1章 再会(1)
<栄光の光>。
マルタリオン国王の命により1年の程前に結成されたパーティである。
マルタリオン国は壮大な大陸の中央付近から北東部までを領地としている。中央の王都周辺は平らな草原に囲まれているが、少し王都から離れれば森林や険しい山々が。又北東部奥部は未開の土地である。
その為魔物の発生が多く、王都や周辺の町・村は深刻な被害を受け続けてきた。
これまではギルドに属している冒険者や王国の騎士達が討伐を請け負っていたが、減らない被害と強力な魔物討伐の成功率の低さに国王は優秀な人材を招集、一つのパーティに集結させたのである。
選ばれたのはこの4人。
マルタリオン国の国宝である聖剣を扱える剣士アルバス。
王宮魔術師で魔法に関しては右に出る者はいないと言われている若き賢者サイ。
冒険者ギルドから魔物討伐経験が豊富でA級冒険者、斧の使い手ジャック。
そして国教ネガール教から聖女の地位を承った回復術士アリシア。
<栄光の光>は結成後、いくつもの功績を挙げ続け今や知らぬ人もいない最強のパーティとして名を知らしめていた。
四人の連携は抜群。仲も良好と言われていたはずだが、先日聖女による突然の脱退宣言。
その噂は1日を待たずにしてマルタリオン国内全域に広がり、次の日には国外までに拡散された。
多くの人々がこの情報に驚きと困惑する中でただ一人、物怖じもせずいつも通りの生活を送っている者が。
今回の噂の当事者でもあるユグラシドである。
極平均的な身長と体格で人群に紛れ込めばどこにいるか分からない程の平凡を貫く20歳になったばかりの彼は間借りしている部屋にて一人ポーション作りに勤しんでいた。
前日に干して乾燥した薬草を粉末状になるまですり潰した後、窯で沸かしている上質な水へ投入。粉末が完全に溶けるまでゆっくりと規則正しくかき混ぜる。
(上手くできたか?)
杓子で掬い、液体の色合いと透明度を目視で確認したのちに試飲。
「よし、完成だ。」
後は熱が冷めるのを待つだけ。その間に移し替える小瓶を数本用意して洗面所へ。火の前にいた事で火照った顔を水で冷やそうと思ったのだ。
数回顔を水で濯ぎ、タオルで濡れた顔を拭う。
鏡には自分の顔――手入れが出来ていない黒茶の髪に翡翠色の瞳以外特徴がないひ弱そうな顔が写る。
顔の熱が冷めてすっきりすると今度は喉の渇きを感じたので休息のお茶を用意を始めた時、突如ドアの方から聞き覚えのある懐かしいノック音が聞こえた。
「どうぞ、空いていますよ。」の返事に、
「ユーグ!愛しのアリシアお姉ちゃんが来ましたよ。」
ドアを開けた笑顔のアリシアが勢いよくユグラシドへダイビング。
「こんにちは姉さん。三日ぶりですね。」
こうなることを予想していたユグラシドは飛び込んできたアリシアの身体をキャッチして一回転。勢いを殺してその場に着地させる。
「よく俺が居場所がわかりましたね。ギルドの人に聞いたのですか?」
「ええそうよ。あの時はゆっくり話せなかったもの。」
三日前、<栄光の光>は魔物討伐成功を報告するためにギルドハウスを訪れた。
その時に薬草採取クエスト達成報酬を受け取りに来たユグラシドと5年ぶりに再会。
嬉しさのあまり先程のように抱き付いたことで周囲から注目の的となり、サイと口論の末にアリシア脱退を宣言。
それを受けてサイ達は彼女を強制的に連れ帰ったのである。
「ところで今日は何用ですか?」
改めてアリシアの全身を見つめる。
肩まで伸びているワインレッドの綺麗な髪に細く長い美しい眉毛とルビー色の輝く瞳。
今年22歳になるが可愛らしい顔立ちには子供っぽさが少し残っている。しかしプロポーションは以前とは違い、少女から大人へと大きく成長していた。
そんな彼女は三日前に着ていた白の修道服姿ではなく、今王都の町娘達の中で流行りの質素な服の姿。
その恰好と嬉しそうに笑みを浮かべる彼女に内心嫌な予感を抱く。
「何ってこの前言ったでしょう。ユーグとパーティを組むって。」
ああ、やっぱり。
