2章 パーティーを組む(2)
マルタリオン国は王宮区、貴族区、平民区の3つの区域に分かれている。
北側の王宮区はその名の通りこの街のシンボル―――マルタリオン城や王族が暮らす屋敷などがある区域で貴族区は中央から東側にある立派な家々が並ぶ住宅街。
そしてこの国の大半を占める南側と西側は市民達が暮らす平民区となっている。
ギルドハウスは平民区のやや中心付近に佇む4階建ての大きな館。数多くの冒険者達が足を踏み入れる場所である。
1階から3階までは吹き抜け構造で4階は重役職の部屋や仮眠室など個室。
かなり広い1階には窓口が4カ所ある受付室の他に応接室が二つあるだけで、あとはエントランスに木製のイスとテーブルが数多く置かれているのみ。
右隣(壁越しで仕切りの壁は取り壊されている)で営んでいる食堂から酒や食事を注文して英気を養う冒険者達で毎日活気溢れている。
時刻は早朝から昼の間。陽が完全に姿を見せた頃から扉が開かれたギルドハウスはすでに多くの冒険者達で大賑わい。
設置された大きな掲示板に張り出されたクエストの内容を確認する者、受付で冒険者申請に来た者、パーティ募集を行っている者、そしてただ酒を浴びて大騒ぎする者etc。
各々が自分勝手のままに蔓延る中、ギルドハウスの扉が音を立てる。
その音に気付いたのは一人だけ。
「お、おい。」
近くにいた仲間に声をかける。
「なんだよ。」
怪訝な表情は指さす方を見た瞬間、消えて眼を見開く。
入り口から凛とした佇まいで歩いてくる美しい女性冒険者――アリシアの姿に一瞬で見惚れてしまったのだ。
一歩一歩、歩むにつれてアリシアの存在に気付く冒険者達。皆、自分の行動を止めてアリシアの方を呆然と眺める。
騒がしかったギルドハウスは徐々に静けさを広まっていく。
「(お、おい。あれって聖女様か?)」
「(確かに似てるな。)」
「(でもなんか印象が違う。それにあの装備。)」
「(ってか隣にいるのお荷物のユグラシドだぞ。)」
「(何でアイツがあんな美少女の隣にいるんだ。)」
ひそひそ話のアーチを通り抜けてアリシアは受付迄辿り着く。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。」
「こんにちは。クエストとパーティー申請を受けたいのですが。」
「冒険者カードの提示をお願いします。」
アリシアは懐からカードを提出。
それを見た受付嬢は目を見開く。
「せ、聖女様?!」
「私は聖女を辞めたので名前で呼んでください。」
「え、でも・・・あの・・・。わかりました。」
戸惑う受付嬢に有無を言わさぬ笑みで納得させる。
「(聖女を辞めた?)」
「(早朝出ていた号外は本当だったのか⁉)」
今朝、アリシアが<栄光の光>を脱退し、聖女解任されたことが王の名で正式に発表されていた。
「そ、それではアリシア様―――――。」
「様、呼びではなくて結構です。」
「・・・わかりました。それではアリシアさんはランクがB級なので掲示板からB級以下のクエストが受けられますが、因みにソロ希望でしょうか?」
「いいえ、あそこにいる―――ユーグ、どうしたの眠たそうな顔をして。」
「原因である、姉さんが言いますか?」
欠伸を嚙み殺すユグラシド。
結局あの後、一睡も出来なかった。
寝苦しさが理由ではない。別問題が発生したのだ。
諦めて寝ようとした時、アリシアの身体から迸る色気の香りと寝息、若い女性特有の柔らかい感触を意識してしまったのだ。
一度意識してしまえば最後、アリシアの僅かな仕草にも反応してしまう始末。結局目が冴えたまま朝を迎えてしまったのだ。
因みにユグラシドを抱き枕にして熟睡していたアリシアは平然と目を覚まし「おはようユーグ。」と呑気に朝の挨拶する有様。
肌が一段と艶やかになっており、機嫌もかなりいい様子。
「ご確認させてもらいます。アリシア様―――失礼しました、アリシアさんはそちらに居られるユグラシドさんとパーティを組まれる、という事でよろしいでしょうか?」
「はい、<栄光の光>の脱退申請と彼――ユーグとのパーティ申請をお願いします。」
アリシアのこの発言に冒険者達は騒然。妬みや嫉妬の視線が一斉にユグラシドへ向く。
「畏まりました。ではユグラシドさん、冒険者カードをお願します。」
冒険者カードには氏名と現在のランク、そして所属しているパーティ名が記載されている。
