1-7 判定の儀2
司教の開幕宣言が終わると、奥の部屋の扉が開き、司教よりは質素だが、修道士よりは位が高そうな人物が入って来る。その人物が軽く自己紹介をし、司祭だか何だからしいが、そんなことより、その司祭とやらが手に持つ、やたらと存在感を放った水晶玉に目を奪われる。
大きさは、ハンドボールぐらいだろうか。小中高で毎年行われる、新体力テストのハンドボール投げの競技で触ったぐらいで、あまり覚えていない。それも、高校生の時だけなので不確かだ。ただ、ぎりぎり片手で掴めるかどうかだった気がする。あの水晶玉は、表面がツルツルしているように見えるので、きっと投げるのは難しいと思う。真下に落ちて、記録が0メートルになるんじゃないだろうか。そういえばクラスの女子で、マイナスを叩き出した人がいたな。振りかぶった時に落ちてしまい、やり直しさせてもらえなかったまま、その記録が残るという・・・。
気付いた時にはもう既に、何名かの子ども達は判定の儀が終わっていた。判定の儀は1人ずつ行われ、今回は、12人の子ども達が受けることになっている。そして、位の低い伯爵位から始まり、王家で終わるようだ。
公爵位は私だけのようなので、順番は最後から2番目である。
水晶玉は、前に置かれていた台の上、クッションのようなものが敷かれた上に置かれていた。そして、子ども達が水晶玉に手を置くと、属性を表す色が現れていく。
おっ、次は師匠のお孫さんの様だ。濃い緑色の髪に、薄い赤色の瞳をした、気の弱そうな印象を受ける少女だ。見つめていると目が合ったので、怖がらせないようにニコッと笑う。弾かれる様に顔を俯かせ、そそくさと通り過ぎていってしまう。・・・かなりの恥ずかしがり屋の様だ。私の顔はどこかの師匠と違って、怖がられるような見た目はしていないし。
また後方から視線を感じたので、振り返るとやはり師匠で、何故か、見たこともない程満面の笑みを浮かべていた。余程お孫さんの属性結果が楽しみなのだろう。
すると今度は、横から腕をちょんちょんと叩かれる。顔を向けると姉様がおり、その間にシゼがいるのだが、何故か2人とも首を横に振っていた。姉様は瞼を伏せながらであり、シゼに至っては半目であった。
うん!何が言いたいのか全く分からん!無意識に首を傾げてしまう。それを見て、2人揃ってため息を吐く。解せん!
そんなこんなしてるうちに、私の番がやって来た。心臓が騒がしくなるが、一呼吸置いて鎮める。
よしっ!席を立ち、父様の言葉の通り堂々と見えるように、背筋を伸ばしゆっくりと歩く。先ほどまでひそひそと話し声がしていたが、今ではピタリと止まってしまい、私の足音しか聞こえない。
王家の側を通り過ぎた辺りで振り返り、王妃様に向かって一礼。そしてまたゆっくりと、司教が立っている水晶玉の前まで移動する。
「では、ルーデリオ・バルネリア様。心のご準備はよろしいですか?」
「はい。大丈夫です。ただ、1つ質問があるのですがいいでしょうか?」
「ええ、遠慮なく何でもお尋ね下さい。」
「こちらの水晶玉は、魔道具の一種だと聞きました。そして、触れた者の魔力に反応するのですよね?だとすると、僕はまだ魔封じの魔道具を身に付けているのですが、それでも反応するのでしょうか?」
そう、この耳飾りの魔道具、まだ身に付けているのだ。昨日までは、今日の判定の儀が始まる前までに、外すものだと思っていた。しかし、結果は現状の通りだ。
「確かに、こちらの水晶は魔道具です。しかし、この水晶はダンジョンから見つかった魔道具ですので、ヒトが作る魔道具より、高性能なものです。そして、貴方が身に付けていらっしゃる魔道具は、人が作った物ですので、完璧なものではありません。ですから、魔封じの魔道具から、僅かに漏れ出た魔力に反応しますので、心配はいりませんよ。」