ユグラシドの嫌な予感が的中。
彼女が発する次の言葉が脳内で浮かんだセリフと見事に重なった。
「ちゃんと<栄光の光>を辞めてきたわ。」
褒めて褒めて、と目で訴えてくるアリシア。その仕草はまるで可愛いらしい小型犬のよう。
「わかりました、詳しい話を聞きますよ。丁度お茶にしようと思っていた所です。姉さんの分も入れましょうか?」
「うん、お願い。私アップルティーね。」
注文を受け、自分の分と共にアリシアの分も一緒に用意。
手持ち無沙汰のアリシアは部屋を見渡し、ここでユグラシドが調合したポーションの存在に気付く。
「これってもしかしてポーション?ユーグが作ったの?」
「ええ、いつも受注している薬草採取の際、もらっているのです。薬は市販で買うより自分で調合した方が安上がりなので。」
「でもポーションの調合って結構難しいはずよ。誰かに教えてもらったの?」
「実母に。まぁ素人が作った物なので市販されている物より質は落ちると思いますよ。」
アリシアは出来上がったばかりの透き通った黄緑色のポーションを興味深く眺めた後、
「ねえ、味見していい?」
「ええ、どうぞ。」
了承を得たアリシアは傍にある小さい杓子でポーションを掬い、躊躇する事もなく口へ運ぶ。
「うん美味しい。それに市販で売られているのと遜色ないわよ。」
「それは良かった。用意できましたよ。」
丸机に椅子を二つ用意し、向かい合うようにコップとティーカップを置く。
「ありがとう。」とお礼を述べたアリシア。当たり前のように席をユグラシドの隣に移動させて座る。
「おいし~。5年ぶりにユーグが淹れてくれた紅茶を飲んだわ。」
一口飲んで隣のユグラシドにそっと凭れる。
「はぁ~~、落ち着く。」
その言葉通り、アリシアは身も心も安心に包まれていた。
「それはよかったです。それで姉さん。さっきの話ですが・・・。」
「さっきの話って、<栄光の光>を辞めて来た、って話?」
「ああ、やはりそうなのですね。」
眩暈と頭痛が同時に押し寄せ、無意識に頭を抱えてしまう。
「勿論ユーグと一緒になる為よ。・・・、もしかして嫌だった?」
この世の終わり、と言わんばかりの泣きそうな表情のアリシアに苦笑するユグラシド。
「そんなことはないですよ。」と答えてアリシアを笑顔にさせる。
「それよりも本当に<栄光の光>を脱退できたのですか?」
「本当よ、私の事を疑っている?」
「いやそういう訳ではないです。ただよく脱退が認めたな、って。」
「ひと悶着はあったわ。国王陛下様からは残ってほしいと懇願されたし。でも、『もう限界です。』て言ったら渋々認めてくれたわ。」
アリシアの話では<栄光の光>に加わる際「辞めたい、と思ったらすぐさま抜けさせてもらう。」と事前に約束と取り付けていたそうだ。
「で、この事でネガール教の教皇は猛激怒でね。色々文句言ってきたから、『気に入らないのなら私を除名したら?』て言い返して飛び出してきたわ。聖女の称号も全て返上してね。」
「え!?」
アリシアの衝撃的な発言で滅多に表情を崩さないユグラシドの眼が大きく見開く。
「何やっているのですか姉さん。」
聖女はネガール教内で女性が就く最高位の地位である。
「いいのよ。私は元々聖女なんて柄じゃないし。なりたくてなったわけでもないわ。そもそも巫女見習いでしかない私がいきなり聖女だなんておかしいのよ。」
早口で批判するアリシアを見て察したユグラシド。
「姉さん、鬱憤が結構溜まっていたんですね。」
「うん。」と一つ頷きユグラシドの肩に頭を乗せて寄り添う。
「ユーグと離れ離れになって5年、いろいろあったわ。我慢することばかり。ずっと耐えてきたの。」
弱々しく告白するアリシアに対しユグラシドは優しく彼女の頭を撫でる。するとアリシアの表情はすぐさま柔らかくなり、猫のように幸せそうに目を細める。
「よく頑張りましたね。」
「うん。だからもっと私を癒してほしいな。」
「わかりましたよ姉さん。」
彼女が満足するまで頭を優しく撫で続けた。