85 閑話 ビーナとタニア、5歳の大冒険2
○ 74 ビーナとタニア、5歳の大冒険の後の話です。
「タニア、やめとこうよぅ……怒られちゃうよぉ」
姉のビーナが、妹のタニアの服の裾を掴んで、泣きながら言う。
「なに言ってんのよ、ビーナ! ビーナだって「キサラおかあさまみたいな素敵な大人の女性になりたい」って言ってたじゃない!」
「だからって、おとうさまに「夫婦の寝室には、子供は絶対、入っちゃダメ」って言われてたじゃない……」
そう、2人はアゼルと妻達の、夫婦の寝室の前に……タニアが……仁王立ちしていた。
「分かってないわね、ビーナ。「子供は絶対、入っちゃダメ」ってことは、大人になるための秘密が隠されているということよ!」
タニアが腕を振り上げて力説する。ビーナは、すでに泣いている。
アゼル達が、仕事に行って、マーサ達が掃除を終わらせた夫婦の寝室に、二人の怪盗が忍び込む。
そこは、まず、空気が違った。
大人の匂いが漂い、子供の侵入を阻む。子供の入り辛い雰囲気だ。でも、それが、なにか、禁断の秘密が隠されているようで、タニアの冒険心を煽った。
なにか、大人になるための特別な儀式を執り行う施設に違いない。
タニアが、泣くビーナを引きずって部屋に侵入する。
そこは、独特の雰囲気のある、清潔な部屋。中央にキングサイズのベッドが鎮座し、この部屋の主役だと主張している。
それを見て、ビーナとタニアの顔が輝いた。
「「トランポリンだ!!」」
歓声を上げて、ベッドに飛び乗り、跳び跳ねる。思い切り枕を蹴飛ばす。
枕が破れ、羽毛が部屋中に飛び散る。
シーツが引きちぎられ、天蓋が崩れ落ちて、踏みつけられ、グチャグチャになる。
寝室は、まるで、台風の被害に遭ったようだ。
ひとしきり遊んだ後、ようやく2人は、大人になる秘密の探索を始めた。
他にあるのは、シャワールームと、軽食が作れる、使用感のある、こじんまりとしたキッチン。そして、歩いて入れる大きなクローゼット……。
「「クローゼット?!」」
ビーナとタニアが、声を合わせた。
クローゼットに飛び込み、中にあったアゼルと母達の衣服を、掴んで引きずり落とし、踏みつけてグチャグチャにし、果たして、奥に、いかにも、な、扉を発見した。
ニヤリ……と、顔を見合わせて笑う。そして、扉の中に飛び込んだ!
そこは、ラプアシアの城よりもこじんまりとした屋敷だった。ギブスンお爺ちゃんの部下……悪魔のメイド達から隠れて屋敷の中の探索を終え、玄関から外に出ると、
そこは……。
「「うわぁ!」」
湿度の高い、むわっとした熱い空気……。
生い茂るシダ植物のジャングル……。
流れる大河、そして、闊歩する恐竜達……。
照りつける灼熱の太陽を見上げて、驚愕の声をあげる。
「「空に地面がある!! ここは、ラプアシアの地下にあるって言う、地底大河だ!!」」
ラプアシアの秘密のひとつを解き明かした小さな2人の探検家達は、会心の笑顔でハイタッチした。そして、誰に見せるでもない、喜びのダンスを披露する。
そうして、2人は、心を勇敢な冒険家にして、恐竜の世界を歩き出した。
手にした木の棒を振って、威勢良く号令を出しながら。
2本足で走る小さな恐竜を追いかけ、ラプアシアの竜教会よりも大きな恐竜が木の葉を食む姿に驚嘆する。空を見上げて、群れを成して飛ぶ、翼竜の姿に歓声を上げる。
ふと、争う物音と吠え声に、木の影からこっそり、それを窺う。
絵本で見たティラノサウルスが、草食恐竜を襲っている現場だ!
肉を引きちぎり、骨を噛み砕く音がする……。
それは、絵本で見たものや、聞いた話など、比べ物にならない、心胆震え上がらせる迫力だった。
ふと……ティラノサウルスと目が合った。
ビーナとタニアは、全ての理性が吹き飛んで、闇雲に逃げ出した。
あちこちにぶつかったり、転んだり、恐竜の巨大な糞に突っ込んだりして、汚れて強烈に臭くなりボロボロになって逃げた。
どれだけ逃げただろう?
辺りがうっすらと暗くなる頃に、ようやくビーナとタニアは気がついた。
帰り道が、分からない!
2人は、その場にヘタりこんだ。そして、心細くて、おとうさまとおかあさま達、優しいおねえさま達の名前を呼んで泣いた。
だが、非情にも、その呼び声に答えてくれたのは、史上最悪の肉食恐竜だった!
地面が震えるほどの足音に振り返ると、そこには、ビーナとタニアに迫ってくるティラノサウルスの姿。
2人は、悲鳴を上げて逃げ出し、崖の側面に空いた、浅い穴に逃げ込んだ。
ティラノサウルスが、必死に、ビーナとタニアを食べようと、爪で穴を引っ掻く。
タニアの……ビーナの鼻先を、鋭利な爪がかすめる……。
ビーナが……タニアが、固く目を瞑り、蒼白になって叫んだ。
「「助けて! おとうさま、おかあさま、おねえさま!!」」
ズドン!
重い、鈍い音がした。
恐る恐る目を開けると、地面に転がるティラノサウルスの巨体……。そして、その前に立つ、見慣れた背中……。
「「おとうさま!!」」
ビーナとタニアの声に振り返ったアゼルの顔が、深い安心に緩んだ。どこか、泣きそうな顔をしていた。
アゼルとビーナとタニアは、お互いに駆け寄って抱き締め合った。
「ビーナ! タニア! 無事で良かった!」
「「おとうさまー!!」」
ビーナとタニアが、心の底から安心して、大きく泣き出した。
アゼルは、ビーナとタニアの名前を何度も呼んで、その存在の確かを確認するように、強く抱き締めた。
泣いて落ち着いて、ビーナとタニアが、自分達がしでかしたことを思い出して震えた。
私達、とんでもない悪い子だ。それに、汚いし強烈に臭いし……怒られる!
「「「ビーナ! タニア!」」」
そこに、おかあさま達と、おねえさま達の声が響いた。
見ると、おかあさま達とおねえさま達が、必死にこちらに駆け寄って来る。
怒られる!
ビーナとタニアが、身を縮こまらせると、その体が、柔らかい……でも、強い抱擁に包まれた。
「「「無事で良かった! ビーナ、タニア!」」」
泣いて喜ぶ、おかあさま達とおねえさま達が、次々にビーナとタニアを抱き締めてキスをする。
しばらく、ビーナとタニアは、もみくちゃにされ、ようやく解放されると、厳しいお説教タイムとなった。
でも、目に心配の涙を湛えて、本当に、真心で叱ってくれる、その姿に、ビーナとタニアは、どこか嬉しくて、涙ぐんでいた。
「「「もうっ、ビーナ、タニア! 幸せそうに笑ってないで、なにか言うことあるでしょう?!」」」
おかあさま達とおねえさま達の声に、ビーナとタニアは、声を揃えた。
「「おとうさま……おかあさま……おねえさま……愛しています」」
その可愛らしい声を聞いた全員が、照れ隠しに声をあげた。
「「「もうっ、そこは「ごめんなさい」でしょう?」」」
ビーナ……タニア……愛してる……。
その日、地底大河の夕日の紅が、どこか優しかった。




