3章 昼行灯(2)
「うん、順調順調。」
薬草採取に勤しむユグドラシル。
長年行ってきた経験が生きているのだろう、順調過ぎるペースで薬草を採取。
瞬く間に依頼された量の3分の2を採取し終えた。
「よしこの調子ならばあと30分少々で終わりそうだ。」
足元に生える薬草を採取し、立ち上がって周囲を索敵。
「やっぱり尾行してきてるな。」
ユグドラシルの少し離れた場所で身を隠している人の気配が複数。
この森へ入る前から尾行している事も気付いていた。
「向こうは俺が尾行に気付いていると思っていないな。」
潜む気配から殺気を感じ取っていたユグラシドは敢えて気付いていないフリを続けることを選択。
懐から本日採取する薬草リストを取り出す。
「残りは恐怖や錯乱異常を回復させるメザメ草か。あれは確か・・・。」
ユグラシドの視線は森の奥部へ。
(多分こっちの方へ行けば行動を起こすだろう。)
ユグラシドの予感は的中。
人が殆ど踏み入れない奥部へ入ると見知らぬ男が前方の木陰から姿を見せる。
「よう、ちょっといいかい坊主?」
ユグラシドが立ち止まると背後から男性二人が姿を見せ、逃げ道を塞ぐ。
男性三人組は建物の影から潜んでいた人影の正体で一見冒険者のように思えるが、眼つきと人相、そして彼らが手にする血痕が残る武器から普通の冒険者ではないことが窺える。
「何か俺に用?」
「ああそうだ。坊主にちょっとばかし用事があるのだよ。」
「何、簡単な事だ。」
「そう俺達の為にここで死んでくれねえかな。」
(成程、人殺しも躊躇わない野盗達か。)
身の丈に合っていない装備と手入れが出来ていない武器。
己が殺した者から剥ぎ取った戦利品だと推測。
周囲の索敵、この近くには自分に敵対心を持つ者以外誰もいない事を確認する。
「全くいい仕事だぜ。このガキを殺すだけで一人金貨10枚だもんな。」
「ああ、しばらくはいい飯と女にありつけるぜ。」
「E級冒険者を殺すことなんて俺達には簡単な事さ。俺達はC級冒険者を殺したことがあるからな。」
「観念しな。」
「(成程、事前に俺の情報を聞いているのか。)俺のことは簡単に始末できる、そう思っているようだね。」
「ああん?」
ユグラシドの言葉は野盗達を怪訝な表情にさせるのに十分だった。
「わざわざ自分達から姿を見せて。隠れて不意打ちした方がより確実なのに。」
「強がっても無駄だ。お前はここで死ぬのだからな。」
前方の男がバスターソードを構え不用心に近づく中、ユグラシドは余裕の表情を見せこう言い放った。
「アンタ達は人殺しに慣れているようだね。でもそれは俺も同じさ。」
「はぁ、何を言っている。」と言い終えた時、視線は突然地面に転がる。そしてそのまま永遠の暗闇へと飲み込まれた。
「なっ!」
背後に回っていた男達は一体何が起こったか、全く理解できなかった。
ユグラシドが近づく男へ左腕を一振り。
すると数m離れていた男の首が一瞬で切断されたのだ。
首を失った胴体は斬り口から大量の血を吹き出してその場で崩れ落ち、切断された首は重力で地面へ落下。ユグラシドの足元で転がり止まる。
「何が起きた!魔法か?」
「いや、こいつは魔法が扱えないはずだ。」
突然の出来事に戸惑う二人。
先程までの余裕は完全に消え、困惑と得体のしれない恐怖が全身に襲い掛かる。
「余裕を見せて姿を見せた事が敗因―――、いや俺に牙を向けた時点で死は確定していたか。」
足元に転がる、眼が見開いた生首を足先で軽く小突くユグラシド。
その行動と彼の含み笑いに男達はここでようやく目の前にいる標的が尋常でない相手だと気付く。
しかし時すでに遅し。
二人ともユグラシドからの異常でない恐怖に足が竦み、動けなくなっていた。
幾人もの人の命を奪ってきた彼等がこの時初めて体験する死への恐怖。
命乞いして情けない姿を見せる者達を嘲笑い、救いを求める女性を犯し殺した彼等は初めて命乞いをする。
だが、それをユグラシドは認めなかった。
両手を横で振るうと同時に2人の首が飛ぶ。
3つの首が転がる地面は恐怖とどす黒い血で醜く染められた。
(一体何が起こった?)