「そうなんですね。わかりました。」
なるほど。ダンジョン産の魔道具だったのか。司教の言葉の通り、ダンジョン産の魔道具は、高性能なことで知られている。そして人が再現不可能な効果のものも多い。その為希少性が高い。多分だが、この水晶玉も再現不可能な効果のものだろう。
ダンジョンとは、古くから世界各地に点在する迷宮の総称である。全てのダンジョンの共通点として、魔物が存在し、強力な防具や高機能で希少性の高い魔道具が見つかる。そして、ダンジョン最深部にはダンジョンコアと呼ばれる核がある。このダンジョンコアは、魔石の上位変換のようなものだ。魔石は、魔物から取れる、魔物の心臓の役割をしている石で、人が作る魔道具のエネルギーとなる動力源だ。
だが不思議なことに、ダンジョン産の魔道具は水晶玉のように、動力源となる魔石がないことが多い。その謎はまだ解明されていない。他にも、ダンジョンについては、まだ解明されていないことが多い。
「では、そろそろ始めましょう。皆さん待っておられますしね。こちらの水晶の上に手を置いて下さい。」
やっとである。これが終われば、属性に合わせた教師に魔法を教えてもらえるのだ。さて、何色が現れるかな。
そっと、手を水晶玉に乗せると、体の中から何かが抜けていく感覚がする。これが魔力なのだろう。水晶玉に目を向けると。えっ?何で?何で何も現れないの。何で”色”がないの?
教会内がざわつき出す。どういうことだ、と隣の司教を見上げると、目を見開き、あり得ないと繰り返し呟く。念の為、司祭の方に目を向けても同じような状態だった。凄く・・・居心地が悪い。席に戻ろう。来た時とは違い、早足に席へと戻る。途中、目を見開いたまま固まっていたレオと目が合うが、そのまま通り過ぎた。
席に戻ると、シゼが今にも泣きだしそうな表情で、見上げて来る。わかっているのだろう。賢いが故に、この結果が何を示すのかが。
いくらバルネリア家が武に秀でた一族と言っても、その本質は魔法なのである。高火力の魔法攻撃で、確実に敵を殲滅していくのが基本であり、剣は補助的な攻撃手段だ。魔法が使えないような状況になってしまった場合に、対処可能なように扱えて”当然”なのだ。技術が伴っていて”当然”なのだ。
だからこそ、いくら私に剣の素質があったとしても、魔法の使えない、莫大な魔力を持て余しているような者は”無能”と判断されるだろう。
そっと、シゼの手が私の手の上に重ねられる。ああ、やっぱりシゼは優しく温かい。
王妃様の声で、司教が我に返り、レオの番となる。きちんと王族モードに気持ちを切り替えたようだ。堂々と水晶玉の前まで歩を進める。そして、スッと水晶玉に手を乗せる。
そこには、黄色と青の2色の色が浮かんでいた。数年ぶりの2属性持ちの誕生した瞬間だった。雷と水属性のようだ。
王族の象徴とも言える雷と、王妃様の一族の属性である水だ。雷と水なら攻撃面は問題ない。自分の身は最低限守れるだろう。それに水なら、効果は高くないが多少の治癒も出来る。良かった。周りが称賛の声を上げて騒がしくなる。
続々と、レオと王妃様の元に、祝いの言葉を告げに人が集まって来る。父様がさっと王妃様に挨拶に行き、人波に逆らい外へと向かっていった。その行動に慌てて母様が追いかける。それに続くように兄様たちが動き出す。
父様の様子と、収拾の付かない貴族たちの様子に、慌てて司教が判定の儀の終了を告げた。貴族たちが集まり、姿が見えなくなってしまうまえに、レオと目が合ったので、おめでとうと笑いかける。次の瞬間には人に飲まれ、見えなくなってしまう。
「じゃあ、僕たちも帰ろうか。」
シゼの手を引き、座ったままの姉様を立たせて、教会から出ていくのだった。