1-30 暗闇のミノタウロス戦
「リュゼ。流石に4人と1匹だけで、あの数の相手は無理がある!しかも、ここに居るのはズィーリオス以外魔法職じゃないし、俺含めた3人は体力がほとんど残ってないぞ!」
「勿論。攻撃の軸はズィーリオスだ。ちまちまとあの数を相手にしてられん」
そんなに疲れ果てているなら下がっていればいいのに。作戦を共有する時間が惜しい。だが、共有しなければ邪魔になって、作戦の遂行に支障をきたす可能性がある。
「俺の対策案としては4つある」
1つづつ簡潔に考えを伝えていく。
「どれがいいと思う?」
「「「1だ!!」」」
「2も3も4も、街ごと潰れる!」
「3は例え魔物共を倒せても、住民に被害が及ぶ!」
「4なんか特にだめだ!ここも街中だぞ!再興すらできなくなる!」
4つも案を出したのに。確実に街が潰れるというわけではなくて、可能性として起こりえるというだけなのにな。まあ、街が潰れたら、あのドワーフのおっさんの店もなくなるというわけで、どこに会いに行けばいいか分からなくなるしな。
「なら1の案な。ズィー!聞いてたか!」
『聞いてたぞ!問題ない!』
さて、なら始めますか!剣を一度振り、剣に付着した血をきる、血払いをする。きちんと拭うよりも落ちてはいないが、付いたままよりはマシだろう。血が付いていては切れ味が落ちる。
「ズィー!頼んだぞ!」
『任せろ!ただ・・・リュゼこそ気を付けろよ』
『ああ』
俺のその第一声と共に各自散開する。ギルマスを魔物たちの正面に残し、回り込むように左右に分かれる。ガルムが右から回り、俺とジェロが左回りだ。そうしている間に、ズィーリオスが魔法を発動させる。植物魔法のブレードウッドだ。それを円を描くように、魔物たちを取り囲む檻のように展開させていく。前方の方にいた個体は止まれず、そのまま突っ込み自らスプラッタになりに行く。その後ろにいる魔物たちや、集団の端の方にいた個体もスプラッタになっていく。端過ぎて集団から距離があった個体は、回り込んでいる3人で各個撃破していく。
正面から見て、丁度左右に分かれただろう位置で俺とジェロが分かれる。ジェロがそこに残り、俺はさらに後方まで走る。後方に近づいて来るとそこは門があった場所で、今はもう門の役割を果たしておらず、残骸となり果てていた。しかし、壁は丸ごと全壊したわけではないようで、一部が壊されているだけだった。そこから雪崩れ込んできたのだろう。
そして集団の最後尾に回り込む、ことをせず、壁の外に出て行く。ビンゴだ。
夜のため見えずらいが、昼であれば見晴らしのいい草原には、3つほど対となり赤く光る6つの目がこちらを見据えていた。
「グルオォォォーーーーーーー!!」
空気がビリビリと震え、まだ距離があるはずなのに近くにいるような迫力がやって来る。
これが開戦の合図だったのか、4つの赤い瞳、つまり2体の魔物が接近してくる。だが思ったよりははやくなく、スピード系の魔物ではないことがわかる。ドシンッ、ドシンッという移動で発生する音と地面の振動と、近づくにつれ赤い瞳が高いところに移動していくので、かなりの巨体を有していることが分かってきた。
この距離なら見えるか?目に部位強化をかけて、相手を見据える。目の部位強化に関しては最近思い至ったので、あまり精度がよろしくない。特に暗視についての技能はまだまだ不安定だ。だが見えた。
相手は、体長5メートルほどの大きさの、ミノタウロスだ。
おかしい。今回の襲撃の魔物たちは、全部ネーデの森にいる魔物たちだったはず。昨日のランチの時に聞いたガルム達曰く、ミノタウロスはネーデの森にいなかったはずだ。だが、ランクはBだ。どうにかならない相手ではない。
