あなたは彼に相応しくない、私の方が相応しいと言われますが
評価、ブックマーク、誤字報告ありがとうございます!
8/29(昼) 日間異世界[恋愛]ランキング4位をいただきました。また日間総合でも5位をいただきました。本当にありがとうございます!
8/29(夜) 日間総合ランキングで1位をいただきました。どうしよう、嬉しい、信じられない((( ;゜Д゜))) また、はじめて評価ポイントが10000を越えました。お読みいただいた皆様、本当にありがとうございます!
8/30 日間総合ランキング1位
8/31 評価ポイント20000達成、ありがとうございます(*^^*)
彼女の言葉に、思わず鼻で笑ってしまった。
笑われた彼女は、ぎりりと口元を歪め眦を吊り上げて私を睨んだ。ご自慢の、貴族みたいな綺麗な顔が台無しだ。
「何がおかしいのよ!」
「たった今、貴女が言ったことに決まってるじゃない」
「はぁ!?」
キーキーと耳障りな怒鳴り声に溜め息をつきながら答える。
事の起こりは少し前。昼休みに校内の人気のない場所に呼び出されて行ってみれば、彼女を含めた女子生徒三人に囲まれた。
そうして始まったのは余りにも身勝手な要求。私の恋人であり、婚約者でもある彼と別れろというもの。
「あんたみたいな地味でぱっとしない庶民、彼には相応しくないのよ!彼には私みたいな華やかな女が似合うの!わかったら彼と別れて私に譲りなさい!」
反り返るくらいに胸を張り、こちらを見下しながらそう告げてきた彼女。
焦げ茶色のお下げ髪、飾りの少ないシンプルなワンピース。私が地味でぱっとしない庶民なのは否定しないが、彼女だって庶民だ。青い瞳と、明るい金に近い茶髪という華やかと評される外見をしているだけで。それだって、庶民にしてはという枕詞付きだが。
しかし、私が思わず鼻で笑ってしまった理由はそこではない。
「貴女、ずいぶん彼のことを安く見ているのね」
にっこり微笑んで言ってやると、彼女は「はぁ!?」と口を大きく開けて何を言っているんだという顔をする。
「だってそうでしょう?貴女は私に彼を譲れと言ったのよ。自分の方が彼に相応しいと」
「それがなんなのよ!」
「それって、私に譲ってもらわなきゃ彼に見向きもされないということでしょう?」
「なっ…!」
「貴女は今、誰かに譲ってもらわなきゃ相手から見向きもされない女が、彼には相応しい、と言ったのよ。本当に、そんな女が彼に相応しいと思っているの?」
そう言ってやれば、彼女はこれでもかと目を見開いて口をパクパクとさせた。怒りのせいか先程よりも顔が赤い。
「それと、貴女は私のことを下に見ているみたいだけど、こんな風に三人で囲まないと話も出来ないの?」
そう言って今度は他の二人を見れば、思うところがあったのかそっと目をそらされた。
話は終わりかと思い彼女たちの横を通りすぎる。一人がキーキーと喚く声が聞こえたが、他の二人に止められることはなかった。
私の恋人であり婚約者でもある彼は、歴とした貴族だ。子爵家の次男である。
貴族といっても、貴族制度が隆盛を極めていたのは遠い昔。王家と王家の血統バンクである公爵家を除けば今ではすっかり形骸化しており、爵位は名誉職に近い。
それでも新たに叙爵されることもなくなった現在では、貴族家というのは古くからある由緒正しい家柄であり、その昔から続けている事業の信頼と実績によって潤っている家が多いのも事実。つまり、ちょっと特別な家柄の金持ちというのが一般的な認識。そして彼の家も例外ではない。
一方の私はただの庶民である。
彼の住む、一般的な家の数倍はある豪邸のご近所に住んでいる幼馴染みだ。親同士が仲が良く、いわゆる家族ぐるみの付き合いをしていた。
やがて年頃になった私たちは互いを意識するようになり、幼馴染み、友人から恋人へと変わった。
もともと家族ぐるみの付き合いだ。いつまでも隠し通せるわけはないと互いの両親に報告したところ、私のことを実の娘同然に可愛がってくれる彼の母親から婚約を結ぶことを提案された。
今の世の中、貴族ですら政略結婚なんて滅多にない。片や家を継がない子爵家の次男、片や庶民。普通なら婚約なんて契約の必要はない。
彼の母親がそんな提案をしたのは、自身の経験からだ。
今現在、子爵夫人として家を、経営陣の一人として事業を支えている彼女だが、その出自は庶民だ。学生時代、同じクラスだった現在の子爵と恋に落ち、結婚した。
