81 ならいいや。私も誓うよ。誰も連れてこない。
「エルドラド。私はあんたと話したいことがあるわ」
エルドラド、と結子に呼ばれたことには、正直、あまり驚きはしなかった。
確かにゲームのエルドラドの姿と今の私は全然違うし、目の色だって赤から青に幻術スキルで変化させている。でも、先見の鏡で、ナバリさんとの会話を見ていたとき、結子は私を捜していた。エルドラド捜索の調査は難航しているといった未来だったけれど、あれからどう変わったかはわからない。
三年前、ヴェジャ、いやヴェジャーシャという名の、ロータスの幼馴染の魔族がヴェルベクトの街を襲ったとき、私は大勢の前で姿を現した。その不思議な服を着た魔族の顔つきが、はらぺこ亭でちょこまか働いていた幼女と似ていると思った人は少なくなかったのだ。なら、そういった情報も、結子は知っているかもしれない。
でもまさかカーセイの都で、ロータスとともに行動しているなんて想像だにしていなかったかもしれないけど。
目立たず、静かにしていれば、ロータスにばかり目がいっていた結子だ。お掃除好きの何か小さなものがそこら辺をうろちょろしているな? 程度に思ってくれていたかもしれない。でも、彼女からメガホンを奪い取ったときから、覚悟していた。じっと私を見つめる結子を視界の端で気づいて、こりゃもうだめだろうな、と思っていた。
「……いいよ、どこで話す? ここじゃだめだよね」
「おいエル」
「ロータス、正直ここまで来たなら、腹を割って話したいんだよ」
腹芸が得意じゃないことは自覚している。それなら正面同士向かって、話し合うしかない。こうして結子からの接触がなければ、私の方から行こうと思っていた。ロータスには万一のことがあっても、とりあえずは静観してもらうようにお願いしている。私の名前を呼んだあとにそのことを思い出したのか、溜め息をついて瞳を細めた。
「二人きりになりたいんだけど」
「いいよ」
次に結子の台詞に頷くと、今度こそ重たい雰囲気がずんとロータスから流れてくる。絶対に怖い顔をしているので見てたまるものかと決意した。
「場所はあそこ、さっきまで私達がいた塀の上はどうかな。水球膜が破れてしまってるところはヴェダーが修理中だけど、それ以外のところは泥だらけだから、今は誰もいないと思う。朝になって、日が昇ってから掃除しようって話だったし」
「じゃあ、それで」
「今から?」
「……あんまり長く抜けると、ナバリがうるさい。カンテラの灯りが消える前くらいがいい」
「わかった」
カンテラの灯りが消える前、というのは日付が変わる少し前ということだ。カーセイの都を包む水球膜には、膜を管理するためのカンテラ――魔道具がいくつも吊り下げられている。今も頭の上ではオレンジ色の温かな光でゆったりと騒がしい街を照らしてくれているけれど、丁度、日付が変わる頃に、一瞬だけ全ての灯りが消えて、真っ暗になる時間がある。
長時間、火を灯していると熱暴走を起こしてしまうのは、機械も魔道具も同じだ。一旦自動で切れて、またリセットされる仕組みになっているのだ。
それじゃあ、と低い声のまま結子が背中を向けようとしたとき、「まって」 これは必ず確認しなければならない。「一人で絶対に来るって誓える? 嘘をついて、誰か連れて来たりしない?」 結子の眉が苛立ったようにつり上がった。私と、ロータスを見る。
「……当たり前でしょ!」
「ならいいや。私も誓うよ。誰も連れてこない」
あっそう! と彼女は叫んで、雑踏の中に消えていった。「…………おいエル」 まあこうなりますよね、と本日最大級に眼光を鋭くさせたロータスにうへへとしてみせた。
「と、いうわけだから、ちょっくら話をつけてくるから」
「……向こうはお前が、……ってことは、わかってるだろう。誰に言ってるかもわからねえ」
街はどんちゃん騒ぎで、誰も彼も私達に目なんてくれてやしない。でも、万一があるから、魔族という言葉は伏せて話す。「もしそうでも、逃げたらいい。ロータスが言ったんだよ」 いつもマイペースなロータスを私が引っ掻き回すのは珍しい。彼は口元を一文字にして難しそうな顔をしている。
何かあったら尻尾を巻いて逃げることができるというのはこっちにしてみたら最大のカードだ。盤上をひっくり返しても、何をしたっていい。
「腹を探り合っても、仕方ないよ。ロータスがいてできない話があるっていうなら聞いてみようと思う」
それにロータスは知らない。我らという人種を。「結子はね、聖女なんだよ。異世界からやってきた聖女」 ――そして推しという概念を知る少女。
「多分ね、結子は一人でくるよ。100%とまでは言わないけど、わかる。いや、確信している」
何を言っているんだという顔をロータスはしていたけれど、こればかりは説明しても伝わらない。なので、大丈夫と様々な理論を伝えて私は約束の場所と時間で彼女を待った。夜が深まっていく。
――結論、結子はやっぱり一人できた。
「ちゃんと、一人で来たんだね」
「……あんたもね」
足元にこびりついていた泥は、もうすっかり乾いている。靴の裏にざらざらとした感触があった。結子は赤銅色のローブのフードを上げて、カンテラの灯りの下でその顔を晒した。意外なことにも、落ち着いた顔つきをしていた。
「ロータスの前だもの、約束は守るわ……」
そう、彼女の推しはロータスである。
推しの前で嘘をつくことができない。それが我らという人種である。いや私は普通につくけど。でも結子は違う。私みたいにさらっとしたプレイしかしていないにわかとは違い、彼女は本気で、このゲームを、ゲームとして愛している。彼女の想像とロータスの今の姿は違ったとしても、根底は変わらない。だから、確信していた。いや、魂で感じた。
「そっか、そうだよね」
と、いいつつ、なぜ私が結子が一人で来たかわかったのかと言うと、イッチ達の捜索スキルの賜である。今回私もなんとか気合で頑張って察知スキルを再修得したものの、実はイッチ達の方がよっぽど優秀な固有スキルを持っているのだ。
――正面、結子ちゃんお一人!
――六時の方向、誰もナシ!
――ぐるっと回って全面! オッケイ!
いいかい結子。人間とはきたねえものなんだ。まあ私は魔族だけど。
約束を守れと言った口で、盛大に破っているのは私である。幻術スキルで姿を消したスライム三匹、結子には見えないけれど、しっかり私の周囲を守っている。
――我ら三匹の包囲、突破できるものは誰もナシッ!!!
にょいん、と両手を伸ばして腕を組んで、ザンッ……とイケスラ達がポーズを決めて叫んでいた。イケメンスライムの略である。
ロータスも少し離れたところで気配を消して待機してくれている。さすがに武士の情けで会話が聞こえない場所にいてもらっているけれど、万一私が大声を上げたら、彼の足の速さなら瞬間的にやって来てくれる程度の距離にはいる。
むしろ現状のピンチは、レベルすらも満足に上げていない普通の女の子である結子の方だ。
二人きり、とみせかけた一対四。四側の内訳は一人と三匹。ヴェルベクトを襲った銀髪魔族もびっくりな卑怯さだった。
すまない。こちらは生粋の悪役、エルドラドなのだ。
手段なんて選ぶ気は、実は初めからなかったりする。悪役をなめないでくれ。




