2-21 体質と答え
いや、いやいや。いやいやいやいや!おかしいだろ!?は!?
目を擦り、右手で左手の甲を摘まむ。痛い。良し、幻覚じゃないな。さて、隣の峰はどんな感じに・・・やっぱりない!消滅、してる、んだけど・・・。
いやね?俺はね?ズィーリオスが危険な禁書という程のものだから、峰を貫通とか、半分ぐらい消し飛ばすのが関の山だと思ってたんだけど。マジか・・・。これで一番威力が弱いやつなの?アホなの?バカなの?この威力は普通、上位の大規模魔法に分類されるんだけど。・・・・・うそーーーー。
それに、あれ程の質量を消滅させたのに、砂煙が舞わずに被害の現状を確認出来ているのもおかしい。まさかとは思うが、高エネルギーの熱量に晒されて、砂塵すらも融解したとかじゃないよな?これは、落雷の落下地点を確認してみないと。
「ズィー、ちょっとあそこまで連れてってくれ」
落下地点を指さしながら尋ねる。自力でも行けるが、ズィーリオスに乗った方が断然早い。あと、楽!
『え?あ、ああ』
ズィーリオスはまだ混乱しているようだ。分かる。一番弱いはずの攻撃魔法が、こんな威力のものとは思わないよな。うんうん。内心同意しつつも、現場の確認に行きたかったので、早速ズィーリオスに飛び乗ろうとしたが、その前に精霊王に止められる。なんだ?
『ちょっとぉ!今の魔力回路の確認のための魔法の試し打ちでしょうぉ!本当に一番威力が弱いものを選んだのぉ?』
「そうだけど」
『・・・確かに嘘ではないようねぇ』
”視て”確かめたのだろう。嘘ではないことは分かってもらえたようだ。”真実を見る者”と呼ばれるのは伊達ではない。
『威力に関してはいいのよぉ。それにしてもピンピンしてるわねぇ。怠くなったり、フラフラするとかは感じないのぉ?』
「うーん。感じないなー」
精霊王が俺の周りを飛び回りながら体調を気遣ってくれるが、これと言った異変は感じない。ただ・・・。
『そうだ!魔力はどうなっているんだ!?』
「うわっ!」
いきなりのズィーリオスの声に、手にしていた黒の書を落としそうになり慌てて掴む。落としても傷は付かないだろうが、本は丁寧に扱うものだからな。
『その魔力に関して今から話そうと思っていたから丁度良かったわぁ』
うわー珍しい。精霊王の言葉に、大人しくズィーリオスが聞きの姿勢に入っていた。それほど興味があるということか。まあ俺も、精霊王が”視た”結果が気になるしな。
『まずはぁ、リュゼェ。今の魔法で自分の魔力がどれぐらい減ったか把握できるぅ?』
頷き、体内の魔力に意識を向ける。今まで、これほど魔力が減ったことが無かったからすぐに分かったのだ。自分の魔力の総量が。ただ、周りに比べると多い、というぐらいの認識しかなかったので、具体的にどれぐらい多いのか良く分かっていなかった。
けれど、今回の魔法を使用したことで、今まで消費することもなかった魔力量が消費され、同じ魔法があとどれぐらい打てそうなのかという感覚が掴めた。
「今ので3分の1消費したって感じだな。同じもの後2回は打てると思う」
『はあー』
『・・・そうぉ』
聖獣の中でも、ダントツで魔力量の多いズィーリオスに溜息吐かれるってどういうこと?人では有り得ないってことだよな。ええ、知ってますとも。5歳の頃でエルフの平均と同じぐらいの魔力量で、今は13歳だ。かなり増えているだろうし、これからもまだ増え続ける可能性があるわけだからねー。流石の俺でも、あの規模の魔法を放つなら、エルフでも全力で1回出来るかどうかぐらいだということは知っている。・・・意識飛ばしたい。でも、飛ばしたらこの先の話が聞けなくなるからダメだ。
『やっぱりぃ、魔力量は相当なものねぇ。分かってはいたけれどぉ』
『そうだな』
頷き合っている2人を薄く微笑みを浮かべて見つめる。仲いいねー、2人とも。いつも今みたいに喧嘩しなければいいんだけどなー。俺の疎外感は凄いけどなー。ハハッ。
俺の視線に気づいたようで、精霊王が咳払いをする。肉体が無いのだから、その必要はないだろうに。
『リュゼが魔法を行使している間”視て”みたのだけれどぉ、詠唱が終わった瞬間に右手に収束していた魔力が外部に大量に放出されていたわぁ。詰まっているってことはなかったわよぉ』
魔法が発動したから詰まってはいなかったのか。それは良かったが、だとすると、何故治癒魔法や生活魔法が使えなかったのだろう。
『リュゼの魔力が、いや魔力回路か?が、魔法書に特化したものであるということか?』
『その可能性が高いわねぇ。魔力の質や魔力回路が適応しているものぉ』
「え?つまり、どゆこと?」
『リュゼは普通の魔法が使えない代わりに、魔法書の魔法しか使えないってことだよ。因みに、今目の前で発動するの見ていたけど、俺は同じ魔法は使えないようだ。今のより規模も威力も小さな落雷の雷の魔法なら出来るだろうけどね』
ズィーリオスに使えない魔法がある?俺しか使えないって?代わりに普通の魔法が使えない?