すでに貴族と庶民の結婚に垣根がなくなっていた時代。子爵家から横槍が入ることは無かったが、それでも二人の仲を良く思わない者たちがいた。子爵との結婚を目論んでいた女性たちだ。
いくら貴族制度が形骸化し爵位が名誉職とはいえ、その少し特別な家柄と貴族という響きに憧れを持つ女の子は少なくない。しかも金持ち、代々受け継いでいる広大な土地持ちとなればなおさら。
そしてもうひとつ。その昔、高貴な血筋を取り入れ続けた名残なのか、庶民の血が混ざるようになった現代でさえ、貴族の家にはやたら見目の良く華やかな色彩を持つものが生まれやすい。
子爵もまさにこれだった。そして、彼の息子である私の婚約者も。
恋人期間中の子爵夫人がどんな目に遭ったかなんて想像に難くない。自分の見た目に自信を持っている女から嫌がらせをされるわ、攻撃されるわ、果ては自称貴族の傍系の自称ご令嬢に「私が正統な婚約者だ」とデマを流されたらしい。
世の中にはね、なんかスゲェのがいるものなのよ。
と、普段の子爵夫人然とした姿からは想像できない言葉遣いで言われた一文と、そのときの彼女の顔が忘れられない。
そんなわけで結ばれた私たちの婚約は、一応両家の間で契約の形を取っている。
しかしその契約内容は「交際を続けたまま適齢期になったら結婚する」「両者の合意の上であれば互いに慰謝料を支払うこと無く婚約を白紙とする」といったものだ。実質、普通の恋人の常識とかわりない。
とはいえ、これは両家の間で結ばれた、子爵家が認めた正式な婚約だ。
実際のところこれにはかなり助けられていて、結婚前の子爵夫人のように苛烈な目に遭うことはほとんどない。
いくら彼のことを狙っていようと、自分に自信があろうと、常識を持ったものなら当の子爵家が正式に認めた婚約者に嫌がらせなんて馬鹿はしない。
裏を返せば。
常識がない、突き抜けた馬鹿が時々やってくる。先ほどのように。
そして、突き抜けた馬鹿はだいたい突き抜けた行動を取るものなのだ。
「助けてください。私・・・私、あなたの婚約者にいじめられてるんです!」
うん、こんなふうに。
放課後、婚約者との待ち合わせ場所に行けば、昼間の「自称、彼に相応しい女」がいた。彼女の座るベンチの少し間を空けた隣には彼の姿もある。
そのベンチは待ち合わせのときの彼の定位置だ。どうやら彼女はそこに押し掛けたらしい。
一応言っておくと、私は彼女をいじめていない。クラスも違うし話をしたのも今日が初めてだ。ただ、正式な婚約者の私に彼と別れろなどと面と向かって言う困ったさんである。そういう意味で有名だったので知ってはいたが。
彼らの座るベンチは私のいる場所に背を向けて設置されているため、二人は私に気付いていない。
ここで出ていっても面倒なことになりそうなので、少し様子を見てみることにした。
「僕の婚約者に?それは本当?」
「は、はい。本当です…」
「具体的には、どんなことをされたの?」
「靴を隠されたり、教科書を隠されたり…それに、後ろから押されて、転ばされたこともあって…」
ハラハラと涙を流しながら訴える彼女の横顔が見える。
「そうなんだ」
「私、あの人が怖くて。本当に怖くって…! あなたは騙されてるんです!あんな人、あなたに相応しくないです!」
目に涙を溜めながら両手を胸の前で組み、彼を見上げる彼女。
すごいわー。あれだけ涙を流してるのに目は腫れてないわ、鼻水も出てないわ。時々嗚咽をもらしつつもつっかえることもなく、弱々しくもしっかり聞き取れるように話している。両手の組み方とか位置とか彼を見上げる角度とか、完璧じゃない。とんだ女優ね。
整った容姿も相まって、儚げで庇護欲をそそるか弱い少女にしか見えない。
「そっか。大変だね」
「・・・っ!はい、そうなんです!」
それまで否定はせずとも、彼女の言うことをただ聞いていただけの彼から出てきた肯定ともとれる言葉。
明らかに喜色を含んだ声で彼を見上げる彼女。信じてくれたんですね、とでもいうように、控え目ながらもホッとした笑顔を添えるのも忘れない。
女優だわー。いつまで続くかしら。
「それで?」
「・・・え?」
彼の言葉に戸惑う彼女。あら、意外と続かなかったわね。
「それで、なんでその話を僕にしたの?」
「それは、えっと、あなたが彼女の婚約者だから…」
彼女のような金に近い茶髪などではなく、混じりけのない綺麗な金髪。深い緑の瞳で真っ直ぐ見つめながら彼がそう尋ねると、見つめられた彼女は頬を赤らめながら、しどろもどろに答えた。
