88 閑話 神と人を繋ぐ聖女
○ オードリーが10歳の時の話です。
竜教会に併設された大きな聖堂。
ステンドグラスから神々しい光が降り注ぐ中、1人の巫女の前に、冒険者風の僧侶がひざまずいている。
巫女であるオードリーの目には、天井から降り注ぐ光の中に、別の、光で出来たパイプのようなものが見えていた。
それは、細く弱く、今にも切れてしまいそうに頼りない。
オードリーは、自分の中から限りなく溢れる力を千切って、その光のパイプを補強する。
太く強く、しなやかに。
やがて、補強された光のパイプを通して、神力が僧侶に伝わっていくのを感じる。
「もう、大丈夫ですよ」
少し、控えめな、気弱そうに感じさせる声音で、オードリーが僧侶に話しかける。
祈りに閉じていた目を見開いて、僧侶が驚く。
「すごいです……神聖魔法が使えてた頃よりも、力が漲るのを感じます!」
そう言って、ホーリーライトの呪文を唱えた。
すると熱を持たない、太陽のような聖なる光を放つ光源が頭上に現れた。
それは、とても力強かった。
「この力……間違いありません、また神聖魔法が使えるようになりました! 以前より、ずっと強く! これで、また冒険に行けます、ありがとうございます、聖女さま!」
僧侶は、何度もお礼を言い、頭を下げて、オードリーに感謝した。
オードリーは、恥ずかしそうに、俯いて、はにかんだ。
○
魔王の猛威にさらされる人界に、ある重大な問題が発生していた。
それは、僧侶や神官など、聖職者達が、神聖魔法を使えなくなるという問題だ。
……まるで、神の加護が薄れていくように。
戦況は悪化し、あちこちで前線が後退した。
そこに現れたのが、ラプアシア竜教会の巫女オードリーだった。
オードリーが祈りを捧げると、神聖魔法を使えなくなった聖職者達が、再び神聖魔法を使えるようになったのだ。
聖職者達は、大挙してラプアシアに訪れた。
そして、巫女オードリーの祈りによって、力を取り戻し、再び魔王軍との戦いの前線に戻って行った。
オードリーが特に感謝されたのが、冒険者達だった。
危険に立ち向かい、戦いを厭わない彼らにとって、傷を癒してくれる神聖魔法は必須だったのだ。
オードリーは、常に恥ずかしそうにはにかんで、決して、自分の功を誇らなかった。
いつも、控えめに、恥ずかしさで隠れるように、はにかんでいた。
その謙虚な姿に、人々はオードリーのことを『神と人を繋ぐ聖女』と讃えた。
○
「「オードリー様、お時間です」」
オードリーの側仕えでありボディーガードでもある神官騎士の2人の女性が声をかける。
「あっ……」
と、オードリーが小さく声をあげる。
1日に1時間の、家族でお茶をして、大好きな、おとうさまの手作りスイーツを頂く時間だ。
この大切な時間を逃しては、生きる活力と、生命を維持する『おとうさま分』の補給が出来なくなる。
オードリーは、慌てて外套を羽織って、2人に守られて教会を出た。
少し、出発が遅れてしまったので、小走りで。
ある大通りに差し掛かった時……どこか暴力的な雰囲気を持った、冒険者風の20人ほどの男達が、オードリーの前に立ち塞がった。
「「何者だ、貴様ら!」」
神官騎士の声を無視して、神官騎士の後ろに隠れるオードリーに迫った。
「おう、お優しい聖女さまぁ、俺達と付き合いな」
「気持ちいい~思いをさせてやるぜ」
そう言って、下卑た笑いを上げた。
オードリーは、怯え震えつっかえながら、お断りした。
「おっ、お断りしますっ! おとうさまとお茶の時間ですのでこれで……」
それを聞いて冒険者達は、大笑いした。
「あんな、地味で目立たないつまらないクズなんか、どうでもいいだろう?」
「そうだそうだ、大人しく、俺達に従っていればいいんだよ!」
それを聞いて、オードリーの瞳に闇が降りた。
そして、地獄の底を這うような、低い恐ろしい、心根を凍りつかせるような冷たい声を出して言った。
「クズ……? 今、おとうさまのことを、クズと言いましたか?」
オードリーの肩が震えている。
それは、冒険者達には、恐怖に震えていると、映った。
しかし、神官騎士の2人には、違って映った。
「IiiiiiiiiiiAaaaaaaaaa……」
オードリーの口から、鈴の響きのような声が漏れ始める。
それは、神官騎士達には、死神が命の終わりを報せる鐘の音に聞こえた。
神官騎士達は、全てを置いて逃げ出した……オードリーから。
オードリーが天に手をかざすと、そこに光が集まり、黄金のメイスが現れた。
それを持ったオードリーが地を蹴る。
一瞬で冒険者との距離をゼロにして、一撃で冒険者を沈める。
冒険者達は、オードリーの目を見て戦慄した。
灼熱の業火のような激しい怒り……そして、魂すら凍りつかせるような冷たい殺気を宿していた。
……人間がしていい目じゃねぇ!
冒険者達は、蛇に睨まれたカエルのように、震え上がった。
「IiiiiiiiiiiAaaaaaaaaa……!」
オードリーの声が、大気を震撼させた。
○
オードリーの側仕えであり護衛でもある神官騎士達には、オードリーを守る以前に、しなくてはならない任務がある。
「「はぁ……」」
地面に累々と転がる冒険者達を見て、ため息をつく。
神官騎士達の任務……それは、オードリー様が、愚かな冒険者達を殺してしまわないようにすることだ。
どうも、オードリー様は、大人しく内気で気が弱く、強引に脅すと従えることが出来ると、冒険者達の間で、噂が広まっているらしく、このような事態が多々起こる。
「「はぁ……」」
神官騎士達は、ため息をついて、瀕死の重症を負った……馬鹿な……冒険者達に回復魔法をかけていくのだった。
○
オードリーは、家族の待つサロンに飛び込んで『愛する』おとうさまの胸にすがり付いて震える声で言った。
「おとうさま……凄く怖い目に遭ったのです……怖くて震えが止まりません……抱き締めて下さいませ……」
オードリーは、アゼルに優しく声をかけられて、たくましく温かな胸に抱かれて……チラッと、オードリーとアゼルを見るみんなに振り返って、悪戯っぽく、小さく舌を出して、笑って見せた。
「「「あー! オードリー、ずるい!」」」
アゼルとオードリー以外の、全員の声がユニゾンしたのだった。
2020年9月19日 誤字訂正しました。
2020年10月12日 追記。




