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119/144

119.これが私の決断です

「私はお兄様とは結婚いたしません」


 家族が揃う食堂で、食後のハーブティを前に私は切り出した。


「……それがリチェの結論だね?」


「はい」


 反射的に謝ろうとして、唇を引き結んだ。謝るのは間違っている。私は自分の決意を伝えた。気持ちに応える気がないなら、謝罪は無用な誤解を生む。だから肯定だけした。ぐっと堪えるように唇を噛み、拳を握ったお兄様は震える息を吐き出した。


「分かりたくないけれど、分かった」


 感情は承諾していないが、理性で抑えつける。答えるお兄様の声も震えていた。私への異常ともいえる執着が愛情なら、どれほど辛い言葉か。それでも私は顔をあげて未来へ進むために選んだ。記憶はまだほとんどないし、何が正しいのか分からないけれど。


「誰か好きな人はおらんのか」


「これからですわ」


 お祖父様は「ひ孫はだいぶ先じゃのぉ」と残念そうに呟いた。私の中にひとつ計画がある。黙って聞いているお父様に向き合い、提案した。


「お兄様をサポートにください。私がこのフロレンティーノ公爵家を継ぎます」


 驚いた祖父や父に尋ねられ、説明を始める。お兄様は無言だった。


 フェリノス国は事実上の属国となった。ならば支配者であるロベルディ王家の血を引くフロレンティーノ公爵家は、今後も筆頭公爵家として国を率いる立場にある。私や兄の我が侭で血を絶やすことは避けたかった。でも兄と結婚は出来ない。


 過去の私なら、カリストお兄様との結婚を承諾しただろう。自分の意思を押し殺し、家や国のために尽くすことが淑女の生き方だと思っていたから。人形のように従ったはず。でも今の私は真逆だった。家のために犠牲になるくらいなら、逃げる道を選ぶ。


 私と結婚できない兄カリストが、今さら妻を娶る可能性は低かった。私はこの先、誰かと結婚すると思う。まだ恋愛ではないが、気になる人はいた。子どもに跡を継がせるなら、当主の子である方が問題は起きない。けれど女当主はまだ珍しく、ロベルディの女王クラリーチェ陛下に倣うとしても立場が不安定だ。


 ならば、外向きの対応を兄に任せたい。領地経営は私も勉強してきたので、徐々に父から引き継ぐことが可能だった。兄も私も半人前なのなら、二人で力を合わせるのはどうか。もちろん、お兄様が嫌ならこの話は諦める。そう付け足した。


「リチェが決めたのなら、僕は従う」


 まだ声は震えていたが、お兄様はきっちり意思表明した。となれば、反対する可能性があるのはお父様だけ。うーんと唸って考え込んだお父様は、顔をあげて私とカリストお兄様を交互に見た。


「カリスト。もしアリーチェが夫を選んだ時、お前は喜んで受け入れることができるか?」


「……リチェがいなくなるくらいなら受け入れる。ただし泣かせたら奪う」


 そのためにも近くにいる。宣言した兄に、お父様は額を押さえて唸った。厄介で困難な道を選んだことは承知している。ここまで中途半端ながら記憶を取り戻し、過去になされた私への加害を理解して裁いた。このことは私の自我を目覚めさせたのだ。


 クラリーチェ様のように生きることは無理だろう。あの方は特別な人だ。それでも憧れて後を追うことは出来る。全力で手を伸ばし、いつか太陽を掴みたいと願う幼子のように。この願いは純粋で強かった。


 アリーチェ・フロレンティーノとして生き、死の間際に後悔しないため――私は利己的な我が侭を選んだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  これは良い我儘。  ちょっと伯母様に感化されて似た雰囲気になっているかもね。  しっかり理詰めで利用出来るものは利用するという思考が出来ている。 [一言]  これであの騎士の人にも目がで…
[一言] 兄と結婚はしないけど、自分の権利とばかりに公爵後継者の地位は奪って死ぬまで利用はする…て事だよね……んで建前、後継者云々言って自分は恋愛結婚(予定)。兄に見せつけ〜と。コレ我が儘とか……祖父…
[一言] さて、アリーチェは策略家の兄の策から抜け出せるのかな? 恐らくまだ諦めてないぞ!
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