分からない。いや、分かっているけど分からない。なんて言えばいいんだ?理解はしている。しかし、頭が心に落とし込むことを拒んでいる。
モヤモヤは、もふもふにどうにかしてもらうに限る。思考を停止させズィーリオスに抱き着く。はあー癒される。このもふもふ堪らん。
暫くズィーリオスに癒されていると落ち着いてくる。あまり深く考えない方が良いな。俺は皆が使えない魔法が使えて、皆が使える魔法が使えない。つまり、ズィーリオスが使えない魔法は俺が使えて、俺が使えない魔法をズィーリオスが使える。お互いを補う良い関係だということだ。流石相棒だな!
俺が落ち着いて、この事態を受け入れることが出来るのを待ってくれていたようで、精霊王から俺の魔力回路についての説明を聞かされる。それは少しわかりにくい話だったが、納得出来る答えであった。
俺の魔力回路の出口が、どうやら他の者達とは違うらしい。今回は右手を出口としたが、体の表面であればどこでも外部と触れている為、出口とすることが出来る。その出口が特殊だった。
分かりやすく言えば、注ぎ口の大きさが違うといったところだろうか。水を魔力と置き換えて考えると、魔法の行使に必要な分の魔力をコップに注ぐと考える。俺以外の者であれば、蛇口の水やペットボトルの水などの、注ぐ量の調整が簡単に出来る物が魔力回路の出口になっている。大量に出すことも、少量ずつ出すことも調整は容易い。どちらの方法を使っても、コップを溢れさせることなく必要分を入れることが出来る。
しかし俺の場合は、注ぎ口がダムの放水口の様なものだ。溢さずに適量の水を確保することなど出来ないだろう。コップが割れて注ぎ入れる物がなくなってしまうだろう。このコップの破壊が、魔法の不発という結果に繋がっていたのだ。多すぎる魔力ゆえに、一般的に使用される、少ない魔力量で発動する魔法は行使出来ないのだ。
反対に、俺しか行使出来ない魔法書の魔法は、莫大な魔力量を消費する必要があり、普通の人では魔力不足で発動に必要な分が確保出来ない。そして注ぎ込む入れ物が、水の入っていない池や湖と考えれば、その器が簡単に壊れることはないことが理解出来るだろう。
魔力回路が詰まっていたように見えたのは、行使する魔法の必要魔力量が少な過ぎることが原因だったのだ。どこか体がおかしい所があるわけではなく安心した。
魔力の質についてだが、元々の魔力が無色透明な色をしているらしい。だからこそ、聖属性は持っているし、どんな色にも変えることが出来る。魔法書内のどんな属性でも扱えるだろうということだった。
判定の儀の際に出た、色が無いという結果の意味が8年経った今やっと解明されたのだ。能無しではないということに不思議な感覚になる。勿論、今更バルネリアに戻るなんて言う選択はしない。この力を、あいつらの為に使う気はない。教える気はないが、まるで鼻を明かしたような気がして、清々しい。
魔法が使えることに歓喜したが、俺の魔法が与える影響は大きい。魔法を使えるのは嬉しいが、ほいほいと安易に魔法を使うことは出来なさそうだ。