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戦乙女の安らぎ  作者: 魚右左羊
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3章 昼行灯(1)

 アリシアとユグラシドが<戦乙女(ワルキューレ)の安らぎ>を結成して1か月が過ぎた。

 二人は充実した日々を送っていた。

 聖女を退任したアリシアが冒険者となったことはすぐさま国内外に知れ渡った。

 そんな彼女の勢いは全く留まることはなく、B級クエストもほぼ一人で(ユグラシドはただ見学しているだけ)達成するほどの実力を見せつける。

 今ではアリシアの事を操る炎と元聖女からちなんで『聖火(せいか)のアリシア』もしくは『聖火姫(せいかひめ)』という二つ名で呼ばれるようになった。(ちなみに当人はこの呼び名を気に入っていない模様。)

 一方のユグラシドは周囲から成果を上がるアリシアの腰品着としか見られておらず、評価は下がるのみ。(当人はまったく気にしていない。)

 この事から<戦乙女(ワルキューレ)の安らぎ>の名は瞬く間に世間へ広まったのである。

 そんな中、アリシアにギルド側からも正式にA級への昇級試験をを受けてみないか、と打診を受けたの二日ほど前。

 数多くのクエストを達成し自信を得たアリシアはすぐさま承諾。

 そして今日、試験当日を迎えたのである。

「それじゃあ、行ってくるね。」

 ギルドまで共に訪れたユグラシドとは暫しの別れ。

 アリシアの表情には緊張は全く見受けられず、自信に満ち溢れている。

「姉さんなら絶対に大丈夫だと思うけど、油断だけはしないで。」

「うん、ユーグも気を付けてね。」

 アリシアはユグドラシルと別れ、ギルドマスターと共に昇級試験が行われる場所へ。

 本来の昇級試験はA級冒険者が付き添うのだが、今回はギルドマスターの希望により彼本人が付き添う事に。

 この事からアリシアはかなりの注目を受けている事が十分にわかる。

 一方のユグラシドは一人で薬草の採取クエストへ。

 当初はギルド内でゆっくり待つ予定であったが、ギルド側からの要望があり受けることにした。

 何でも最近無謀なクエストを受ける冒険者達が多く、その為ポーションが品薄になっている、とのこと。

 採取クエストを積極的に受ける人もほどんどいない為、手空きのユグラシドに白羽の矢がたったのである。

 という訳でアリシアを見送った後、ユグラシドはいつもの森へ足を向ける。

 そのユグラシドが森の方へ向かったのを建物の影から密かに見つめる三つの人影。

 彼らは頷き合うと路地裏の暗闇へと姿を晦ますのだった。

 

