表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/137

01.何も覚えていないの

 ふわりと意識が浮上する。快適な目覚めには程遠く、気怠さと吐き気が残った。目を開いて、一度閉じる。柔らかそうな薄布で囲われたベッドの周りに、誰かいた。緊張しながらゆっくり、音を立てないように様子を窺った。動いたら起きていることがバレる。なぜか、それが悪いことに思えた。


 前触れもなく、天蓋の布が開かれ……びくりと肩を揺らしてしまった。


「っ、起きておられたのですね。失礼いたしました」


 柔らかな女性の声に薄く目を開けて確認する。紺色のワンピースの上に白いエプロン姿の女性は、黒髪の頭を下げた。その後ろに、男性が数人いる。


「起きたのか? アリーチェ、悪かった。愚かな父を許してくれ」


「リチェ? 僕だ。顔を見せてほしい」


 謝罪と要望、どちらも怖いと感じた。がっちりした筋肉を纏う男性は、父と名乗った。胸に階級章らしき飾りが揺れている。隣はもっと若い。


 何か言った方がいい? でも何も分からない。困惑して沈黙を選んだ。その様子に何かを確認し合うように二人は頷く。それからベッド脇に膝をついた。先ほどのエプロンの女性は後ろの壁際まで下がってしまう。


「俺を恨むのは当然だが、話をさせてくれないか?」


 謙るような父と名乗った男性、その隣で若い男性も似たような言葉を発した。


「兄なのに、リチェを疑ってしまった。償いがしたいんだ」


 父と兄、ならば私の家族なの? アリーチェって私の名前? リチェは愛称だとして、なぜ謝っているのかしら。混乱はさらに深まるばかりだった。震える手で上掛けを引っ張る。その手首はやたらと細く、骨や筋が浮き出た状態だった。


 力がうまく入らない。ぐっと拳を握った手の爪は長く、手入れが行き届いているとは言えなかった。肌の色も悪い。判断基準も分からないのに、どうしてか……健康状態が悪いと感じた。逃げるようにベッドの上を下がった結果、すぐに息が切れる。


「アリーチェ……」


 縋るように名を呼ぶ父らしき男性に、おずおずと口を開いた。けれど喉が乾いて痛み、ごくりと唾をのむ。その仕草に若い男性が指示を出し、エプロンの女性が近づいた。コップを手渡され、水を確認して口を付ける。


 一口、飲むたびに潤っていくのが分かる。体中が乾燥して水を求めていたのだと、沁み渡る感じが伝わってきた。一気に飲み干したい気持ちと裏腹に、一口含んだだけで動悸がする。ゆっくり時間をかけて、味わうように飲んだ。


「っ……だ、れ?」


 絞り出した声はしわがれ、年寄りのようだった。その声に、兄だという若い男性が涙をこぼす。尋ねた言葉の意味を理解し、父と思われる男性が目を見開いた。


「覚えて……いない?」


 こくんと首を縦に振る。その動きに、二人は顔を歪めた。申し訳ない気持ちが浮かぶが、本当に何も覚えていない。二人が家族だという認識や記憶も、私がいる部屋も……何も分からなかった。


「安心しろ、もう二度と傷つけさせない! 俺達が守る」


 言い切られた言葉に、頷くことも出来ない。私に何があったのだろう、そしてアリーチェという名前は本当に私の物なの? ベッドの上の私に、二人は泣きながら謝り続けた。謝られた事情が分からないので許すことも出来ず、私はただ痩せた手を預けたまま謝罪を聞くだけ。


 天蓋の布の向こう、暗闇の窓が目に入った。ぶるりと身を震わせる。闇をとても恐ろしく感じた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