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81 閑話 奴隷になったバーグの裏話

○ 70 奴隷になったバーグの裏話です。


 夕方……それどころか夜になっても、末っ子のバーグが帰って来ない。

 心配した母親代わりのイスカリーナが家族と一緒に、ご近所も巻き込んでアゼリア中を捜索した。


 しかし一向に、バーグは見つからなかった。


 騒ぎは領主であるアゼルにまで伝わり、アゼルは精霊視まで使ってバーグを捜した。


 そして……。


 人払いをしたイスカリーナ達の家、そのリビングでイスカリーナ達の前で、アゼルが膝を床について頭を下げていた。


「スマン!」


 そう言う謝罪の言葉とともに。



「かっ……顔を上げて下さい、アゼル様!」


 イスカリーナが、狼狽する。


 そこに、じっと考えていたリンドが言った。


「俺達に謝らなきゃいけないような、悪いことをしているんだな? 領主様」


 アゼルが神妙に頷いた。


「……説明……して頂けますか?」


 信じられないという風のイスカリーナの言葉に、アゼルが説明を始めた。


「バーグは悪い冒険者に拐われ、奴隷商人に売られた」


 イスカリーナ達は、悲痛な悲鳴を上げた。


「謝らなきゃいけないのは、私には魔法でバーグを今すぐにでも助けることが出来るのに、それをしないでいることだ」


「どうして、今すぐに助けてくれないの?!」


 バーグが拐われたことに、自責の念に苛まれていたミーシャが叫んだ。


「バーグを助けても、また別のラプアシアの子供達が拐われるからだ」


 アゼルが、沈痛な面持ちで重々しく告げた。


「バーグを今すぐに助けることが出来ないのは、それを防ぐためか?」


 リンドが、アゼルに確認した。


 アゼルが首肯する。そして、力強く言った。


「約束する。バーグは絶対に助ける。そして、ラプアシアの子供達も絶対に奴隷になんかさせない。……私を信じてくれ」


 そう言って、再び深く頭を下げた。


 イスカリーナは、瞳に涙を(たた)えて頷いた。


 リンドが、男の顔で頷いた。


 ミーシャがアゼルの手を握って、何度もバーグをお願いしますと言った。



 イスカリーナの家を出ると、アゼルは固い決意の顔で月を見上げた。


 あの月が、血で赤く染まらなければいいが……。


 アゼルが、そう物騒なことを呟いた。


「アベル、どうするの?」


 出口で待っていたキサラが聞いた。


 アゼルが、肩をすくめて言った。


「観客を集めて、舞台で演劇をするのさ」



 ラプアシア領主の城。


 その大会議室で、主要メンバーが集まった。


 アゼルにキサラが並んで立ち、そこにクレアが寄り添う。


 ギブスンとバースリーが、一歩下がって控えていた。


 円卓には相談役としてカイルと、エルフの国の大使であるソフィア。


 イーステリア辺境伯の名代としてスピアがシズリと並んで座る。


 アゼルが全員を見回して現在起こっていることを、そして二度とラプアシア領地の民を奴隷にしないための策を要望として伝えた。


「誰もが二度とラプアシア領の民を奴隷にしようとは思えないようにしたい。そのために……」


「バーグを奴隷にした領地に戦争をしかける」


 会議室は、静まり返った。


「そこまでするかぁ……」


 スピアが、やっと絞り出した言葉がそれだった。


 だが、こうすることで以後ラプアシアの領民を奴隷にしようとする者は、ラプアシアとの戦争を考えなければいけなくなる。これは奴隷商人の手に余るだろう。


「そこが、交渉のスタートラインだ。カイル、悪いが使者を頼めるか?」


「スタートラインということは、譲歩を受け入れるということだな?」


「ゆずれない部分は、バーグを拐った冒険者と奴隷商人と奴隷の主人を見せしめに死刑にして首を晒すこと。そして、その領地での以後の奴隷の取引の一切の停止だ。それ以外なら譲歩していい。それが出来ないというならば、開戦だ。領地は征服し、施政者は一族もろとも斬首にして晒すと言え。ああ、バーグは、もちろん無事に返してもらう。手段なんか選ばない」


