39 一人の魔性の女です
シモネタ(?)的な表現が一部ありますので、苦手な方はお気をつけください。
一体、イッチたちの身に何があったのか。
私とロータスは愕然として彼らを見つめた。ざぱん、ざぱんと押し寄せる波の中、小さな体で必死に砂の上で食いしばり(どうやっているのかは謎)、波に打たれて、でもやっぱり流される。ぶるぶる。激しく震えている。よく見るとサンは横に震えてる。横揺れ派ですかね。
「な……おい、大丈夫か?」
「わ、わかんないけど、なんだろ、どうしたんだろ。震えてるのは何度もみたけど、ちょ、ちょっと高速すぎて」
不安なことこのうえない。大丈夫だろうか。彼らはクラウディ国のスライムだ。初めての国境越えのときも、『フウウウ旅の始まりだよぉ~~!』とキャッキャしていたので、深く考えずに鞄の底に入っていただいたけれど、まさかこの二つ目の国はクラウディ国から遠すぎて何らかの拒否反応が出てしまったのでは。
「ろ、ロータス! とりあえず回収しよう! 震えながら流れていってる! ああ、ニィがあんなに遠く!? 波がすごい!」
「お、おう! くっそ、あばれ、こら、興奮するな!!」
ロータスと二人、わけもわからず私は横揺れのサンを抱えて、ロータスは縦揺れのイッチとニィを抱えた。ぶるぶるすらすらしている。このスライムのぶるぶるすらすらとは、実際に声を発しているわけではなく空気の振動で音を出しているだけなのだ。なので今現在は過去最高にぶるぶるしている。大変掴みづらい。腕が横にぶんぶんする。
テイマースキルを持っている私はともかく、ただ純粋にイッチ達と友好の絆を結んでいるロータスは、普段は何を言っているかなんとなくわかっても、流石に今回は難しいらしく、体中をびしょびしょにさせて首を傾げている。前髪が乱れておでこが出ていて、ちょっだけめずらしい。水もしたたるなんとかだ。
「エル、こいつら一体どうしたんだよ」
「いや、私も、なんだか……ええっと、ちょっと待って」
テイマースキルとは、文字通り動物を従えるスキルではなく、ステータスコマンドをタップして解説さんに窺ってみたところ、動物やモンスターと仲良くなりやすい感じかな? みたいなフラットなレベルなので、異常な解読能力があるわけではない。なのでびちびち跳ねるサンを抱きしめ、このところ気づいたスキル名を叫ぶと能力値が若干上がるという裏技で、周囲に誰もいないことを良いことに、「スキル、テイマー!」 ビシッと叫んでみた。びびび、とイッチたちの気持ちが伝わる。
『お、おおお、おお、おおう……』
『う、うううう、うう、ううう……』
『ふぇえ、うぐ、うぐ、ふげぇ……』
「……どうだ? わかるか?」
なんかやばい。
まさか苦しんでいる? とロータスが抱えているイッチとニィに耳を傾ける。『お』「お!?」 イッチのお腹の中の核がぶるぶるしていた。
『お塩、しゅごぉい……』
『海ですわ……これが海ですわ……』
『海水とは水分という名の何か……ベリーしゅごしゅ……』
「エル、何かわかったのか?」
「…………」
ニュアンス的にはよいよいのよいである。多分塩に酔っている。
***
いやあ驚きましたわ、びっくりですわぁ、スライム人生、まだまだ知らないことだらけですなぁ、と塩酔いが治まったらしいイッチ達が、ころころ横に転がっている。
ていんていんと形を変えながら白い砂浜の中を水平に転がり、まっすぐなあとを残していく。のどかな光景だった。人がいない場所を選んで降り立ったから、どこにも人気はなく、遠くでヤシの木らしき植物が激しい風に吹かれているのが見えるばかりだ。残ったのはびしょびしょに水が滴る私とロータスの二人きりである。なんだったんだ。
「いや、問題ないなら、いいんだけどね……。イッチ達、体中が水分だから、塩にびっくりしたのかな……」
「あ、ああ……」
レイシャンでは海に入るような気候ではなかったから、本日が初の海水ダイブだったのだ。はは、と私は両手と髪からぽとぽと水滴を落として口元を引きつらせた。
海に入るとき、靴は砂浜に脱いで、荷物もその隣に置いてあるから着替えは無事だけど、押し寄せる足元の波と、べとべとした潮風が骨身にしみる。
