表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
はぁ?とりあえず寝てていい?  作者: 夕凪
第3章 海の国
175/370

3-67 早朝稽古

「ほらほらー、まだ寝ぼけてるのか?隙があるぞ!」

「うぐっ!」




 尺骨茎状突起しゃっこつけいじょうとっきと呼ばれる、右手首の小指側の飛び出た骨の部分を、ダガリスに木剣で強打され、思わず右手を剣から離す。残された左手で剣を持っているが、利き手ではない腕一本ではダガリスの重い攻撃を逸らすことすら一苦労だった。結局剣を弾き飛ばされ、首に剣先を突きつけられる。





「敵の攻撃を先読みするなら剣先じゃなくて、相手の手元を見ろ。手首が動かないと剣先も動かないのだから、受け身になってばかりではなく、せんの手で相手の攻撃を封じるように動けるようにならなければならない。攻撃の状況を支配し、相手の反撃の手を絞り込ませるんだ。そうすればこちらは、次にどのような攻撃がくる可能性があるか事前に先読み出来るから、動きやすいだろ?」




 剣を下したダガリスが暫く休憩だと言い離れて行った。地面に座り込み、目に入る汗を袖で拭う。










 俺はここしばらく、毎日扱かれていた。それというのも、ダガリスからの報酬とやらがダガリスからの剣術指南だったのだ。俺の剣は独学で魔物たちと戦いながら築き上げてきた剣だ。だが足りないものがあった。だからこそ足りないものがあった。


 対人戦における駆け引きや、技術が圧倒的に不足していた。魔物は単調な攻撃がほとんどで、人を相手取る時のように動くことはない。俺は魔物相手の戦いなら経験は沢山ある。けれど、人を相手にしたことは少なく、今まで身体能力に頼っていただけだ。


 ジュリアを助け出した時に戦った2人組。彼らとは圧倒的に経験という差が存在した。そして今回のラダーガとの闘い。俺には対人戦に関して無知に等しかった。


 俺のそんな危ういバランスの上で成り立つ実力を、ダガリスが危惧したようだった。俺が寝ている間にズィーリオスに話を通し、ズィーリオスを味方につけて俺に稽古をつけることに決めたらしい。そして俺は、逃げることも出来ず毎日早朝からダガリスの稽古を受けている。毎朝ズィーリオスが起こして外に連れていかれるため、寝過ごすことは出来ない。そしていつも稽古を見守っている、というか見張っているから、途中で抜け出して眠ることも出来ない。毎日毎日、眠すぎる。


 

 起きてすぐ屋敷周辺を50周走り、その後はずっとダガリスと打ち合う。走るのは俺の目を覚まさせるため。すぐに打ち合うのは、基本は出来ているから実戦形式で実力を効率的に上げるためである。


 稽古を受けるのはもうこの際仕方ない。けれどせめて開始時間をもっと遅くしてくれないかな。取り敢えず夕方ごろからで。




 ラダーガによる人魚誘拐監禁事件の後の事を思い出す。

 事件の後片づけに追われ忙しそうにしていたダガリスだが、必ず毎朝俺に稽古をつけてくれるのだ。忙しいのだから仕事が終わってからで良かったのに。そしたら疲れたダガリスが稽古は出来ない状態に・・・・なるから早朝の元気なうちに予定に入れ込んだんだな!本人は稽古は早朝から行うのが基本だとか言っていたが、絶対に違う!!




 あり得ないと首を緩く振ると、その動きに連動して髪が揺れる。いつも被っているフードはない。建物の壁際に移動し、長く白い髪を晒したまま壁にもたれて休憩を取る。稽古が行われているのはいつも早朝。起きている人もほとんどいない時間帯であり、稽古が行われるのは裏庭であるため、見る者はいないだろうという判断だ。屋敷の使用人は起きているため、既にバレている。正直もう、そろそろあれから1年ぐらい経つのだから晒しても大丈夫だと思うんだよな。国外だし。