彼が私の婚約者だから、彼に助けを求めた、というのが表向きの理由。
彼が私の婚約者だから、彼に私の偽りの蛮行を吹き込んで婚約破棄を目論んだ、というのが実情だろう。
どちらにしても、その行動は間違ってると思うけど。
「なぜ?」
「え…」
「なぜ、彼女の婚約者の僕に助けを求めた?」
質問の意味がわからないのか言葉に詰まる彼女。
そんな彼女に彼はにっこり微笑む。
「言い方を変えようか。僕は彼女の婚約者であり、恋人だ。それは知っているね?」
「・・・はい」
家が決めた婚約者ではなく、彼自身が決めた恋人である、という部分が彼女は気に食わないのだろう。
「それなら、なぜ僕に助けを求める?」
「なぜって…」
「まだわからないのか? 僕は、君が本当に怖くて怖くて仕方のない女と、好き好んで付き合っている恋人なんだ。 …同類だとは思わなかったのか?」
彼女はさすがに絶句した。
しかし、それでやめるような彼ではない。
「普通に考えて、怖いやつ、嫌いなやつの恋人や家族なんて警戒対象だろう。ソイツと同じ性質かもしれないんだぞ?以前から親しい相手ならともかく、君、さっき僕に自己紹介をしたよな?はじめまして、と間違いなく言ったよな?君が持つ僕の情報なんて、君が怖くて仕方ないヤツの恋人で婚約者ということぐらいだ。なぜその情報だけで助けを求められる人物だと思った?」
「そ、それは」
「もしくは、こんな話をすれば普通僕は彼女に確認するだろう。婚約者である僕に自分の行いをバラされたと知った彼女に、より酷い目にあわされるかもしれないとは、考えなかったのか?」
「・・・」
「それとも、報復なんてされるわけない確信でもあるのか?」
先程までの穏やかな表情はどこへやら。今は彼女に小馬鹿にしたような笑みを向ける彼。
さらさらの金の髪に知性的な緑の瞳。優しげな顔立ち、穏やかな笑顔。
まるで女の子が小さな頃に憧れた王子様のような外見を持つ彼は、その見た目からはかけはなれた性格をしている。
はっきり言おう。腹が黒い。
そもそも、私が女子三人に囲まれて詰められても笑顔で揚げ足を取れるような性格なのは、彼に対抗してきた結果である。成果とも言える。
そんな彼の性格は、彼の母親が家柄と金に群がる女性たちを自分で蹴散らせるように、息子たちにほどこした教育の賜物だったりする。母は強い。
そして現在では私が蹴散らし、それでも追い払えなかった「なんかスゲェ」のに彼がトドメを刺すという構図が出来上がった。
「もう一度だけ、聞いてやるよ」
あ、さっそくトドメを刺しにいった。
「彼女は、本当に、お前をいじめているのか?」
ご丁寧に、聞き取りやすいように。一語一語区切りながらゆっくりと話す。
先ほどまでは小馬鹿にした口調だったが、それでもまだ声に温度があった。それが一気に氷点下まで下がった。
「それ…は…」
ちらりと見えた彼女の顔色はとても悪い。私にいじめられていると悲壮感たっぷりに訴えていたときとは比べ物にならないほどに。
「いいえ」と正直に言えば、彼を欺き彼の婚約者を陥れようとしたと認めてしまう。
かといって「はい」なんて答える覚悟が、果たして彼女にあるのか。
「す、す、すみませんでしたーーー!!」
叫び混じりに謝る上ずった声と、バタバタと走り去る騒々しい足音。
あ、逃げた。
私が二人に、特に彼女に気付かれないように姿を隠していたのは、その方が事がスムーズに進むから。
彼女が逃げ出したので、もう隠れる必要もない。
「あいかわらず、容赦ないわね」
そう声をかけながら彼に近付くと、こちらに気付いた彼が何事もなかったかのように手を上げて応えた。
多分、本当に彼にとっては何てことないことなのだろう。
「なんでお前の婚約者の僕が、自分を助けてくれると思うのかね?」
彼の隣、先程彼女が座っていた場所より一つ彼に近い位置に座ると、彼は私のお下げ髪を弄びながら、心底うんざりと、そして理解できないとでも言うように吐き捨てる。
実際、こういうのはかなり多い。流行りの小説の影響なのか、彼を狙う女性たちは皆「あなたの婚約者にいじめられているんです」と彼に訴える。ヒーローに守られるヒロインになろうとして。
「地味な婚約者よりも、自分を選ぶはずだと思ってるんじゃない?」
「どこからそんな自信が出てくるんだ?」
「…見た目?」
先程の彼女も私に向けて「華やかな私の方が彼に相応しい」と言っていた。今までやって来た女性たちも似たり寄ったりなことを言ってくるので、間違いじゃないだろう。
