1-20 冒険者ギルド
かけられた声に振り返ると、そこには大剣を背負った、2メートルぐらいあるんじゃないかというほどの熊獣人の大男がいた。笑顔なのだが、かなり厳つい。
自給自足で生きてきた3年間の感が、この男は強い、と伝えてくる。きっと高ランクの冒険者なのだろう。
「嬢ちゃん。エレメンタルウルフなんてテイム出来たのか!すげぇな」
男性がそう発言すると、周りのざわめきが少し小さくなったように感じた。
「何処でどういうふうに出会ったんだ?」
バッシーン!
「ちょっと!ガルム!こんな可愛い子に、いきなりあなたみたいな顔の大男が話しかけたら怖がっちゃうじゃない!もっと自分の顔に自覚を持ちなさい!」
今度は急に女の人が現れ、大男の腕を叩いた。いい音はしたが、ダメージはなさそうだ。けろっとしている。が、何だかショックを受けた表情をしていた。精神的ダメージは受けたようだ。
そんな、今初めて知った衝撃の真実、というような様子の男性を見て、女性は溜息を吐きこちらに近づいてくる。俺の2メートルほど手前で止まり、両手を膝につけ中腰の体勢になる。
俺も絶賛精神的ダメージが蓄積され中だ。理由は色々あるが、中でもこの女性からの攻撃は特にだ。
中腰の体勢になったことで強調されるバストが破壊的だ。前世の俺に喧嘩を売りに来ている。いや、喧嘩にすらならないな。仔猫がじゃれてくるような程度だろう。俺は、仰向けになって視線を下に向けたら、何も遮るものがなかったんだぞ!
あ、何だか思い出したせいで余計に精神的ダメージが入った。ズィーリオスに回復してもらわなければ!!
女性から体ごと顔をそむけ、ズィーリオスの首元に抱きつく。
あぁー。癒やされるー!至高のもふもふ!それにあんな大きなバストなんて羨ましくともなんともない!ただ肩が凝って、真下が見えずに、しゃがむと邪魔されるだけだ!うん。そうだよ。そもそも今俺、男だし!
「ごめんね。やっぱりそんなに怖かったのね。でもあの人はね、悪い人ではないのよ?子供好きってだけなんだけど、あの顔のせいで子供にはいつも泣かれるのよ」
うん?もしかして俺、あの大男が怖くて、ズィーリオスに抱き着いたと思われてる?え、全っ然怖くないんだけど。確かに厳つい顔だけれども。驚き、ズィーリオスから離れ、女性と男性の方を交互に見る。
「いや、怖くはないが。精神的ダメージを受けたから、癒やしてもらっていただけだ」
「あら?そうなの?なら良かった!精神的ダメージっていうのが何かは気になるけど、ガルム!戻ってきなさい!この子、あなたのこと怖くないそうよ!良かったわね!」
「はっ!何だと!本当か!」
大男が破顔して大股でやってくる。その間に女性は立ち上がる。そして大男に頭をわしゃわしゃと撫でられる。折角結んで纏めていた髪が崩れていく。おい、そろそろ止めろ。
「ちょっとガルム。嬉しいのはわかるけど、女の子の髪型を壊すのは止めなさい」
「あ、すまない。つい嬉しくてな」
髪型については問題ない。ただ纏めているだけなので、すぐ直せる。だが1つ最優先事項があるな。
「俺は男だ」
「「えっ?」」
「だから!俺は男だと言っている!!格好から見て分かるだろう!!」
「「「「「「えっえーーーーーーーーーーー!」」」」」」
ギルド中から聞こえた気がするな。周りを振り向くと、全ての人がこちらを見て固まっていた。
なるほど。格好だけではダメなのか。やっぱり髪か?髪のせいなのか?髪のせいなんだな!