暗殺者は自分の目に映された光景が全く理解できずにいた。
彼はとある方からユグラシドの尾行と暗殺の勅命を受けた。
ユグラシドに関する情報を内密に収集し迎えた尾行初日、不審な三人組が自分と同様にユグラシドを殺す計画を練っている事を察知。
なので彼等がユグラシドを殺した後、口封じのため手にかけるつもりでいた。
だが、その目論見は潰える。三人組はいとも簡単に返り討ちされたからだ。
(奴はどうやって離れている3人を殺した?魔法?いや奴は魔法が使えないはず。それに魔法を使った形跡もない。それにあの殺し方はまるで―――。)
暗殺者が今危惧しているのは殺した方法よりも躊躇なく人を殺した行動。
殺して尚も平然と笑みを浮かべるユグラシドを見て、手慣れていると判断。
そしてその手口が今巷で有名なある暗殺者と類似している事に気付く。
幾年の経験から暗殺者の勘がここは危険だと告げる。
(ともかく一刻も早くこの場から――――。)
暗殺者の思考がここで止まる。読唇術の心得がある暗殺者はユグラシドの横顔から口の動きを不意に読んだのだ。
「つ・ぎ・は・お・ま・え・の・ば――――っ!」
最後まで読み終える前にその場から離脱する暗殺者。
全魔力を身体強化に使い、全速力でその場から逃げ出す。
(奴は私が隠れていることに気付いていた。逃げなければ!)
ユグラシドの不気味な笑みが脳裏にちらつく。
気配を消すことも忘れて一目散、猛スピードで森の中を駆け抜ける。
「こ、ここまで来れれば・・・・。」
森の入り口まで逃げてきた暗殺者は大木に体を預け、息を整える。
体中には汗と疲労が。
「身体強化魔法に全魔力を使ってしまったが、何とか逃げ切れたか。」
懐から魔力回復薬が入った瓶を取り出し、素顔を隠す装束を少しずらして一気に飲み干す。
口の中に残る苦み。
枯渇していた魔力が回復していくのを確認し、立ち上がる。
「ひとまず、この事をあのお方に報告―――。」
「あのお方、って誰の事かな?」
「!!」
耳元に囁く声に暗殺者の心臓が一瞬止まる。
なんと背後にはユグラシドの姿が。
声をかけられるまで彼の存在に全く気付かなかった暗殺者は反射的に大きく間合いを空ける。
「へぇ、いい反応するね。中々の実力の持ち主だと見受けられるね。」
相手の技量を品定めするユグラシド。
その行動には一寸の隙も無く、余裕を見受けられる。
「馬鹿な、どうやって追いついた?」
「どうやって?そんなの身体強化魔法で追い駆けただけさ。」
「な、なんだと魔法が使えないはずでは・・・。」
「ああ、やっぱりあなたも俺のことを探っていたんだね。」
鎌をかけられたことに気付かされ苦虫を嚙む暗殺者。
「知らないようだから教えてあげるよ。俺は身体強化魔法だけは使えるのさ。」
魔法。
それはこの世界で生きる生物が扱えるとされる術。魔力(魔法を発動させるための力)を用いることで魔法が扱える。
魔法は大気中に漂う魔力の素(魔素と言う)を体内に取り込み魔力に変換。脳内で術式を展開し発動することが出来る。
生物は皆魔力を生まれ持っているが、生きる者全てが魔法を自由に扱えるわけではない。
それは魔力量が関係している。
魔力量とは体内に蓄積できる魔力の貯蔵量の事。魔力量は個々によって違い、魔法を自在に操るにはそれなりの量が必要となる。
魔力量が多ければ多いほど高度で強力な魔法を扱えることが出来るのだ。故にこの世界で魔法を使える者は7割程度。
先程暗殺者やユグラシドが使った身体強化も魔法の一つ。
魔力を筋肉細胞に刺激させることで活性化、通常以上の力を引き出す長所と短所が明確な基本的魔法だ。
この身体強化は魔力を送れば送るほど効果は上がるが、持続させるには魔力を送り続けなければならない短所がある。
その為、身体強化は瞬間的に発動、もしくは暗殺者が思量したように危険からの離脱の時によく使われることが多い。
(万事休すか・・・。)
暗殺者は悟る。
暗殺家業に身を置き数十年。
幾多の暗殺を熟し、暗殺者としての自負と腕を身に着けていた、と思っていた。だがその自信は今対する自分より年の半分にも満たないであろう青年に打ち砕かれた。
(簡単に背後を取られた。残念ながら技量は相手の方が上だ。)
直立不動のユグラシドをじっくり観察。
身体強化を使用した形跡は見受けられるが息の乱れは一切なく、汗一つかいていない。
呼吸が乱れ、全身から疲労と恐怖心の汗を大量に流している自分との差を痛感させられる。
ここから逃げる術を模索するが、一つも浮かび上がらず。
行きつく先は自分の死と察した。
「さぁ、これからどうする?」
次の手を待つユグラシドに暗殺者は覚悟を決める。
「これで終わらせる。」
隠していたダガーナイフを掴み、そして自分の喉元へ。
殺されるぐらいなら自らの手で終わせる、そのつもりだった。だが、
「がはっ!」
ユグラシドがそれを許さなかった。
身体強化で間合いを一瞬で詰め、腕をねじ伏せて手からナイフを落とさせる。
そして地面に体を叩き落とし、関節技が決める。
ここまでの一連の動作は一切の澱みのない流れるような動き。
地面に寝転がされた暗殺者は最初、自分の身に何が起きたのか理解できなかった。
「相手の技量を図れる眼力と自らの命を絶つ信念。正しく暗殺者の鏡だね。」
穏やかな口調と裏肌に関節技を決める力は途轍もなくきつい。
(こ、ここまでか・・・。)
暗殺者は無念を抱きかかえたまま意識を手放した。