「それにしても納得いかねえよね。」

 昼間からテーブルを囲んで酒盛りする5人の冒険者達。

 彼らは先日達成したクエストを祝す、という大義名分で開店時からかれこれ3時間ほど飲み続けていた。

 かなり速いペースで飲み続けた為に酔いも早く、言動が大きくなっていた。

「納得いかねえって何が?」

「ほら『聖火姫(せいかひめ)』と『宿り木のユグ』の事だよ。」

 一人の言葉に周りは満場一致で頷く。

「ユグラシドの野郎、『聖火姫』が冒険者になって以降、ずっと2人でクエストを組んでいやがる。」

 彼らの言う通りでアリシアはユグラシドとしか行動を共にしていない。

 冒険者としての実力は勿論のこと、絶品の美貌とプロモーションを誇るアリシアに対してお近づきになりたい者は数多。

 しかし異性からのお誘いは全てお断り。

 常傍にいる異性はユグラシドのみで、男性冒険者達から嫉妬と恨みを買っているのが現状である。

「A級に手が届きそう『聖火姫』に対して、未だにE級からの昇格の見込みがないお荷物。何であんな奴と手を組んでいるんだ?」

「話では二人は昔馴染みらしいぜ。

「だからってよ、独占するなんて気に入らねえよ。」

 アリシアに対する少々の称賛とユグラシドに対するバッシングを酒のアテに彼らのペースはドンドン早くなる。

「ていうかあのユグラシドの野郎、ちゃんと『聖火姫』の役に立っているのか?」

「前にたまたま2人に遭遇したんだが、『聖火姫』が魔物と闘っている時もあの野郎は安全な場所で佇んでいたぞ。していた事と言えばせいぜい解体の手伝いだけだ。」

「なら、アイツ必要ねえじゃねえか。」

「そうだそうだ。それなのに『聖火姫』を独り占めしやがって。」

「低ランクの冒険者のくせに生意気なんだよ。」

「なぁ、ユグラシドの野郎をしめようぜ。」

 一人が発したこの言葉に全員一瞬固まる。がすぐその言葉に賛同。

「そうだね。『聖火姫』を独り占めしていることに対してお灸をすえてやるか。」

「アイツを痛めつけることぐらいたやすい事さ。」

 酔いの勢いに身を任せているからだろう、次第と語気と話の内容が過激になる事に対して呆れた声が聞こえた。

「相変わらず陰口でしか強く言いだせない、腰抜けどもばかりだな。」

「なんだと!」と酒の勢いに任せて背後にいた人物にガンを飛ばす。が、すぐさま消沈。何故ならその相手はA級冒険者、ダカーターだったのだ。

「どうした、お前達の喧嘩買うぞ。おい表に出ろよ。」

「い、いえ大丈夫です。すいません。」

 先程までの荒ぶる感情は一気に冷める冒険者達。

 身を小さくし、手にしていた盃に入っているエールを小さく煽る。

 そんな彼らの態度にあからさまなため息を見せるダカーター。

「全く・・・。そもそもお前達はユグラシドの坊主より上だと思っている時点で間違っているぞ。」

「なっ!」

 引っ込んだ怒りが再燃。

 隣にいた仲間が「リーダー、落ち着いて。」と宥め抑える。

「お言葉ですがダカーターさん。俺達のどこがユグラシドに劣っているのですか?」

 喧嘩を売ってきた冒険者とは別の、参謀役の人物が冷静に反論。

「確かにお前達はユグラシドの坊主よりもランクは上だ。だが実際の強さは坊主の方が上だと俺は思っている。」

「何を根拠に?」

 馬鹿馬鹿しい、と言わんばかりの大笑いが周囲に伝染する。

 が、ただ一人ダカーターだけが真剣な面立ち。

 エールを一気に煽り、言葉を続けた。

「なぁお前達はユグラシドの坊主が防具や剣を壊した姿や負傷した姿を見た事はあるか?ちなみに俺は一度も見た事はない。」

「ありませんよ。」

「でも、それは当り前じゃないですか。アイツは採取クエストしか受けていません。魔物討伐クエストも自分の意思で受けた事がありません。」

「数合わせで受けた時も戦いに参加せず、一人離れた位置にいるだけですよ。」

 周りの人間も「そうだそうだ。」と同調。

 冷笑を浮かべる者もいる。

「確かにそうだな。じゃあ聞くが、お前達はあの森には何度入ったことがある?」

「そんなの数えられない程ですよ。」

 彼等も魔物討伐でよく利用している。

 それほどあの森は危険な場所なのである。

「そうだな。お前達はあの森に入って魔物と対峙して防具や武器を壊したり、時には大怪我をして命からがらここまで戻ってきたことが何回かある筈だ。俺も若い頃はそうだった。」

 ダカーターの身体至る所にある古傷がそれを物語っている。

「誰だってそれを遭遇している。だがユグラシドの坊主に至ってはそれが一度もない。おかしいと思わないか?」

「でもそれはアイツが採取クエストしか受けて―――。」

 そこで言葉は止まる。

 彼等もダカーターが抱えていた一つの違和感に気付いたのだ。

「そうだ。採取クエストしか受けていなくてもあの森の中には入る。危険な魔物がいるあの森にだ。お前達だって低ランクの時、採取クエストを受けた際に魔物と遭遇したことがあるだろう。その時どうだった?逃げ出すにしても、運よく勝てたとして、防具や武器は何かしらの損傷を受け、服はボロボロ体には切り傷を負ったはず。だが、坊主がそんな姿でここに戻ってきたことがあるか?」