固まって動かない人々の間をすり抜け、受け付けカウンターまで歩く。ここの人達も固まっている。じゃあ、ちょいと失礼して。
「受け付けのお姉さん。ハサミってあるか?」
「え?ええ、ありますよ?」
「なら貸してくれ。すぐ返す」
「な、何に使うのですか?」
「そりゃあ、髪を切るためだが?」
もうさっさと髪を切ってしまうことにした。だが、この世界に美容室があるか分からないし、あったとしても、所持金0の今の俺には行けないだろう。
だから自分で切るのだ。いや、ズレる可能性があるから誰かに手伝ってもらおうか。
「それはダメです!!勿体ないです!」
「何故だ?ハサミに使用回数でもあるのか?」
「いえ!無いです!ないですけど!」
そう言って受付嬢は、俺の後方どこかに縋る様な視線を向ける。俺も思わず振り返ると、先程の男女が近づいて来ていた。
「君、落ち着いて!君が男の子だということは、その格好を見ればわかるわ!早まらないで!」
「そうだ!早まるんじゃない!!」
なぜ俺は、今にも自殺しそうな人扱いされているのだろうか。俺はただ、髪を切るだけなんだが。
すると今度は大男がギルド内を見渡し、ギルド中に聞こえるだろう声で叫んだ。
「お前ら!!この坊主はどう見ても男だよな!!」
「ああ、男だ!」「どう見ても男の子だよな!」「そうね、男の子ね!」「こんなに男らしい坊主みたことねぇぜ!」「もちろん男だ!」「何を当たり前のことを言っているんだ!当然だろう!」
大男の声に反応して、ギルド中からわいのわいのと声が上がる。
「いや、だがな。先程まで皆、俺が男だと言ったら驚きで固まってたよな?」
「それは気のせいだ!」
俺が訝しがっていると、ギルドの入り口が開き5人組の男達が入ってきた。そして、ギルド中のおかしな空気に気付き、その中心にいると判断したのか俺とズィーリオスに視線を向ける。
「何でこんなとこに、女のガキとでっけえ魔物がいるんだ?」
「・・・・・」
5人組に向いていたギルド中の視線が、再び俺に戻る。大半の人が、首が錆びついたような、不自然な動きをしていた。
すると静かに、先程の熊獣人の大男が5人組のリーダーと思われる、先程発言した男に近付き、その胸倉を掴み睨みつけた。
「お前ーー!なんてこと言いやがる!!」
「は?知らねぇよ。急に何なんだよ。離せ」
胸倉を掴まれた男は、自身よりも頭1つデカイ大男の手を払いのけ、睨み返す。
ギルド内は静まり返り、殺伐とした空気になっていた。
が、そんなのは俺には関係ない。もう1度受付嬢に向き直り、声をかける。
「なあ、お姉さん。ハサミ貸してくれ」
静まり返っていたギルド内で、俺の声は思いの外よく聞こえた。
受付嬢は声を出せないようで、しきりに首を横に振る。仕方ない。俺は隣の受け付けへ移り、そこの受付嬢にも同じ質問をするが、こちらも同じ反応を示される。断られる度に、俺はそれを繰り返していた。
割とカオスな空気が流れ出していた頃、再びギルドの入り口が開く。入って来たのは、チャラそうな男性とエルフの女性の2人だった。男性が、入り口近くで睨み合っていた2人を見て声をかける。
「ガルムさん、何してるんすか?後、なんすか?この空気」
突然の乱入者に気が紛れたのか、睨み合っていた2人が視線を外し、5人組のリーダーは仲間と一緒に受け付けへ、大男はやって来たばかりの2人の元へと別れていった。
すると何処からか、安堵したような溜息が聞こえ、空気が再び流れ出す。
「ジェイド、ナルシア、お疲れさん。ナイスタイミングで帰ってきた。ジェイドはサンキューな」
「いえ、俺は何もしてないっすけど」
「それでもだよ」
「それで何があったんすか?」
「ああ、実はな・・・」
大男が何があったのか、俺を見ながら説明を始める。
だがそのころ俺は、全ての受付嬢に断られ、ズィーリオスに慰められていた。
「え?何言ってんすか?どう見たって、あの子、男の子じゃないっすか。何で女の子に見えんすか?」
その一言はギルド中に、何故か響いていた。そして、ざわつき出したギルド内で、急にそのざわつきを破る様に声が聞こえてきた。