腕まくりをしていたロータスは、溜め息をついて髪の毛をかきあげた。呆れたような表情をしていたけれど、結局キャッキャと楽しげに跳ねているイッチ達を見て、ほんのちょっと笑っていた。イケメン。
流れるように考えた。とても好き。
「う、く、うぐ、くう……」
ロータスと旅をするようになって三年。身長差は近づいた、と思いたいものの、未だに十一歳と二十一歳。一般的にはゴーサインが出る見かけでも歳でもなく、まだまだ我慢の日々は続いている。時間が解決できる問題だと知ってはいるけれど、なんとかできないかと考えてしまう諦めの悪い乙女心だ。
押してもだめ、引いてもだめ、お色気も冷静に距離を置かれるとなれば、次は何をしたらいいんだと頭を抱えるしかない。けれどもそのとき、真っ青な空と白い雲を見上げてハッと天啓がひらめいた。
「ろ、ロータス、ちょっとしばらくの間、こっち見ないでもらっていい?」
「ん? おう」
服の裾の水を絞りながら、ロータスはちらりと私を見て頷いた。多分今の彼と同じようにおヘソでも見せつつ濡れた服の処理をしようとしていると思ったのかもしれない。しかし私の行動はそのさらに上を行く。行ってみせる。
「ロータス、そのちょっと、こっち」
「……ん?」
「こっち、見てくだ、さい……!」
「あ?」
振り向いたロータスは、固まっていた。目を大きく見開いて、あまり見ない表情で固まっている。「ど、どうかな……!?」 大人の姿になった私の胸元には、月の色をした石を先につけたネックレスが、きらりと光り輝いている。
――解説しよう。
エルドラドは原作で、ボンキュッボンのわがままボディ+ボディコンスタイルにて悪事を働きまくっていた。しかし悲しいかな、現実の私の年齢はまだまだ十一歳、わがままどころかちょこっとおしゃまなボディレベルで、お色気たっぷりには程遠い。ならばなぜ、エルドラドは大人の姿であったのか? 結論、幻影スキルで、周囲を欺いていたのである。
エルドラドの幻影は、幻を通り越す。そのものであるとはっきりと思い込まれた幻影は、実物と変わらない。普段はロータスと私の魔族の証である赤い瞳を元の人であった色とごまかす程度と、イッチ達の姿消しにしか使っていないけど、胸元にあるネックレスについている月光石に魔力を溜め込むことで短時間でも大人の姿になることができるのだ。
昔は月が出る夜に数時間、昼間ではせいぜい数十分程度しか姿を変えることはできなかった。しかし三年のまったりした修行の成果でこんな真夏の炎天下でも、時間制限があるとは言え、どうどうと姿を変えることができるのだ……!!
ただし悲しいかな、私の幻影レベルの足りなさから、もとの自分の姿から大きくかけ離れるには、しっかりしたイメージがなければいけない。私の頭の中にある成長したエルの姿は、原作にて高笑いをしていた露出度高めのエルドラドのみである。なので、私は痴女感高めのエルドラドにしか変わることができない。
ロータスは見せっぱなしの豊満な谷間ですら、「いやそれ寒くね?」程度の反応しかない男である。色仕掛けは無意味どころか私の心が寒くなる。なのでできれば避けていた方法なのだが、ここは海。真夏。水着。つまりなんの違和感もない姿だ。
しかも! 今現在試してみたところ、見せっぱなしの姿は私の羞恥心が耐えかねて、なんとか他の服に変えることができないものかと苦しみの日々だったのだけれど、逆転の発想で服の面積を減らしてみたところ、なんと成功してしまった。増やそうと思えば増やせないのに、減らすのはどこまでも減らすことができるなんて死ぬほど虚しい。私の頭の中のエルドラドはどうなってんだ。
「う、うふん……」
いや、今現在はこの場にふさわしい服に変えることができたことを純粋に喜ぼう。
見せ見せの太ももはいつものこととして、こぼれんばかりのメロンは小さな布で包み込まれ、首の後ろと背中の紐のみでなんとかバランスを保っている。詳しく自分の体を見下ろすと冷静になってしまいそうなので今はただ、一点集中することにする。普段はただの痴女である私だが、この海という場に置いて、一人の魔性の女と化す……!!
