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10 前門の虎、後門の狼

 

 前門の虎、後門の狼。

 思わず考えた言葉はそれだ。門番兵士のお兄さんにぷらぷらされつつ、眼前の黒髪のお兄さんを見てみる。彼は腰元に二本の剣をさしたまま、相変わらず不機嫌な顔つきで私を見ていた。いや、不審に思っている、と見た方がいいかもしれない。


 わかる。とてもわかる。


 ――――スライムは、もう元通りになったんじゃないでしょうか。早めに帰ってみてもいいかもしれません


 名前も知らない兵士のお兄さんへの捨て台詞である。思い返すと、なんであんな調子に乗ってしまったのかと滝汗が止まらないし、それよりも今現在、門番さんにぶらぶらされている現在もどう考えたって怪しい。


「……何やってんだ?」


 すべての気持ちを集約させてセリフを落として、黒髪のお兄さんは眉をひそめた。尋ねてしまった。あわわと暴れたところでどうにもならない。「ああ、この子がちょっと欄干に激突していて」「激突」 静かに彼は言葉を繰り返した。辛い。二人のお兄さんから怪しげな視線を投げかけられる。重たくて死んでしまいそう。


「とりあえず不審だったから捕まえた」

「く、くうっ……!!」


 否定ができない。まるでどこぞの猫のごとく、うがうが両手をばたつかせても、もちろん意味なんてどこにもない。怪しい幼女一人、一体どうなってしまうのか。

 瞳の色はしっかり変わっているけれど、絶対なんて言い切れない。うっかりした拍子や辛い尋問の最中で、私のことだ。魔族だと白状してしまうかもしれない。まさかそんな、おバカなことあるでしょうか、と鼻で笑いたいけれど、私は私である。すでにぷらぷら首根っこを掴まれて捕まっている。絶対大丈夫! という説得力は静かに空の向こうに消えていった。ポンコツですみません。


 逃してください! と、言ってみたらどうだろう。万一の可能性もあるけれど、私を捕まえている門番のお兄さんは見てみると人のよさそうな顔をしている。動きは素早かったけど。意外となんとかなるんじゃないだろうか、と楽観したとき、「で、どうしたものかな。詰め所に連れて行こうと思ったけど、面倒だな。教会に放り出そうか」 魔族と教会は、切っても切れないねっばねばな糸で結ばれている。


 あわわわわと今度こそ震え上がった。こりゃだめだ、と頭の中で使用できるスキルをぱちぱちと素早くオンオフを決めていく。すでに首根っこを掴まれているから厳しいかもしれないけれど、ここはもう幻術スキルさんに頼るしかない。いちかばちか。ふんぬ、と気合を入れたそのときだ。首元のひっぱりがなくなった、と思うと黒髪のお兄さんが門番さんの手を開かせて、無言のままにこっちを見ていた。


「そいつは俺の知り合いだ。見逃してやってくれ」


 不機嫌な顔だったのに、たしかに黒髪のお兄さんはそういった。パチパチ瞬いたのは門番のお兄さんだけではない。私も一緒に、どういうこと、と見上げたけれど、すぐさますました表情を作った。そうそう、知り合いです、当たり前でしょ? 自分で思い込むようにつんと口元を尖らせる。


「……そう? まあ、お前がそういうんなら」


 こっそりだぞ、と肩をすくめるお兄さんに、黒髪さんは無言のまま頷いた。信用されている人なのだろうか。ひっぱりがとれて、ちゃんと二本の足で地面に立ってたことにほっとした。でも知り合いと言っても、一度出会ったくらいだ。なぜ彼がこんなことを言うのか、まったくもって見当がつかない。


「あ、あの……」


 考えてもわからないから、ちろりと青年を見上げた。そうすると、彼は私の視線に気づいたらしく黒紫の瞳をうっすらと細めた。


「黙ってろ、前を見て歩け」


 低い、小さな呟きのような声にぎくりと肩を跳ね上がらせながらも慌てて前を向いた。お兄さんと一緒に、ゆっくりと大きな門をくぐる。暗い影が頭の上に落っこちた。顔を伏せて、恐る恐ると進んでいく。ぎゅっと瞳をつむった。心臓が、びっくりするくらいに大きく音を立てている。どきどきしていたのだ。息をひとつ、飲み込んだ。そして最後の一歩を踏みしめた。

 わっと大きな活気が私の頬を思いっきり叩きつけた。


 村での生活なんて比べ物にならない。頭の中にうっすらと残る日本との生活とも、やっぱり違う。らっしゃい! と元気な呼び声が至るところに響いていて、人やら動物やらが行き交っている。音楽まで響いているからびっくりして周囲を見回すと、音楽隊が演奏している。村でも見たことがない楽器だ。投げられたおひねりを受け止めるように男の子が帽子を抱えて走り回っていた。


 不思議な光景だった。たくさんの人がいた。怖い、と足をすくんだような気持ちになるのは、私の心の奥にいるエルドラドだ。村人から石を投げつけられた光景は、しっかりと彼女の中で記憶付けられていて、思い出せばぎゅっと胸が悲しくなる。でも私だってエルドラドであるのだ。瞳の色は、しっかりと青色に変えていて、魔族としての赤い瞳はどこにもない。街の人々にとって、私はただの小さな子供でしかないのだから、怖がる必要はない。


 もちろん、首都とは言えど手放しに治安がいいと言えるわけではないから、気を抜くわけにはいかないけれど、いきなり石を投げつけられたり、辛くなるようなことを叫ばれることはない。だから、大丈夫。


 人がたくさんいれば、きっと生きていくことができる、と思ってしまうのは、過去の記憶で私の心が日和ってしまっているからだ。本当は街に入る必要なんてないし、頑張れば森の中でもなんとかなるかもしれない。そうわかっているのに、楽しげな音楽や、活気のある声をきくと、ふと胸の中が熱くなって、ぐっと唇を噛み締めた。人がいるということが、とてもとても嬉しかった。


 零れそうになった涙を必死で抑え込んでいると、私はお兄さんと一緒に門をくぐり抜けたまま、すっかりそのまま立ち尽くしていたことに気がついた。慌ててひどく身長差のある青年を見上げると、彼も訝しげな顔のままじっと私を見ていた。なんとも言えない沈黙だった。


 どういえばいいのかわからない。でも、やっぱり何かを言わないと、と声を出そうとしたときだ。「おおい、ロータス!」 門の向こうから、門番のお兄さんが私の隣にいる人に声をかける。


「そういえば、調査! どうだったんだ?」

「……ぼちぼちだ!」


 距離があるものだから、互いに大きな声を出して会話をするしかない。調査とは、スライムの姿が消えてしまったことだろう。原因もわからないだろうから、そりゃそう答えるしか無いだろう。いや問題はそこではなく。今、ちょっとまって、もしかして。(はっきりと、聞こえた……)


 ロータスって、言った?


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