1-9 変わった日常
うぅ。苦しい。体が押さえつけられ、身動きが取れない。何事だ。
覚醒し出した意識が、体に起こっている異常を伝える。ゆっくりと重たい瞼を開くと、可愛らしいシゼの寝顔があった。シゼ、何でそうなったんだ。良く見てみると、シゼは何故か、私の体を両腕ごと拘束するように抱き着きながら、体半分乗っかかって寝ていた。いつものことながら、いい朝である。勿論、可愛いシゼの寝顔が見れるからだ。Mじゃないからね?拘束されているからじゃないよ?断じて違う!
・・・はぁー。なんかテンションおかしいし、変なこと考えてしまった。
昨日あった事を思い出し、憂鬱な気分になる。先程までの変なテンションは、きっと昨日のことが原因だ。だから私の感性がおかしくなった訳ではないだろう。うん。
そうして脳内を騷しくしてると、シゼが起きたようだ。いつも通り準備を整え、朝食をとりに部屋を出る。すると廊下には、今出てきたばっかりだろうカイザス兄様がいた。向こうもこちらの存在を認識したようだ。
「おはようございます。カイザス兄様。」
「おはようございます。カイジャスにぃさま。」
「ふんっ。まだいたのか、バルネリアの面汚し。"無能"はさっさと出てけ。」
いつも通り、挨拶だけして立ち去ろうすると、意外にも返答があった。内容は酷いものだけど。普段は無視して、自分から関わろうとはしないのに。あ然と呆けているうちに、さっさと立ち去ったようだ。
姿が見えなくなると、シゼがプリプリと怒り出した。可愛い。何故反論しないのか、と勢いそのままに詰め寄られる。あの類の人は、言いたいことを言うだけで、実害がないのなら反応しない方がいい。反応したら、更に逆上するだけだ。その反応が正論の内容なら尚更である。つまりだ、わざわさ相手にしない方が良い。
前世からそう私は学んでいた。その考えを、前世のあたりは触れずシゼに伝える。渋々ではあるが納得したようだ。納得は出来るが、感情はそうもいかないのだろう。
カイザス兄様の嫌味はその後も続き、会うたびに言ってくる様になった。1度、姉様や母様の前で言ったときに注意されてからは、2人の前で言ってくることはなくなった。
ただ、これはカイザス兄様に限ったことではなくなった。昨日までとは、明らかに周りが変わってしまったのだ。
側付きの侍女たちは、世話が結構雑になった。朝は起こされることがなくなった。
しかしシゼがいる為、シゼ付きの侍女がシゼを起こしに来る。その際に私も目が覚めたり、シゼが起こしてくれたりする。
朝食を食べている間に、部屋のベッドメイキングをしていたのが、されなくなった。休憩中のお茶の準備はしても、冷めたカップを入れ直してくれなくなり、空になったカップに新しく注ぐこともしなくなった。
部屋の掃除は、シゼが来るため全くしなくなったわけではないが、ホコリが目立つようになった。この辺りは、前世の経験があるので自分で出来るから問題はないんだけど。
他の使用人たちは、廊下ですれ違っても挨拶をしてくれなくなった。皆無視なのだ。シゼには挨拶をするので、まだ良かった。私と一緒にいるからと、シゼまで無視されては困る。だからこれは不幸中の幸いである。しかし、この状態に納得出来なかったのがシゼであり、使用人達の挨拶を無視する様になってしまった。だが、貴族はこういう者の方が多かったりするので、あまり注意も出来ない。というか、注意しても聞いてくれない。兄様を無視する人は無視です!だと。
だが、この様な状況の使用人達も、これを母様や姉様に見られ、注意されてからは、カイザス兄様と同じように、2人、またはどちらか一方がいる時は、以前のように挨拶してくれた。それでもやはり、シゼは無視である。
父様も、以前は見かけると声をかけてくれていたが、スルーされるようになってしまった。
また、毎日あった授業は失くなった。おかげでシゼとの時間は増えたが、何かを聞きたくても周りが無視をするため、疑問が出来ても質問できない。だから1度シゼを挟むことになるが、そうすれば解答が得られる。
その影響か、シゼが今までに増して勉強する様になった。質問は全部、シゼが解決出来るようになりたいらしい。嬉しいのだが、色々聞いてくれるという、あの時間は結構好きだったし、何でも知っているという、兄の威厳がなくなってしまうのは悲しい。
シゼの誕生日パーティーが行われ、シゼは4歳になったのだが、そのパーティーに出席させてもらえなかった。会場は家だったのだが、自室から出て来るなと言われ、僅かに聞こえる来客たちの声などのパーティーの音が、余計今の状況を虚しくさせた。
パーティー会場では祝ってあげられなかったので、シゼがパーティーから帰って来てから、2人だけでお祝いした。
だが私が属性なしと判断されて、1番の影響があったのは、専属護衛契約に関してだろう。
魔法の使えない者に専属護衛を任せる訳にはいかないということだった。よって契約は解消されることになり、今後レオに会いに行くことは出来なくなった。そして、空いてしまったレオの専属護衛契約相手として、シゼが入ることとなった。
決まった時は、私から奪ったと感じてしまったようで、慰めるのにとても大変だった。それでも今は、きちんと役割を果たしており、3日に1回はレオのもとへ出かけている。
忙しくなったシゼとは反対に、暇になっていく私は、シゼがいない間は、ふて寝という名の惰眠をする様になった。寝るのは前世から好きなため、嫌ではないが、変わっていく環境に不安を覚えてしまうのは仕方ないだろう。
以前の、シゼの専属護衛契約予定相手であった王女殿下は、あの日見かけた、師匠のお孫さんが専属護衛契約相手になるようだ。
他の分家には、10歳以上の者しかおらず、王女殿下との歳が離れ過ぎているため、彼女に白羽の矢が立った。気の弱そうな彼女がやっていけるのだろうか、と思うこともあったが、どうやら彼女、魔力量が普通の人よりも多少多く、短剣の扱いに長けているらしい。
そして、同じ女の子ということで決定したようだ。2人はもう顔合わせが済んだようで、王女殿下が姉のように懐いており、関係は良好のようだ。
だが、1番私にとって堪えたのが食事だ。
食事は、母様と姉様のおかげで一緒に食べることは出来ているが、何よりも味が酷い。バレない様に、見た目は皆と同じなのだが、味が全然今までと違うのだ。よく言えば、素朴な食材本来の味。悪く言えば、味がないのだ。
更に、食材に火が通っていないことも多い。野菜は生だったり、肉は元々加工するタイプの調理法がないため、ステーキなのだが、ミディアムだったのが、レアぐらいになった。レアは苦手だ。そして臭み消しがされてなかったりする。だから、食べれる物だけを食べるということをしていたため、食事を残す事が増え、常に空腹を感じる様になっていった。
それを心配したシゼが、育ち盛りでお腹がすいたと言って、侍女に軽食を頼んでくれる様になった。それらを少し食べた後、お腹いっぱいだからとそのほとんどを私にくれる。おかげで何とか飢えは凌げている。
この状況をシゼに聞いているらしいレオが、いつも心配してくれているようだった。王家とバルネリア家の関係上、レオはバルネリア家に乗り込んでくることが出来ず、毎度イライラしてるらしい。
だが、その感情をシゼ以外の前では見せないというので、流石だと思う。
そして、この様な日々を送りながら時は過ぎ、再びあの儀式を行う日になった。