 アゼルの酷薄な言葉に場が震えた。


「奴隷に替わる労働力がなければ、その提案を受け入れることは出来ないだろう」


 カイルが、苦しそうに言う。


「ソフィア」


 キサラの声に、ソフィアが席を立って答える。


「母国であるエルフの国に、自動人形の貸与を申し出ます。奴隷に替わる労働力として充分でしょう」


「それならば、交渉の余地があるな」


 カイルがホッとした声をあげた。


「カイル……」


 アゼルの声にカイルが顔をあげる。


「イクサ伯爵領を救ってやってくれ」


 アゼルの、その言葉に込められた意味は「交渉が上手くいかなければ、イクサ伯爵領を滅ぼす」ということだと気付き、カイルは責任の重さに震えた。


 イクサ伯爵領か……。


 そこは、カイルがカイン王子だった頃、カインを支持する派閥の1人だった貴族の領地だった。


 イクサ伯爵の長男……親友のレオナードの顔が浮かぶ。


 救いたい……。


 カイルは切に願った。



 ラプアシアの軍勢がイクサ伯爵領に向けて出陣したのは、宣戦布告の前だった。


 一刻も早くバーグを助ける必要があったのと、派手に軍勢を動かすことで、戦争の理由を広く世に報せる意図があった。


 軍勢は行く先々で、戦争の理由を声高く伝えた。


 ラプアシアは、たった1人の領民を救うために戦争をする。


 その報せが、国中を走った。


 その報せに、国中の者が戦争の行く末に注目した。


 これで、観客が集まった。


 ラプアシアの軍勢を阻もうとする領地などなかった。みな、ラプアシアからの食糧支援で命を繋いでいたからだ。


 国中に充分に情報を行き渡らせた後……ラプアシアの使者カイルが、イクサ伯爵領を訪れ宣戦布告を行った。そして、そのまま協議に入る。協議は主にイクサ伯爵領側からの、どうにかして戦争を回避したいという要望から始まった。


 イクサ伯爵領側が提案をして、ラプアシアから譲歩を引き出す。カイルは受け入れることの出来る提案を聞き出し、受け入れることの出来ない提案を蹴って、ラプアシアのアゼル男爵に伝える提案をまとめていく。


