1-31 戦いの終結
ずっとこちらを見て動かない、最後の一体に目を向ける。詳しく様子を見ようと、目への部位強化を行おうとした時に、丁度よく月明かりが辺りを照らし出す。
そこには、赤い肌をしたミノタウロスがいた。
は?赤?完全に変異種だった。他のミノタウロスと同じ大きさ、同じ風貌であるのに、色だけが違う。赤とか、仲間のミノタウロスが突っ込んで来るだろ。いや、突っ込んでいなかった。突っ込まれたのは俺だった。
「うおっ!!」
急に感じた本能の警鐘に従い、後方に飛び退く。1拍後の、俺がいた地面にはハルバードが突き刺さっていた。危なかった。完全に俺が肉になるところだった。
振り回されるハルバードを、避け続けながら考える。動きが早い。本当に一瞬だった。距離はかなり離れていたはずだ。なのに、あの巨体であのスピード。どう見てもBランクのミノタウロスではない。Aランク相当だ。
Aランクの肉か。絶対に美味いだろうなー。ズィーリオスにあげたらきっと喜ぶだろう。一緒に焼肉パーティーでもやろうかな。楽しそう。
初めてのAランク相手にも関わらず、場違いなことを考えていた罰なのだろうか。地面から生えた杭を避けた先に在ったハルバートの刃先が、腹部の服を裂き、その下に隠れる肌を切り裂く。
「ッ!!」
あまりの激痛に息が止まる。右手で剣を構えたまま左手で傷口を抑え、なんとか距離をとろうと後方に下がるが、直ぐに距離を詰められる。仕方がないので傷口に部位強化を掛け、痛みを緩和しようと試みる。すると思ったよりもすぐに、痛みを感じなくなった。
この状況は完全に予想外だ。ネーデの森の魔物は、最大でBランクだ。だからこそ、Bランクの特殊能力持ちの個体が表れて、その個体に指揮されて魔物がやって来ていると思っていた。指揮官を倒せば他の魔物達の統率が取れなくなり、逃げ出して数が減り、対処可能な状況まで落ち着くと考えていた。特殊能力持ちなのは当たりだ。しかし、Aランク相当のミノタウロスだったとは。
不幸中の幸いだったのは、さらに面倒な展開にならず、この変異種のミノタウロスさえ倒せれば、当初の想定通りに事が運ぶという点だ。つまり、全部俺次第というわけだが。
「ああーー!もう!やってやる!やってるよ!やればいいんだろう!やればぁー!」
脚に部位強化を掛け、一時的にミノタウロスのスピードを超えて急接近し、脚の健を切り裂く。少しバランスを崩すが、通常のミノタウロスよりも明らかに速く回復していく。次の攻撃に移ろうとした時には、既に全回復し終えていた。
そしてミノタウロスがこちらを振り向き、口を開ける。その瞬間に悪寒を感じ、走り出す。後ろでも横でもなく、前に。次の瞬間には火炎放射が吐き出される。ミノタウロスの口から。その炎は俺を追って来るが、少し追って消える。俺がミノタウロスの真下に潜り込んだからだろう。2属性持ちが確定した。さらに厳しくなってしまった。再び健を切り裂こうとするが、させないとばかりに距離をとられる。
ふむ。牛タン焼きが出来ていたりはしないようだ。ふと、左手で抑えていた腹部の傷口に、違和感を覚える。そっと傷口を直に触れてみる。ぬるっとした血の感触はするが、裂けたはずの傷口は何処にも見つからない。
回復している?俺にも自己回復が出来るというのか?心当たりは、部位強化のつもりでやった魔力を集中させるというぐらいだ。ミノタウロスになってしまっていたりはしないだろうな。体は人間のままだ。大丈夫そうだな。相手の攻撃に、ミノタウロスに変える呪いが付与されていないようで安心だ。
だがこれで活路が見えた。例え傷を負っても、回復できるし、そこに呪いが付与されていたりはしない。そもそも呪いは闇魔法だ。希少属性を含んだ3属性持ちとか冗談じゃない。そんな奴、AランクどころかSランクに相応しいぞ。それこそ、ダンジョン内でしか在り得ない存在だ。だからこそ、そこまで心配することはないだろう。
今回の戦い、はっきりと言って持久戦だ。どちらの魔力が先に尽きるか。どちらの体力が先に尽きるかだ。エルフでさえ驚くほどの魔力量を保持しているのに、身体強化と自己回復のみに魔力を使う俺と、自己回復のみならず、攻撃魔法でもバンバン魔力を使うお前。さあ、どっちが最後まで立っていられるかな?
