97 閑話 エリックとアミナと月夜と朝日
○ 96 性奴隷アミナの末路の直後です。
ラプアシアに向かう旅路の途中。
夜営地で、エリックは、1人だけ村人全員が寝るテントを追い出された。
なんでも、特別にテントが用意されているらしい。
村人全員が寝るテントを追い出される時に、みんなから口々に「頑張れよ」と言われたが、あれはなんだったのだろう?
夜営地の外れに用意されているらしいテントに向かう。
その途中で、アゼル男爵に出会った。というか待ち構えていた。
アゼル男爵は、真剣な顔で……どこか息子を送り出す父親のような顔で、エリックに言った。
「ラプアシアには、子供を育てることのできる環境と充分な食料を用意してある……心配せず、男になってこい」
そう言って、エリックの背中を叩いて送り出した。
○
準備を終わらせて、テントの中のベッドに腰かけて、心配と不安で、思い詰めたように唇を噛むアミナ……。
その隣に寄り添って、クレアが、優しく語りかけた。
「大丈夫ですよ……ちゃんと処置しておきました。元気な赤ちゃんが産めますよ」
アミナには、クレアがなにを言っているのか分からなかった。
けれど、それを聞いて……アミナは、少しだけ体の力を抜いた。
○
エリックがテントに近付くと、テントからクレアが出てきた。
クレアは、エリックに深く頭を下げて言った。
「アミナさんの、魂を救ってあげて下さい」
エリックは、不思議に思いながら、テントの入り口をくぐった。
中に入ると、そこにはベッドがあり、その傍らにアミナが立っていた。
……切羽詰まった、思い詰めた顔をしていた。
明かり取りの窓から、銀色の月光が降り注いでいた。
2人は、ただ、見つめあっていた。
やがて、アミナが、震える手で、ゆっくりと、衣擦れの音を立て、服を脱いだ。
エリックは息を飲んだ。
全てを露にしたアミナの姿は、まるで、美の女神と愛の女神の祝福を受けているかのように、美しかった。
まるで……白銀の月の妖精だ……。
「……ごめんね……私……醜いでしょう? 子供に石を投げられるくらい……」
アミナが、とんでもない的外れなことを言った。
でも、エリックは、なにも言えなかった。
ただ、アミナの、心の傷の深さに愕然とした。
「こんなに醜い私だけど……エリックには迷惑だと思うけど、お願いがあるの……」
今にも泣き出しそうな辛い悲しい、心細い声だった。
心配と不安で、今にも潰れてしまいそうな、弱々しい心に胸が傷んだ。
「エリック……私を抱いて……あなたの色で……あなたの色だけで、私を染めて……」
ブタも、オークも、もう、イヤなの!
○
アミナの性奴隷だった時の記憶は、完全に無になったハズだった。しかし、過ぎ去って無に消えた未来の残滓が、アミナの魂を苦しめていた。
○
君は綺麗だ……。
……エリックは、言えなかった。それが真実だけど、アミナの思っている真実ではないと思ったのだ。
ただ、アミナの魂の真実を認めて、その上で言った。
「俺はアミナがいい。アミナじゃなきゃダメなんだ……。アミナが欲しい、アミナの全てを俺にくれ!」
それは、熱烈なプロポーズだった。
アミナは、嬉しさに涙を浮かべて、頷いた。
そして、ベッドに横たわって、心と体を開いた。
そして、言った。
「どうぞ……私の全てを、どうぞ……」
2人は、抱き合った。
エリックは、少しでもアミナの心の傷を癒したくて抱いた。
アミナは、エリックに全てを捧げたくて抱かれた。
そして、朝が訪れた。
○
清浄な朝日の中で、アミナの顔を見た。
翳りが、完全に消えていた。
朝日よりも明るい笑顔で、エリックにおはようを言ったアミナが……
「ねぇ、エリック?」
言葉で誘い、瞳で惹き寄せ、エリックの注意の全てを捕まえて、万感の想いを込めて言った。
「ただいま」
エリックの脳裏に、消え去った未来の記憶の残滓がフラッシュバックした。
冒険の途中で、ローンベルト子爵に、罠にはめられて命を落としたこと……。
死んでも死にきれず、幽霊となって、アミナをずっと見ていたこと……。
なにも出来ない自分が悔しくて、血を吐くように泣いていたこと……。
フラッシュバックは一瞬だった。
まるで、目が覚めると記憶から消えてしまう夢のように、フラッシュバックの記憶は、残らなかった。
目の前に、朝の太陽のように笑うアミナが居た。
アミナが、こんなに明るく笑っていて……アミナの隣で生きている俺が、それを見ている……。
奇跡だ……。
……嬉しかった。
嬉しくて、エリックは泣き出した。
その、涙で震える声で、エリックは言った。
「おかえり」
アミナが、満面の笑顔で笑った。
やっぱり、アミナは、村一番……いや、世界中の誰よりも綺麗だ……。
エリックは、そう思った。




