87 閑話 ウェンディの箱
○ ウェンディが7歳の時の話です。
目の前で、精密な魔方陣が描かれて行く。
普通なら直径が100メートルになるであろう巨大魔方陣が、手のひらに乗るくらいのサイズに圧縮されている。
魔方陣を描くのは、魔力を物質に変換して造り上げた水晶だ。
無から物質を造り出す神の御技には、一歩届かないが、それでも、神に届きうる魔導の極技である。
魔方陣は、一枚だけではない、幾重にも積層し、それが真球を描く。
それだけではない。別の次元をバックアップにして、まるで銀河星雲の渦に根を張り葉を広げる宇宙規模の大樹のように、魔方陣が広がって行く。
それを執り行うのは、母アリスと祖母バーバラ。
そして、それを導くのは、未来科学魔法の英知を記したスクロールを読み上げる父アベルだった。
私、ウェンディは、目の前に広がる奇跡を、憧憬の眼差しで、ただ、陶然と見ていた。
普通の魔法使いならば、1000人が数年かけて儀式で執り行うだろう魔法を、3人は、たった1時間で終わらせてしまった。
宝石よりも高貴に輝く水晶球を、精緻な装飾の箱に入れて魔法で封印する。
3人が、やり遂げた満足のため息をついた時、私は夢中で拍手をしていた。
「すごい! おとうさま、おかあさま、おばあさま!」
私の大袈裟な称賛を、3人は笑顔で受け取ってくれる。でも、次の私の質問で、空気がガラリと変わったのだった。
「ところで、おとうさま。これは、なにをする魔法道具なの?」
アリスおかあさまとバーバラおばあさまが、可笑しそうに吹き出す。
おとうさまは、悪戯を企む、やんちゃな少年のような顔をして、笑いを堪えながら言った。
「箱を開けてごらん、ウェンディ」
私は、3人のその様子に首をかしげながら、言う通りに箱を開けた。すると!
目の前いっぱいに、笑いを禁じ得ないコミカルな顔をしたドラゴンが現れた。
私は、呆然とした。そして、おずおずと聞いた。
「それで……これからどうなるの?」
「これだけよ? ただ、ビックリさせるだけ。だって、ビックリ箱だもの」
アリスおかあさまが、可笑しそうに答えてくれた。
私は、呆然とした。
神に届きうる魔法の極技と、超未来の英知を使って造ったのが、ただのビックリ箱……?
「これが、なんの役に立つの?」
それに答えてくれたのは、悪い顔で笑うおとうさまだった。
「未来に、これを造ったことを、すっかり忘れてしまったパパが、うっかり開けてしまって、ビックリした後、大笑いする」
「それだけなの?」
「それだけだ」
当然、という顔で、おとうさまが胸を張る。それに同調して、アリスおかあさまが、威張って頷く。おばあさまは、笑い転げている。
私は……。
突然、腹痛を起こすくらいに、笑い出した。
目に涙を滲ませ笑う。
くっだらない!
ほっんとうに、くだらない!
でも……。
なんて、可笑しいのだろう!
超未来の英知と、神に近い魔法の極意を使って造ったのが、ビックリ箱?!
魔法って、こんなに楽しくて面白いんだ。
英知って、こんなに楽しくて面白いんだ。
笑いが止まらなかった。
この手の込んだ極上の冗談に、ウェンディは大笑いした。
○
私は、おとうさまに頼み込んで、このビックリ箱を譲ってもらった。
そして、月日は流れた。
私は、魔法と未来科学魔法に、はまり込んだ。
仲間を集めて、魔法と未来科学魔法を極めた上、魔法と未来科学魔法の融合を研究し、いくつもの成果をつくった。
そして、その成果を、求められるまま、ラプアシアの民に伝えた。
日々が、ビックリ箱のように、驚きと楽しみで、いっぱいだった。
気がつけば仲間達は、一流の学者と魔導師となり、私は、なぜか「賢者様」と呼ばれていた。
……おかしい。私は、ただの、ビックリ箱職人なのに。
84 パジャマパーティー(-3)に、閑話を追記しました。宜しければご覧下さい。