「因みにですが、新しいパーティ名は決まっていますか?」
「あ、そういえば決めてなかったわ。どうする?」
いい案はないかしら?と可愛らしい仕草を見せるアリシア。
その仕草に周囲の冒険者達は悶絶するが、ユグラシドは無反応。(内心少し心揺れていたが表情を出さないようにしていた。)
「パーティ名は後日改めて提出すればいいのでは?」
「そうしましょう。」
「畏まりました。では手続きを行いますのでしばらくお待ちください。」
待つ間、どのクエストを受けるか決めるために掲示板の方へ移動。
複数人でクエストを受ける場合は一番上のランクまでのクエストが受けられることが出来る。
「どれがいいかしらね。」
ランク別に並べられている依頼票を眺めながら吟味するアリシア。
「姉さんのブランクを考えるとランクを下げた方がいいのでは。」
ユグラシドのアドバイスを受けてB級からC級の方へ視線を移動させた時、
「ねえねえ。」
背後から馴れ馴れしく声をかけてくる若い男性二人組。
「話が聞こえたけどクエストを受けるだって。実は俺達ゴブリン退治のクエストを受ける予定だけど良かったら一緒に行かないかい?」
D級の依頼票を見せびらかせる二人の視線はアリシアしか見ていない。
その事を気づいているアリシアは隣にいるユグラシドに腕組み。
「ごめんなさい。私、ユーグと二人で受ける予定なの。」
「おいおい、辞めておいた方がいいぜ。そいつを組むのは。」
気を遣った返答に対して二人組の片方が見下した態度でユグラシドを指さす。
「お荷物のユグラシドとじゃあ、命がいくつあっても足りないぜ。」
「そうそう、俺達が守ってやるからさ。」
自慢げに自分自身をアピールするが、残念ながらアリシアには全く響かない。
「お荷物のユグラシドってどういう事?」
アリシアはユグラシドに尋ねたのだが、二人組が意気揚々と答える。
「何だ、やっぱり知らずに組まされたんだな。コイツは冒険者になってから一度も魔物討伐を自らの意思で受けた事がない、臆病者なのさ。」
「だからいつまで経ってもE級のまま。」
「以前、ギルド側から命で数人で魔物討伐を受けた時も斥候の癖に先頭に出なければ、戦いにも一切参加しない。そのくせ、報酬には人一倍うるさい。そしてついた二つ名が『お荷物のユグラシド』又は『宿り木のユグラシド』なのさ。」
「そうなの?」
「らしいね。」
と口元を隠して大欠伸をするユグラシド。
他人からの評価には全く興味ないので今まで野放しにしていたのだ。
「という事だ。俺達の方が断然役に立つ。見た感じ初めてクエストを受けるようだから俺達が手取り足取り教えてあげるよ。」
「汚らしい手で姉さんに触るな。」
アリシアの肩に触れようとする手を払いのけたユグラシド。
彼の行動に驚く男二人組、そしてアリシア。
「何だよ、臆病者の癖に生意気な!」
ユグラシドに邪魔されるとは予想外だったのだろう。唖然とするがそれも一瞬。我に返りユグラシドの胸倉を掴む。
止めに入ろうとするアリシアをユグラシドは眼で制する。
「おい、俺達はお前より上のD級だ。大人しく言う事聞いた方が身のためだぞ。」
「D級如きが随分と生意気な口を利けるね。」
「何だと!!」
怒りの衝動に任せて拳を振り上げた時、ごつい手が男の腕を握り締める。
「何やっとるだ、お前達。」
「ダ、ダカーターさん!」
この小競り合いに介入してきたのは古株のA級冒険者、ダカーター。
190cmを超える長身と髄する大剣が特徴で、装備の間から見える筋肉質の身体にある幾つもの傷痕からこれまで数多くの強敵と闘ってきたことがわかる。
「迷惑な場所で誰が揉めているかと思えばユグラシドじゃあねえか、珍しい。って誰だい、この姉ちゃんは?」
見覚えがないアリシアの存在に気付いたダカーター。
「ねえユーグ。この人は誰?」
「ダカーター。この国で最年長冒険者。ここのギルドマスターからの信頼も厚い人。」
ユグラシドが簡潔に説明する横でダカーターは二人組を自分の背後に押し退ける。
「初めまして。私はアリシアと申します。聖女を退職し、本日から冒険者として活動を始めたばかりです。」
「おお、お前さんが今朝から話題になっているあのアリシアか。でそのお嬢ちゃんとお前達は一体何で揉めていた?」
「い、いや実は・・・・・。」と言い淀む二人組に対して横からユグラシドが平然と答える。
「この人達、俺達がクエストを選んでいる途中で邪魔してきたのさ。」
