行いをした国王の代で成されるはずだった、強国ロベルディ王国の血を混ぜる。親族となり守ってもらうことが可能になるのでは?
すべてが終わった時代しか知らない私にしたら、おかしな理論に聞こえる。無礼者の息子は無礼で、阿呆で……そんな男がお母様を幸せにできるはずないわ。
「そうだな、後になればおかしいと気づく。だがあの頃は、まったく見えていなかった」
国王のやらかしや思想を受け継いだ王子が、何をしでかすか。想像できていたら、未来は全く違っていた。もしかしたら、お父様は騎士のままで終わり……私は生まれていないかもしれないわ。お母様が伯父様と結婚していたら、生まれた子が女児でも私ではない。
当然、クラウディオお兄様も消えてしまう。ぞくりとした。怖い、と強く思う。剣を向けられるより、誰かに殴られるより、心を引き裂く痛みに震えた。
「私、クラウディオ兄様が大好き。お祖父様やお父様も好きよ。だから……いまの私のままでいたいわ」
うまく伝えられなかった。心の中を暴いて直接見せたら、伝わるのに。もどかしい思いを察したように、お祖父様は大きな手で優しく頭を撫でた。包み込むような手はごつごつして、でも温かい。
「それでいい。お前が幸せになることは、アリーチェの望みだ。そして、ロザーリオやカリストの望みでもある」
肯定する言葉に涙が溢れた。歴史の授業でさらりと学んだ数ページの内容に、こんな恐ろしい裏があったなんて。もう一度学び直そう。広く、深く、慎重に。事実と虚構を確かめながら、本当の歴史を知りたいと思う。
「クラウディオ兄様の補佐をしたいの」
「ならば学ぶといい。人は裏切るが、知識はお前を助ける絶対的な味方になる。だが気をつけろ。中途半端に学ぶと、足りない部分が襲ってくるぞ」
面白い言い回しだけれど、きっと深い意味があるわ。だから慎重に頷いた。