私とロータスの間で、ざざんと小さな波が揺れた。ロータスは無言だった。このエルドラドの姿、本当に未来の私が成長した姿なのかと若干の不安はあったけれど、進む三年の時の中、自分の顔を見つめてみるとちょっとずつ大人の姿に近づいていた。……つまり、これは、やっぱり未来の私の姿! 決して姿を誇張した詐欺ではなく、ちょっと未来の前借りである。ボインどころかペタコンである現在は無視して、詐欺じゃない。決して詐欺なんかじゃない……!!
暑い日差しの中でまるで頭の中まで火照ってくるみたいだ。動かないロータスに、い、いくぞ、とゆっくりと体勢を変えた。より、前かがみに。ぐい、と谷間を強調したところで、「……お前、なにやってんだ?」 静かなロータスの声が聞こえた。
「え、あ、あの、海だから、水着になっても、いいかなって……。こ、子供の水着は、持ってないし……!」
濡れたついでにちょっと泳ぎたくなっただけだから、と死ぬほど視線をきょろつかせた。しかし見事なる言い訳だと自分自身を称賛した。ロータスの反応は私の予想とは違った。
「……ミズ、ギ……?」
まるでそれは、初めて言葉を知ったときのような片言な言葉であり。いやおそらくその通りであり。水着を知らないなんて、そんなわけないと考えたところで、ロータスが生まれたヴェルベクトは海が近隣にはないため、レイシャンとの国境を越える際に、初めて海を見た、と言っていたことを思い出した。かつ、クラウディ国において水辺は神聖なものだ。まさか泳ぎはじめる人間がいるわけもなく、つまり泳ぐという文化は彼の中には存在せず――
「う、うう、うぐ、う、うう、ううう……」
「いやマジでどうしたんだよ」
つまり私はさらなる痴女としてこの海の中に立っていた。
リアルに涙が出てきた。
「う、うぐっ、うぐひっ、う、う、ううう」
「なんで泣いてんだよ。大丈夫かよ」
「わ、私、こんなの、ただのアホじゃない……」
「いつものことだから気にすんなよ」
優しい言葉が死ぬほど辛い。
「確かにすげえ暑いけどな。服も買い替えるか。街に行くまで我慢してくれ、下着でふらつくのはやりすぎだ」
そして普通に怒られた。
ロータスにはまったく私の意図が伝わっていないため、暑くてスッポンポン間際になったアホだと思っていらっしゃる。さすがにそこは否定させてもらいたい、と、「ち、違うよ!」と波の中にうずくまって体育座りをしながら返答した。
「暑いからってどこでもこんな格好しないよ……! ろ、ロータスの前だけだよ……」
「そりゃそうだ。んな格好、誰か他のやつに見せてたまるか」
「うん……うん? ん!?」
さらっと肯定された。
見せてたまるか、とはっきり言い切った彼は自分の言葉の意味がわかっているのかいないのか。
ロータスはすっかり私に背中を向けて、「おーい、どこまで行くんだ。行きすぎだ」と言いながらイッチ達の元へ向かっていく。(う、う、ううーん……) ただの、ほんのちょっとの言葉なのに、何回も思い出した。
それから勝手に真っ赤になって、そのまま浅瀬の海に一人で沈んだ。ぶくぶく。




