2章 パーティーを組む(3)
「クエスト、達成です。」
アリシア達がカウンター上に積み上げた素材を確認して告げた受付嬢の声に冒険者達のどよめきの声が響き渡る。
後方支援の元聖女と臆病者の二人がD級討伐クエストをいとも簡単に達成してくるとは誰も思っていなかったのだ。
「(おいおい、マジかよ。)」
「(バウンティー・ボアって結構手こずる魔物だろ。)」
「(クエストを受けてからそれほど時間は経っていないぞ。)」
「(普通ならもっと時間が掛かるはずだぞ。)」
困惑が蠢く館内に対して二人はごく自然に報酬を受け取る。
「ほほう、なかなか手際がいいじゃねえか。」
と話しかけてきたのはダカーター。手には酒が入ったジョッキが握られている。
「いい腕をしているなアリシアの嬢ちゃん。B級にはもったいねえぐらいだ。」
「ありがとうございます。」
「どうだ嬢ちゃん。もし良ければ昇級試験、受けてみねえか?」
「それって―――。」
「もちろんA級のだ。」
ダカーターの言葉に騒めきが冒険者達へと伝染していく。
「まぁ嬢ちゃんが戸惑うのも無理もない。だが一人でバウンティー・ボアを3体、それをこれ程早く討伐できる奴は中々いない。それぐらいお嬢ちゃんの腕は本物ってことさ。どうだ?何なら俺が推薦状を書いてやってもいい。」
「・・・、保留でもいいですか?」
暫し思考を巡らした後、アリシアはそう答えた。
「ほう、保留か。理由を聞いてもいいか?」
「私は今日、前衛として活動したばかりです。まだ感覚を掴めていない部分もあり時期早々だと思っています。ですので、このままもう少し経験を積んでから昇級試験に挑みたいと思います。」
「成程な。ちゃんと地に足がついているな。」
「因みにもし私が受けたいです、と言ったら反対に受けさせなかったつもりでは?」
「まあな。」
アリシアの問いに満面の笑みで答えるダカーター。
「自分の力を過信している奴ほど早死するからな。それを見定めるのも俺の役目、って奴だ。」
肩をポンポンと叩き、満足げに頷く。
「昇級試験を受ける自信がついたなら俺に声をかけな。そん時はちゃんと推薦状を書いてやる。」
そう言い残して席に戻り酒を煽るダカーター。
「いい人ね、ダカーターさんは。」
「ここでは頼りになる人ですよ、姉さん。」
「それじゃあユーグ、帰りましょう。報酬のこのお肉で達成の祝いをしましょう。」
「ふぁ~~、いいお湯。」
ユグラシドの手料理を堪能したアリシアは今、絶賛入浴中。
湯船に浸かると自然に極楽の吐息が零れる。
「ユーグとの初めてのクエスト。楽しかったな~。」
達成できたことよりもユグラシドと一緒に冒険できたことの嬉しさが完全に勝り、頬を赤らめて悶える。
「これからずっと一緒に過ごせるのね。」
浴室の向こう側にいるユグラシドへ向けての独り言。
ユグラシドと一緒にいれることが嬉しくて嬉しくてたまらない。自分のにやけた顔が揺れる水面に映し出される。
「とはいえ、反省点もあったし。もっと頑張らないと。」
明日からまた気を引き締めて頑張る決意を胸に秘める。
「だって私はユーグの事が――――。」
不意に最後の言葉をこの場では発音したくなくて無意識に口を湯に漬けてかき消す。
ブクブクブクブク。
口から出た泡が水面で弾けて消える。
(やっぱりユーグは私の事をちゃんとわかってくれてる。)
今回のクエストはアリシアが一人で倒した。
だがそれは手助けが必要なかっただけで、不測の事態が発生したらいつでも動けるようユグラシドは万全の用意をしていたのだ。
勿論その事を存じていたアリシア。
ユグラシドの気遣いが彼女の心を温める。
(ユーグは私にとって安らぎだわ~~。あっ!)
その時、脳裏に天命が走る。
「そうだわ、いい名前思いついた。」
湯船から勢いよく立ち上がり、浴室の扉を開けてそのまま脱衣場を通り抜ける。
「ユーグ、私思いついたわ!」
ユグラシドはちょうど沸騰した窯に粉末状にした薬草を投入している所。
アリシアの声の方を振り向き、そして一瞬で首を戻す。
「あれ。どうしたの?」と聞く前に、
「姉さん!何で服を着てないのですか!ちゃんと服を着てから出てきてください!」
「は~~い。」
ユグラシドに怒られたので、脱衣場へ引き返し身体中についている水滴を拭い、髪の毛を乾かしてラフな寝間着に着替えて再びユグラシドの前へ。
ユグラシドは薬を作り終えたのか窯の火を消して中の液体を冷ましていた。
「で姉さん。何を思いついたのですか?」
「名前よ、パーティ名を思いついたの。」
風呂場で思いついた名をユグラシドに伝える。
「<戦乙女の安らぎ>というのはどうかな?」
戦乙女に憧れるアリシアにとってユグラシドは安らぎの場所。という意味を伝える。
「成程、<戦乙女の安らぎ>ですか・・・。いいと思いますよ。」
元々命名には拘りがないユグラシドは異を唱えることはなく、すんなりと決まる。
「じゃあ、決定ね。明日ギルドに登録しに行きましょう。所で・・・。」
アリシアの視線はユグラシドの後方―――窯の方へ。
「何していたの?」
「新しい薬を作っていた所ですよ。」
ユグラシドはガラスのコップにピンク色の液体を装い、アリシアに手渡す。
「何を作ったの?」
「魔力回復薬ですよ。今日姉さんの戦い方を見てて必要だと思って作ってみました。」
渡された液体からいい匂いが。
「俺が味見したいのですが、効果がわからないので。あ、もし怖かったら飲まなくても―――。」
「頂きます。」
躊躇うことなく、一気飲み。
その行動に流石のユグラシドも唖然を食らう。
「うん、おいしい~~。」
「あの味でなく効能の方の感想を聞きたいのですが。」
「うん、効能もバッチリだよ!」
「よかったです。初めて作ったので少し不安でしたが。」
安堵を零すユグラシド。
「ユーグありがとう。私の事を考えてくれて~~。」
「ああ、駄目ですよ姉さん。」
抱き付こうとするアリシアを両手で制するユグラシド。
「俺、今作業で汚れていますから。」
風呂に入り終えたばかりのアリシアを気遣っての言葉だが、彼女は全く気にしない。
「それぐらいなら全然構わないわよ。あ、何なら一緒に入る、お風呂?」
「入りません!!!」
顔を真っ赤にして否定するユグラシドを見て可愛いと思ったアリシアは心の中で願う。
こんな楽しい日がずっと続きますように、と。