「いくら見た目が良くてもなぁ。僕に相談するおかしさに気付かない馬鹿じゃなぁ」
「でも、今日の彼女はなかなかの女優だったじゃない?」
相手からの見られ方を完全に計算して、絶妙な涙の量に調節し声のトーンも完璧に作り上げた。訴える内容がおかしくとも、彼女の外見も相まってほとんどの人が騙されてしまうのではと思うような説得力があった。残念ながら彼には効かなかったけど。
歴代の貴方を狙う女の中でもトップクラスの名女優よ、と一人うんうんと頷きながら言ったら、彼がなんとも言えない顔でこちらを見ていた。
「名女優って、お前が言うのか?」
「あら、なんのこと?」
彼に向かってニッコリと微笑む。
別に、私の性格は演技じゃない。
それは確かに、幼い頃の私はそれはそれは大人しかった。地味な見た目そのままの性格をしていた。
変わったきっかけは彼と出会ったこと。やたらと口が回る彼に言い負かされる悔しさからだ。彼に負けないように頭を働かせて必死に食らいついて、気が付いたら今の性格になっていた。
演技なんかじゃなく、誇るべき成果だ。そう胸を張ると彼は「そこじゃない」と言う。
「この格好」
そう言いながら片方の三つ編みをくるくると指に巻き付ける彼。
「あら、昔から変わらないじゃない」
「子供の頃は癖が強すぎてどうしようもないから三つ編みにしてたんだろ?今は落ち着いてるじゃないか。母上が残念がってたぞ。おろせば華やかなウェーブだし、少し磨けば光る顔立ちなのにって」
私を可愛がってくれる子爵夫人は、ことあるごとに私を着飾らせたがる。私はそれを、学校を卒業するまでは、と断っていた。その度に残念そうな顔をされるが、理由を知っている夫人はそれ以上何も言わないでいてくれる。
「だって、この方が都合がいいんだもの」
ハイエナ退治に。
いくら校則があるとはいえ、学生に相応しい範囲での化粧やヘアアレンジは認められている。その範囲で華やかに装うことは十分可能だ。
そんななかで少々やりすぎている私の地味な格好は、まぁ舐められる。家柄と金と容姿で彼を狙う女子生徒たちに。
でもその方が私にとっては都合がいいのだ。むしろ変に着飾り一目置かれてしまうと、彼女たちは私の粗を探し回り、遠回しに嫌みを言ってはゴリゴリとこちらを削ろうとする長期戦に持ち込むだろう。そんなのめんどくさい。舐めてくれれば今日のように大した策も練らずに突っ込んできたところを、一気に蹴散らせるので楽なのだ。
「ぶれないな」
「あら。こんな女はお嫌い?」
「まさか」
わかっていて冗談めかして尋ねれば、彼もまたおどけたように目を見開き、芝居じみた口調で否定した。
どちらともなく笑い声がこぼれる。
彼がふっと目を細めて微笑んだ。
「逃げるどころか一緒に闘ってくれる格好いい恋人を、愛しく思わないわけないだろう?」
年頃になり、私たちが互いを意識するようになった頃。それは同時に、彼が同年代の女子から秋波を送られるようになった頃でもある。
母親の結婚前の苦労を知っていた彼は、私と距離を置こうとした。そうすれば私を守れるからと、いつになく優しくそんなことを言い出したのだ。顔を合わせれば私をからかい、こちらが応戦すれば嬉々として畳み掛けてきた彼が、だ。
ふざけるな、と先ず口をついた。
それから、守られるつもりなんてない、一緒に闘う、貴方の家柄と見た目に寄ってくるような女、私が蹴散らしてやるわ!と啖呵を切った。
全く可愛くないことにすぐに気付いて、そして後悔した。離れたくないならもっと他に言い方があるだろうに。
恐る恐る彼を見ると、彼は赤い顔で目を細めて私を見ていた。丁度、今みたいに。それから「格好いいな」と言ってくしゃりと破顔した。
それが私たちが幼馴染み、友人から恋人へと変わった日の出来事だ。
弄んでいた三つ編みに、それから私の手を取り指先にキスを落とされる。
足りない、と目で訴えれば彼は困ったように、照れたように笑った後、頬にキスをくれた。最高のご褒美だ。
あなたは彼に相応しくない、私の方が相応しいと言う華やかな人がいる。守ってあげたくなるような可愛い人も、たくさんいる。
それでも、彼が触れるのも、一緒に闘うのも、恋人に選んだのも、全部全部、地味でぱっとしない庶民の、幸せな私なのだ。
お読みいただきありがとうございます!
自分をいじめる人の婚約者とか兄弟に相談するって、普通に考えたら恐くて出来なくない?というところから出来た話。
登場人物に名前を付けなかったらサクサク書けてしまった。