無意識のうちに口角が上がる。活路が見いだされたからだけではない。純粋に、これから起こるだろう激戦に高揚し、期待しているからだ。自分にこれほど戦闘狂な一面があるとは思わなかった。だが、怯えるよりは断然いいだろう。
疼く体に従うように駆け出し、お互い全力での戦いに移行した。
どれだけ時間が過ぎただろうか。登り始めた朝日に照らされ、生み出された影が1つ、ネーデの街の外に存在した。その傍らには、倒れ、動くことのない影が生み出される。
長かった。思っていたよりもかなり時間がかかった。刃こぼれを起こしたボロボロの剣を地面に突き刺し、それを支えにして立ち続ける。動かなくなった影が、再び動き出さないか注意深く見つめる。僅かも動く部位はなく、呼吸音も聞こえない。完全に終わった。やっと終わったのだ。
”俺”は剣を手放し、後ろに大の字に倒れこむ。そして上がっている息を整える。実力が上の格上を相手に全力で挑み、下した達成感はとてつもなく心地よい。いつも以上の実力を発揮しなければいけない、そんな状況だったからこそ、自身が確実に成長したと分かる充実感だった。
ドドドドドドドドドッ。
地面の揺れが起こる。何事かと、重い体を起こし周囲の様子を確認する。街の中から大量の魔物たちが出て行く音だった。戦いの最中にかなり移動していたため、大軍の移動に巻き込まれずに済んだようだ。
良かった。予想通り指揮官を倒したことで、統率がされなくなり逃げ出す魔物が大量にいたようだ。
はぐれの魔物がこちらに来てしまう可能性もあるため、横になることも出来ず、警戒したまま様子を窺う。そんな時、壁を乗り越え、飛んで近づいて来る白いもふもふがいた。
『リュゼ!無事か!!』
「フフッ。なんとかな」
『心配したよ!急に街の外から、強力な魔力の気配がしたんだよ!って、また服がボロボロだし、あっちこっち血がついてる!?治すから見せて!』
側までやって来たズィーリオスは、ミノタウロスを一瞥しただけで一切気にせず、俺の顔を涎塗れにする。俺の身を案じてくれるのは嬉しいが、ベトベトにするのはやめてほしい。
「何を言っているんだ?ズィーは聖属性持ってなかっただろ?」
『そっちこそ何言ってるの?俺は聖獣なんだから聖属性は持ってるぞ?』
「えっっ?今まで使っているのを見たことないぞ!」
『だって特に使う場面なかったじゃん。リュゼは服をボロボロにしても、怪我だけは避けていたし』
マジか。怪我したら簡単に回復出来ないから、掠り傷、軽い切り傷になるように、大怪我は全力で避けていたが。よくよく考えてみれば、今の世の中に聖属性持ちはいないのだった。見れば覚えられるチートゆえに、誰かが使っている場面に出くわさないといけないと思い込んでいた。というか、他の聖獣に会うまで、か。聖獣はチートのことだと思っていた。そう伝えるとまさかの返答が返ってきた。
『聖属性は元々持って生まれる聖獣もいるけど、ほとんどは持っていないぞ。ただ、聖域内で3か月以上過ごせば、体内魔力が聖属性に対応されて、身に付くんだ。だから結局、ほとんどの聖獣は聖属性を持っているんだけどね。そんなことよりも、怪我は!?』
「あーそういう事情だったのか。怪我はないぞ。治した」
『治した?どういうこと?』
「多分だが、俺も聖域内で3か月以上過ごしただろ?だからかな、部位強化のつもりで、体内魔力を怪我した場所に集めたら治った」
『おおー、そんなこともあるんだね!!なら良かった!リュゼも聖属性持ちってことだね!おっそろーい!!』
ズィーリオスがクルクルと跳ね回る。めちゃくちゃ機嫌がいいな。
暫くそんなズィーリオスを見て和んでいると、ギルマスと大地の剣のメンバーがやって来るのが見えた。全員無事なようだ。2名程、手を繋ぎやって来るのがいるな。面白い、後で問い詰めてやろう。
彼らが来たならもう大丈夫だろう。ズィーリオスも落ち着いたようだし。まあ、まだ尻尾が大きく揺れてはいるが。
「リュゼ!無事だったか!ってなんだこのミノタウロスは!?」
「そいつが今回の原因だ。そして、あっちの方に2体、倒したミノタウロスがいるから回収よろしく」
初めにミノタウロスと戦った場所を指し示す。
「じゃー、あと、よろしく、な。も、俺、むり。」
「「「「「リュゼ!?」」」」」
やって来た5人に後始末を押し付け、体の緊張を抜くと、抗えない眠気に襲われる。
そして、待ち構えていたズィーリオスに身を預けた。