「私、ユーグをパーティを組んだのに横やりを入れてきたのです。これって規約違反ではないですか?」
「成程、なぁ。」
後ろを振り返り青ざめている男二人へ視線を。顔は笑みを浮かべているがこめかみには怒り筋が鮮明に浮かび上がっている。
「だ、そうだがお前さん達、反論はあるか?」
「い、いえ。」
「失礼したしました!」
ダカーターの圧に負け、回れ右。外へ逃げ出す二人。
「全く、これじゃあどっちが臆病者がわからねえな。」
呆れた、と態度を見せた後もう一度ユグラシド達の方へ振り返るダカーター。
まずはアリシアの顔を眺めた後、ユグラシドの顔へ視線を移す。そして再度アリシアの方を向き尋ねる。
「アリシアの嬢ちゃんはこいつとパーティを組むつもりかい?」
「はい勿論です。その為に<栄光の光>の聖女を辞めてきたのですから。」
胸を張って答えたアリシア。
「そうかそうか。良かったじゃねえかユグラシドの坊主。聖女の地位を捨ててまで一緒に居たいなんて、男冥利に尽きるじゃねえか。どうやって誑かしたんだ?」
「ノーコメント。ダカーターさんに話すことは何もありません。」
肩に腕を組まれ絡んでくるダカーターを適当にあしらうユグラシド。
(ユーグはダカーターさんの事、信頼しているのね。)
これまでのユグラシドの態度を見て、アリシアはこのように判断を下したのには訳がある。
ユグラシドは赤の他人に対して興味を示さない態度を多々見せる。
その言動はあまりにも極端で、人の名前を全く覚えない程。
他人の名前を憶えている人を挙げるとすれば片手で足りるぐらいだ。
彼にとって赤の他人とはその辺に生えている雑草と同じで名前を覚える価値がない、と考えているのだ。
そんな彼がダカーターの名前を呼んだことに驚くと同時にこの人は信頼できる人物であるとアリシアは確証を得たのだ。
「で、このクエストをお前さん達はどのクエストを受けるのだ?」
「これなんかはどう?」
ユグラシドが一枚の依頼票をアリシアとダカーターに見せる。
「D級、バウンティー・ボア3体の討伐か。嬢ちゃんのランクはB級か・・・。悪くはねえが、お前達2人で受けるのかい?」
一つ頷くユグラシド。ダカーターは眉間に皺を寄せる。
「ランク的には問題ないと思うが、コイツを討伐する際は盾役が必要だぞ。」
バウンティー・ボアは大きさ平均1.3m程度で大きな牙と鋭い蹄が特徴的の猪に似た魔物。主に食肉として重宝されており、今回の依頼も食肉用として討伐依頼が出されていた。
強さはD級冒険者でも楽に倒せる程だが、厄介なのは突進攻撃。自分の倍以上ある岩を粉々にするその突進力はかなり脅威で油断すれば死は免れない程。
最近ではバウンティー・ボアを倒す際には強固な盾を持つ者が同行することが通例となっている。
「お前達だけで大丈夫か?」
「問題ない。」
ユグラシドとダカーターの視線がぶつかること数十秒。
「そうか、わかった。」と一言残してその場から立ち去り、席の方へ向かっていく。
「ではこれを受注しましょう。」
こうしてアリシアとユグラシドは二人でバウンティー・ボア討伐へ向かう事に。
二人が向かった場所は徒歩で1時間程の距離にある深い森。
ユグラシドが薬草の採取クエストでよく訪れる場所である。
他愛のない会話を交わしながら森まで向かう二人。
ご機嫌に話しかけるアリシアから緊張感は全く感じられず、ピクニックに出かけているような足取りだ。
傍から見れば気が抜けているように見えるが、目的地である深い森に到着するとアリシアのから笑みは消えた。
「さて、まずはバウンティー・ボアを見つけないと、ね。」
と、隣のユグラシドに視線を送るアリシア。
ユグラシドは額に左手を当て遠くを眺めるように目を見開く。そして右手は耳元へ。まるで僅かな音すらも聞き逃さない、そんな恰好をしていた。
それを静かに見守るアリシア。
今ユグラシドは魔法を用いて遥かと遠くの景色と音を見聞きしているのだ。
これは彼が独自で編み出したオリジナル――五感強化と呼んでいる。
魔力で神経を刺激して五感の性能を限界以上まで引き上げることが可能なのである。
現在、彼は聴力と視力を強化している。
「・・・・・・、こっち。」
数分後、眼が蠢く影を捕らえ、ユグラシドは森の中へと案内、アリシアもそれに従う。
ユグラシドを先頭に道なき獣道を歩み進めること数分、
「・・・・いた。」
5m先には1体のバウンティー・ボアの後姿が。