 事件後、ベン領は一時的にダガリスが領内の執務を行うことになっており、今のダガリスは本当に忙しい。ベン領の領民たちは最初こそダガリスが代理領主となることに反発していたが、ラダーガが裏でやっていたことを知ると、大人しくダガリスの指示に従い出したという。


 そして近々他の領主を含めた会合を行うようで、現在今回の事件の顛末を纏めながらの清掃作業は大変そうだ。


 首謀者であるラダーガは既に生きていないため、他の関係者が続々と捕まっている最中なのだ。変態はもちろんのことだが、あの日パーティー会場にいたデロン会頭と複数の商会の関係者達も捕まった。どうやら、デロン会頭は裏で人身売買を行っていたらしく、ラダーガへの人魚たちの販売も行っていたようだ。また、もちろん人魚だけでなく他国への人身売買を行っている記録が出てきており、即座に捉えるためにダガリスが動いたようだ。そして、この地域の他の商会の者達のまとめ役だったこともあり、その権限を利用して、ベイスの町の物価を意図的に引き上げていたようだ。デロン会頭がいなくなったおかげで町の人たちも適正価格で物が買えるようになり、町に活気が戻ってきている。



 そしてライナーの囚われた家族は、人魚たちと同じく囚われているのを発見され、保護された。しかし、それは囚われた全員ではなかった。ライナーの妻と女の子が拉致されていたはずだが、女の子はどこにもいなったのだ。ライナーの子供は、俺の前に既に生贄として殺されていた。あの時、ラダーガが言っていた子供の中にその子も含まれていたのだ。そのことを知ったライナーは、主を裏切り子を失い、自らの愚かさに失望し泣き崩れたとダガリスから聞かされた。

 だからダガリスは、ライナーへ罰は下さないことにしたらしい。今後はジュリアを危険な目に合わせないことはもちろんのこと、何か問題が起きたら必ずダガリスに相談することと条件を付けて、今まで通り家臣として雇うことになった。ライナーだけでなくその妻もダガリスの慈悲に深く感謝し、ライナーより一層忠誠心を強めたようで、夫婦ともに使用人として働くことになったとダガリスから説明を受けた。


 屋敷内でライナーが普通に働いているから、驚かないように事前に教えてくれたようだった。





 その後の人魚たちとの関係だが、その仲は良好だ。つい昨日も、俺が助けたらしい人魚の人が何名かやって来て、お礼と共に鮮魚を置いて帰って行った。あいつらよく分かっている。そのまま魚は晩餐になった。醤油はないが魚醤があったので、美味しく刺身で食べ尽くした。悪魔が俺の分まで食べそうになっていたのを死守しながら食べたので、味わって食べる暇もなく大変だった。でも、旨い物を食べられるから元気が出る。


 明日はダガリスが朝からどこか出掛けなければならないようなので、稽古は無しである。そして今日この後から深海の国(アクスリウム)に一泊二日で行くことになっている。そう、もっと沢山美味い物が待っているのだ。俺が今日はいつもより1分ぐらい早く起きれたのは、美味しい食べ物が俺を待っているからに他ならない。







 ぼーっと休憩しているとふと違和感を感じた。辺りを見渡すと、休憩しているダガリスに水を渡すライナー。精霊王がおらず1人暇そうにしている悪魔。そして俺。


 ズィーリオスがいない。


 ずっと俺が逃げないように監視していたのに、なぜか今日は姿が見えない。ズィーリオスの居場所を探すが、どうやら町の方に行っているようである。悪魔の側まで移動して、ズィーリオスがどこに行ったのか知っているかと聞く。すると話かけられたことが嬉しいのか勢いよく俺の方に振り向いた。



「俺は知らないな。ただお前の側にいろってしか言われてない」



 だが、悪魔も何も知らないようだ。精霊王も近くにいないし、ズィーリオスは一体何の目的があって消えたのだろう。普段単独行動をとらないズィーリオスが、単独行動をとっていることが気になり過ぎる。



 だから休憩が終わり稽古が終わるまでの間、集中しろとダガリスに剣を叩き飛ばされたのはズィーリオスのせいだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