 その言葉に今まで浮かべて冷笑が完全に引っ込む。

 彼等もユグラシドがそのような姿を一度も見た事がないからだ。

 気付きもしなかった違和感に動揺する冒険者達。

 嫌な冷や汗が一筋流れる。

「で、でもそんなことあり得るのですか?」

「考えられることは2つだ。」

 その質問に右手の指を2本立てて仮説を口にするダカーター。

「まず一つ。これは確定情報だがアイツは並み外れた索敵能力を持っている。それもお前達が敵わない程―――、そうだな、A級の冒険者よりも優れた索敵能力を。」

「そ、そんなまさか・・・。」

 リーダー格の男が威勢を見せようと笑って見せるが、全く力を感じられない。

「理由を聞かせてもらってもいいですか?」

 参謀的立ち位置の男がどういう事かと深く追求する。

「実はな、俺は何度か坊主を尾行したことがあるんだ。因みにお前達のことも尾行したことがあるぞ。ちゃんと適切な行動をしているか調査のためにギルドマスター直々の依頼でな。気付いていなかっただろう。」

 全くの初耳に言葉を失う冒険者達。

「だが、坊主は俺の尾行にすぐに気付いた。」

「それは事実なのですか?」

「ああ事実だ。気配を殺して身を隠していたが、森に入る時隠れている俺の方に見た。おまけに一礼までしてな。因みにこの前、アリシアの嬢ちゃんと一緒に居た時も簡単に気付きよったぞ。しまいにはこのギルドに戻っていた時に俺の方まできて「お疲れ様でした。」とエール代を渡してきたんだからな。」

 ダカーターの告発に言葉を失い冒険者達。

 それが事実とすれば自分達よりも優れている索敵能力を所持している事になる。

 自分達の方が全てにおいて上回っている、という自尊心が崩れ始めていく。

「もう一つ。これは不確定要素だが、ユグラシドの坊主は本来の力を隠している。それによって魔物達が坊主を避けている場合だ。」

「どういう事ですか?」

「魔物は自己防衛本能が高い。それも凶暴な魔物ほど本能で危険を察知する。」

「その話は聞いたことがあります。冒険者達では有名な話ですからね。」

「そんな魔物達は坊主をあえて避けている、としたら。本能的に危険を察知して恐れているとしたら。まあ、これは俺の想像の域の話だがな。」

 ダカーターの言葉の語気に「そんな馬鹿な。」という言葉を飲み込む冒険者達。

「だが俺は的を得ていると思っているぜ。なんせアイツは何度か俺の背後をとっているからな。奴は気配を察知することも気配を消す事もいとも容易くする。気配が消せる、という事はそれだけの手練れ、という事さ。」

「まさか・・・。」と言おうとした口が固まる。

 彼等は以前ダカーターから「ユグラシドとは喧嘩を起こすな。」と厳重な注意を促されたことを思い出したのだ。

「思い出したか俺が以前言った注意を。あの理由はな、坊主を本気で怒らしたら俺でも止めることが出来ない、と長年の冒険者の勘が叫んでいたのさ。だから奴を一戦交えたいのならそれ相応の覚悟をしとけよ。」

 杯の中の酒を全て飲み干し席から立ち上がるダカーター。

「じゃあな。俺はちゃんと忠告したからな。」

 後は勝手にしろ、と酒のお代わりを貰いに行くダカーター。

 その背中を眺める冒険者は何も言えず、固まるのみ。

 否定的な言葉を口にしたいと思う程、躊躇いが押し寄せる。

 今まで小馬鹿にしていたはずのユグラシドが得体の知れない人物として恐れている自分達がいるのだ。

 ダカーターの話で気が抜けたエールを無意識に喉へ流し込む。

 味は全くしなかった。

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