大きさは1・5mほどで、牙の大きさからオスと推定。
アリシアの視界にもその姿を確認。反射的に木の陰に隠れる。
「さて、どうする姉さん。一人で出来そう?」
と尋ねると自信満々の頷きが返ってきた。
「大丈夫、任せて。」
と言うや否や木の陰から飛び出し、魔法を発動。
「ファイヤーボール!」
突き出した右手から勢いよく撃ち出された火球がバウンティー・ボアに直撃。
完全なる不意打ちを受けたバウンティー・ボア。ダメージはそれなりに受けるも致命傷ではなく、燃えていた毛皮もすぐに消えた。
アリシアはファイヤーボールの威力を敢えて抑えていた。その理由はバウンティー・ボアが燃え炭になり、食肉が確保できない事を危惧したためである。
ここで初めて敵を認識したバウンティー・ボアは荒い鼻息。どうやら怒っているようだ。
何度か前脚で地面を蹴り、アリシアへ突進。
バウンティー・ボアの最も注意しなければいけない突進攻撃。
アリシアは真正面から受け止めることを選択。
「我が身を守れ、『フレア=シールド!』」
前へ突き出した左手から燃え上がる炎の盾が突如姿を出現。バウンティー・ボアと衝突。ぶつかった大きな衝撃が左腕から全身に伝わる。
フレア=シールドはアリシアが覚えている防御魔法。燃え上がる炎の盾を生成し、自分へのダメージを防ぐ。さらにフレア=シールドに触れた相手にダメージや火傷も与えることもできる優れた魔法だ。
数十㎝ほど後方へ押し込まれるがバウンティー・ボアの突進を受け止めたアリシア。
そのおかげで彼女はダメージを受けなかったが反対に、バウンティー・ボアが炎の盾によってダメージを受ける羽目に。
アリシアはすぐさま攻撃へ。腰に携えていたメイスを掴み、前脚を強打。
痛みで悲鳴を上げて暴れるバウンティー・ボアから一旦距離を取る。
一方のバウンティー・ボアは怒り狂い、再度相手に突進を試みる。が、前足に大きなダメージを受けた影響で踏ん張りがきかないのか先程の推進力はない。
そのおかげで簡単に躱すことが出来たアリシアは迎撃。再び同じ前足を狙う。
強靭な四足を有しているバウンティー・ボアだが、全身の重量を四足で支えている為、いずれかの足を一つ失うだけで何もできなくなってしまうのだ。
一足を破壊され、立つことも困難になったバウンティー・ボアを見て、好機を判断したアリシア。正面からの突撃を試みる。
苦し紛れの噛みつきを華麗に躱し、側面から後頭部へメイルを振り下ろす。
魔力で発生させた炎を纏った強烈な一撃にバウンティー・ボアは事切れ、巨体は大きな音を立てて倒れ込んだ。
「どうかしらユーグ。」
「流石ですね、姉さん。」
アリシアの戦いを木の陰から見守っていたユグラシド。彼はアリシアの手助けをするつもりは一切なかった。何故ならば、
「これぐらいなら姉さん一人で倒せますからね。」
と大きめな独り言。誰かに聞かせるような口ぶりだ。
「そもそもおかしいのですよ、後方支援の回復術士なんて。姉さんは本来炎魔法を得意とする前衛アタッカー。苦手な杖まで持たせるなんて。全く、姉さんの事をわかっていませんね。」
とここで視線を後ろの深い茂みへ向けてこう言い放った。
「なので安心してくださいダカーターさん。」
「・・・・・・・・・。」
しばらくの沈黙の後、茂みが一度だけ揺れる。そしてダカーターの僅かな気配は離れていった。
「ユーグ、解体手伝って。」
「わかりました。」
アリシアの傍まで駆け寄りバウンティー・ボアの解体を手伝う。
「腕は訛っていませんでしたね。」
「勿論よ。毎日鍛錬を続けていたわ。密かにね。」
「流石ですね。」
「でも。ネガール教団は認めてくれなくてね。『そんなことするぐらいなら補助系魔法を多く覚えなさい』、て。でも補助魔法は全然。回復系も以前から使える『ヒール』のみだし。後方支援型としては全然なのに何故か聖女なんかに任命されて<栄光の光>に入れられて。」
解体する手を止まり大きなため息。かなりの気苦労を感じさせられる。
「栄光の光でも勝手に私を回復術士に登録して。説明しても誰も聞き耳持たずよ。」
「よく我慢できましたね。」
「それは目的があったからね。」
成程、とユグラシドを思った。と同時に疑問も。
「姉さんの目的って何ですか?」
純粋に思った事を口にしたつもりだった。
その質問に対してアリシアは一瞬目を見開くもすぐに笑顔になり、こう言った。
「秘密、よ。」