78 閑話 アベルの特別
○ 77 俺アベル発見報告会の後です。
「アベル? 一緒に飲まない?」
「アゼル様は、働きすぎです。少しは、ゆったりとした時間も取らないといけません」
夜、キサラとクレアが、執務室に訪れて、アゼルに言った。
手にするのは、アゼルのお気に入りの、銘柄の酒である。
さすが、分かっている。
「いいよ、飲もう」
アゼルは、二つ返事で、承諾した。
○
執務室に併設された休憩室。
キサラとクレアは、飲ませ上手である。
あっという間に、アゼルを、上機嫌のほろ酔いにしてしまった。
アゼルの意識が、ふわふわとして、はっきりとしなくなった時、キサラが切り出した。
「ねえ、アベル? 私達、言いたいことと、聞きたいことがあるの……」
「いいよいいよ、なんでも言って、なんでも聞いて」
ハッピーほろ酔い状態の無敵アゼルである。
「まず、謝りたいのです……アリスが、大変、失礼なことを言いました」
クレアが、深く、頭を下げる。
アゼルが、酔っぱらって、涙ながらに告白した。
「そうだよっ、アリスってひどいよっ、ボクだって頑張ってるのに、全然、子供達の父親って認めてくれないんだもんっ、こんなに頑張ってるのにっ」
クレアが、抱き締めて、よしよしと、頭を撫でる。
「でも、アリスのことを、怒ってないのよね?」
キサラが、言う。
「飼い猫に爪で引っ掛かれて怒る飼い主はいないよ。ただ、痛かっただけさ」
それにしては、グレて引きずってたみたいだけど……。
言わぬが花……でしょうか?
キサラとクレアの、心の声だった。
「それにさ……ボクが悪いんだもん……きちんと「子供達が好きだ」って、はっきり言葉にして伝えてなかったから、疑われて当然だよ。またボクは、大切な人を、失うところだった……」
そういう意味で、アリスに、とても、感謝してるよ。
だから、ボクは、アリスを、憎めないんだ。ハッキリ言うと、愛してる。
そう、アゼルは言って笑った。
「アゼル様は、愛してるいるのですね……」
クレアのその言葉に、アゼルは、笑顔を輝かせて言った。
「うんっ、子供達が好き。アリスが好き。イリスもエミリーも……もちろん、キサラとクレアも好き、大好き」
ほろ酔いアゼルは、無敵の勇者である。
キサラとクレアは、嬉しさに、頬を染めた。
「それで、聞きたいことって、なに?」
アゼルが、切り出したので、渡りに船と、キサラが、聞いた。
「アベル? 私達に、隠し事してない?」
ギクッと、アゼルが顔をひきつらせる。
目が泳ぐ。
キサラとクレアが、そんなアゼルの視線をとらえて、真剣な眼差しで見つめる。
やがて、観念して、アゼルが、キサラとクレアに対してかけていた、精霊による認識改変の魔法を解いた。
「「わぁ……」」
そこに、地味で目立たない男の姿は、どこにもなかった。
どこか、危険な匂いのする、男臭い『カッコいい』という表現がピッタリの男前がいた。
キサラとクレアは、まるで一目惚れしてしまったように、陶然として、アゼルを見つめた。
こ……これは、子宮に来るわ……。
す……すがりつきたいですっ……性的に愛を求めてっ。
呆然とするキサラとクレアに、アゼルが釈明した。
「キサラとクレアに、失望されるのが嫌で、隠してたんだ……」
「「失望?!」」
キサラとクレアが、びっくりして、声をあげる。
「そう、失望。ボクって、政治も領地経営も、初めてで、失敗ばかりするって思ってたんだ……」
キサラとクレアが、神妙な顔をして、黙ってアゼルの話を聞いた。
「カッコいい男が、失敗ばかりするって、それって道化……笑い者だろう? 絶対にキサラとクレアに失望されると思ったんだ」
笑いとは、カッコつけてコケることである。
上げておいて落とすのが、一番印象を悪くする。
カッコいいとカッコ悪いは、ワンセットなのだ。
アゼルは、キサラとクレアに、カッコいい自分を見せるよりも、コケてカッコ悪い自分を見られたくなかったのだ。
アゼルは、キサラとクレアと出会った時に、すでに認識改変の魔法をかけていた。それを解こうとする勇気が持てなかったのだ。
なお、アゼルが精霊による認識改変の魔法をかけていたのは、神々から隠れるためである。アゼルは、目立ってはいけないのだ。
……でもこれ、その内、神々に見つかるよね?
まっ、その時は、その時だ。
「奇跡的に、ラピータの政治もラプアシアの領地経営も、みんなの助けもあって、上手く行ってるけど、ボクのことだから、きっと、その内、大きな失敗をすると思うんだ。その時、キサラとクレアに笑われて失望されて嫌われるのが怖くて……」
「事情は分かったわ……ビックリしちゃって、なんて言っていいか分からないけど……」
「でも、なぜ、アリス達には、隠してないのですか?」
領民にも、見せてますよね?
「アリス達って、面食いだから……それにボクとアリス達って、兄妹みたいなもんだろう? すでに、何度も、笑われて失望されて嫌われた経験があるから、いまさらなんだよ」
もっとも、魔法を解いたのは、王都で再会した時から、だけど……。
領民には、魅力を見せて、指導者としてカリスマを発揮する助けにしてます。指導者が地味で目立たないって、あんまりだと思って……。
「どうしても、私達には、見せて下さらないのですか?」
クレアが、まるで恋い焦がれるように言った。
それは、懇願だった。
キサラが、となりで激しく同意している。
アゼルは、バツが悪そうに、困った顔をして、少し、顔を赤くして、ポツリと言った。
「キサラとクレアは、ボクにとって、特別なんだ」
「「特別!!」」
その言葉で、キサラとクレアは、全てが報われた気になって、じょじょに、ゆっくり……じわじわと力強く嬉しさが込み上げて来て、光輝くように喜んだ。
「わ……私も飲もうかなぁ……」
「わっ、私もいいですか?」
二人は、ニコニコ上機嫌になって、アゼルに、酌を求めた。
「いいよいいよ、今夜は飲もう!」
アゼルが、二人の杯に、お酒を注ぐ。
3人は、明るく笑いながら、夜を過ごした。
2020年9月2日 追記。