 深夜に及ぶ協議を終え、翌朝に使者であるカイルはラプアシアに親書を届けることに決まった。


 寝所に引き上げる前……カイルは同席していたレオナードに、手信号を送った。


 親友にしか知らせていない暗号だ。


 果たして……寝所で待っていると、レオナードが1人でやって来た。


「生きていたか……いや、生き返ったのだな? カイン。エルフなんかになっているから気づかなかったぞ」


 情け容赦ない冷たい印象の、酷薄な表情のレオナードの言葉には、隠しきれない喜びが見え隠れしていた。


「お前は相変わらずだな、レオ。ああ、これは手土産だ、受け取ってくれ」


 そう言ってカイルが箱詰めにした芋を手渡す。すると、レオナードの冷たい酷薄な表情が、フニャッと暖かく柔和に笑いを浮かべた。


 でも、それは一瞬で、すぐに表情を冷たい印象のものに戻して言った。


「これは賄賂か?」


「ああ、そうだ。イクサ伯爵には舞台の上で、悲惨な敗北者を演じてもらわなくてはいけないんでな」


 レオナードは、芋を「もう返さんぞ」と言わんばかりに抱え込んで言った。


「俺には、裏話を話してくれるのだろう?」


 カイルは、喜んで言った。


「ぜひ、秘密を共有する関係になってくれ」


 イクサ伯爵領を救うために……。


 カイルは今回の戦争が、二度とラプアシア領の領民を奴隷にしようとは思わせないための、大掛かりなパフォーマンスであることを伝えた。


「……ふむ、ならばオヤジにはネタバレしないほうがいいな……」


「食糧支援の停止処分ではなく派手に行軍したことで、ある程度は察しているかも知れないがな」


 本気でイクサ伯爵領を滅ぼそうとしたなら、ただ食糧支援を止めればいいだけだ。


 イクサ伯爵領は1年も待たないで、餓死するだろう。


 それをせずに、わざわざ軍勢を率いて戦争をしかけるということは、イクサ伯爵領を滅ぼす気がないという証拠だ。


 イクサ伯爵領を滅ぼすこと、それ以外の意図がある……。


 ちょっと考えれば、誰にでも分かる仕組みだ。


 だが、ヘタは打てない。


 一手間違えれば喉元に突きつけられたナイフが、間違いなく命を奪うだろう。


 これは、舞台で演劇する芝居である。


 しかし、命をかけた芝居なのだ。


 観客に「ラプアシア領の領民を奴隷にしたら命に関わる」と思わせるためには、役者には本当に死んでもらう必要さえある。


 それを舞台役者は、自分の命を犠牲にせずに、観客に恐怖を与える演技をする必要があるのだ。


「俺に、舞台演出をしろと?」


「お前はするよ。訳の説明が必要か?」


 レオナードは、首を横に振った。


「ラプアシア領の領民を奴隷にしたことで、イクサ伯爵が不幸になる様を広く報じる……それでいいか?」


 カイルは、首肯した。


お前(カイン)が、イクサ伯爵領を滅ぼすとは思えん。奴隷に替わる労働力を提示出来る……そうだろう?」


「エルフの国から、労働力として自動人形が貸与される手筈になっている」


「では、問題ない。最も大きな問題であった奴隷制度の廃止については、俺がオヤジを説得しよう。不幸の演出は、イクサ伯爵領の財産をラプアシアに移動させる……で、いいか?」


「そう、財産の献上ではない、移動だよ。ただ、イクサ伯爵領が全財産を失い、多額の借金を背負ったように広く世に知らせればいいだけだからな」


「そこまで、ラプアシアにさせる理由付けが必要だな……」


「今回の騒動で、謝罪にバーグをラプアシア男爵の養子にすることが内密に決定している。そのバーグと伯爵の血縁者と縁戚を組もう」


「歳が近いのは、末の妹のマリアだが……おい、バーグとやらは、優しい男だろうな? マリアが不幸になることは許さんぞ?!」


「落ち着けシスコン。大丈夫だ、心配するな。家族や友達を大切にする、人の心の痛みを分かってやれる優しい子供だよ」


「ふんっ、心配などしておらんわ! だいたい、お前は……」


「落ち着けシスコン」


 二人は夜を徹して、旧交を温めた。


「カイン、もう王にはならんのか?」


 レオナードの質問に、カイルは笑って答えた。


「王になるよりも確実に国民を笑顔に出来る方法を手に入れた。もはや王座に価値はないさ」


 レオナードは、眩しいものを見るように目を細めた。


「……俺にも、やらせろ。ズルいぞ、お前だけ、むちゃくちゃ楽しそうじゃないか」


 カイルの目が「協力者発見!」と鋭く光る。


「ぜひ、協力してくれ」


 二人は、固く握手した。



 こうして、カイルの調略とレオナードの内部工作により、イクサ伯爵と、その家族は命を落とさず、イクサ伯爵領の民の生活が守られた。


 実際にバーグを奴隷として販売した奴隷商人と、バーグを買った主人は残念なことになった。ことの元凶である冒険者は指名手配され、同業者である冒険者によって捕縛され、(むご)たらしく公開処刑された。そこに国民は、アゼル男爵の激しい怒りを見て震え上がった。


 こうして、バーグの誘拐に端を発した一連の事件は終息したのだった。


○ ある領主と家臣の会話


「イクサ伯爵は、上手くやりましたな」


「ふんっ、実質はラプアシアへの隷属だ。確かに豊かになったが、替わりに自由は失った。財産は全て没収され、娘は人質……マネをしたいとは思わんよ」

2020年12月29日 読点を整理しました。読みづらくてしょうがない。

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