前線から最前線へ移動する時のあの魔物の群れ。あいつらは、後方の最前線にいるギルマスたちを背後から挟み撃ちにして、襲い掛かることをしなかった。近くにいる人に襲い掛かっているだけなら、意図せずとも挟み撃ちに出来た。けれど気にした様子もなく、ただ前へと、街の奥へと向かっているだけのようだった。だから指揮を執るものがいると思ったわけだが、たかがBランクのミノタウロスが指揮を執るなどありえない。先ほどから動いていない、後方の一体が指揮を執っている可能性が高いか。
ミノタウロスと言えば牛だ。食べたことはないがきっと牛肉の味や食感なのだろう。肉はたくさん食べているが、牛肉は食べていない。つまりちゃんとしたビーフステーキが食べられる。焼肉が出来るし、ローストビーフ、ビーフシチュー、ビーフカレー、牛丼。食べたいメニューはたくさんある。そのほとんどは、調味料等の材料がなくて再現不可能だけど。やばい。ミノタウロスが美味しそうな肉に見えてきた。自ら俺の食料になりに来るとは。お望み通り美味しく食べてあげよう。
ってだめだ。今は目の前の2体のミノタウロスに集中しよう。
こいつらは闇に紛れて夜に仕掛けてきた。そして動きから、このミノタウロス達は俺のことが見えている。人は夜目が聞かないことを知っているのかもしれない。だが知っていたとしても残念だったな。
ミノタウロスの1体の股下を、潜り抜けるように駆ける。通り抜けざまに体を回転させ、その勢いで、踏み出し体重がかかっているミノタウロスの脚の健を切り裂く。
「ガアアァァアーーー!」
ドーーーン。
うるせーな。耳元で騒ぐな。
うつぶせに倒れたおかげで近くなった首のあたりに乗っかり、首筋に向けて剣を全体重かけて差し込む。筋肉により阻まれるが、背中の筋肉よりは簡単に刺さってくれただろう。また足を使って剣を引き抜き、暴れ出したミノタウロスから距離を取る。血が噴出していたが、自己再生能力でもあるのか、血の流出が止まる。案外面倒だな。
俺が夜闇を見えているとは思わなかったのだろう。こちらを警戒しながら、俺を挟むように位置取りをしていく。
実際、俺はミノタウロスの動きが見えて”いない”。目の部位強化は実戦の最中では使用していない。危険すぎる。現状いつも通りに身体強化を掛け、必要な時に全力の部位強化をかけているだけだ。なら何故反応出来ているか。ただの慣れである。暗闇に目が慣れたというものありはするが、暗闇の戦闘自体に慣れているからだ。
いくら剣の才能があると言われても、毎日毎日鍛錬を積み重ねないと上達はしない。だから洞窟暮らしの時でも毎日鍛錬をしていた。鍛錬をしない日もありはしたが、その日は大体実戦を行っていた。
朝が弱い俺は、早朝に早起きして鍛錬をすることはない。いつも寝る前の夜にやっていた。汗をかいてその汗を落として、疲れたまま直ぐに眠りにつけるからだ。朝に鍛錬する奴の気が知れない。だってそうだろう?なぜわざわざ朝っぱなから汗かいて疲れて、一日を過ごさなければいけないんだ?
そして夜闇の実践では、目があまり当てにならないので、視覚以外の感覚で以て周囲を把握し、立ち回る技術が身に付いた。相手の位置を把握するための聴覚、僅かな空気の流れから動きを察知する触覚、行動予想。これらは夜だけに活用される能力ではない。昼でも活用できる。さらに、武器が無くとも立ち回る方法、体の最適な動かし方、気配の見つけ方、殺気の察し方、発し方、魔力の流れからの把握などだ。
これが今全て、この戦いに活きていた。
先ほどから、地面から串刺しにしようと生えて来る地魔法の杭も、頭上から振り下ろされ、横から突き出されるハルバードの攻撃も避けながら、2体の傷を増やしていく。自己回復は魔力で成り立っているようで、魔法攻撃を使わせたり傷を増やすことで、次第に枯渇させていき、ついには回復不可能になり、再び首への攻撃により大量出血で2体共に倒れる。
さてと、ラスト一体だな。




