表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
75/327

75 閑話 第3婦人の不倫

○ アリス達と結婚してしばらくしてからの話です。


 ラプアシア領の、ある村。その道を、愚直な男ゴードンは息を切らせて走っていた。


 日没時のこの時間なら、村唯一の酒場に多くの村人が居るハズだ。


 ゴードンは、イーストエンド村からやってきた冒険者に聞いた話を、反芻した。


 まさか……そんなことあるわけねぇ……。


 とにかく、この話を、誰かに聞いて欲しかった。


 灯りと、明るい笑い声の漏れる酒場に、飛び込んで叫んだ。


「アゼル様の第3婦人のアイリス様が、不倫してる!」



 アリス達は、王家に指名手配されて追われる身であるので、アリスは『アイリス』イリスは『イシス』エミリーは『エリス』と偽名を使っていた。



 酒場は、騒然となった。


 誰もが信じられなかった。


 アゼル様と、その妻達の仲の良さは、ラプアシアに住む誰もがよく知る事実だったからだ。


 だが、愚かなほど素直なゴードンが嘘を言うとも、思えなかった。


「おいおい……なにかの間違いじゃないか?」


 村人のひとりが、ゴードンによく冷えたビールを出してやりながら言う。


「いや、俺もそう思ったさ……でも、イーストエンド村じゃ、不倫は誰もが知る事実らしいって言うじゃないか……」


 ゴードンの、その言葉に、なおも信じられないという風に言う。


「……で? アイリス様の、不倫の相手の名前は、なんて言うんだ?」


 ゴードンが一息にビールを飲んでから、言った。


「イーストエンド村の、アベルって言う若造らしい……」


 …………………。


 酒場が、静まりかえった。


 やがて、ポツポツと笑い声が漏れ、すぐに酒場全体を揺らすような、大爆笑になった。


「笑い事じゃねぇ!」


 ゴードンが、顔を真っ赤にして怒る。


 村人が、腹を押さえながら、何度もゴードンの肩を叩いて、笑いながら言った。


「そ……そうだな……きっと、アイリス様は、そのアベルって奴に騙されてるんだよ。そこでゴードン? ちょっとイーストエンド村まで行って、そのアベルって奴を殴って来てくれないか? ……アゼル様に、よろしくな」


 村人は、そう言って、もう一度爆笑した。


 ゴードンは、首をかしげながら、イーストエンド村に行く準備を始めた。



 ゴードンは、ほぼ丸1日かけて、イーストエンド村にやって来た。


 そして、身を隠しながら、第3婦人のアイリスと、不倫相手のアベルを捜した。


 そして、昼メシ時……とうとう、アイリスを見つけた。


 赤子である娘のウェンディを抱き、畑で若い男と談笑しながら、サンドイッチを食べている。


 茂みに潜み、観察するゴードン。


 ゴードンは、戸惑っていた。


 アイリス様は、確かに、国を傾けるかと危惧するほどの美少女だった。


 しかし、今、そこに居るアイリス様は、愛の女神かと思うほど、神々しいほど美しく輝いていたのだ。


 アイリス様は、まるで最愛の人に向けるような、(とろ)けるような幸せな顔をしていた。


 これ以上の幸せなんかないという顔だ。


 食べ終わって、ふと、アベルの口にドレッシングが付いているのを見つけたアイリスが、まるでキスをするように、小さく舌を出して、自分の口で、アベルの口に付いたドレッシングを拭き取った。


 間違いなく、不倫現場だ!


「アイリス様! あなたは、アゼル様という、立派な旦那を持ちながら……!」


 ゴードンが、肩を怒らせて茂みから出ていく。


 そこで、不倫相手のアベルから、聞き覚えのある声がかかった。


「……ゴードン? どうしてここに……?」


 声の主に振り返って、ゴードンは、たまげた声を上げた。


「アゼル様! そんな若づくりして、こんなところで畑仕事なんて、どうしただか!?」


 慌てすぎて、方言が出た。


 そこに居たのは、紛れもなく、ラプアシア領地の民全員が敬愛する領主アゼルの姿だった……随分、若く見えるが。


 アゼル(アベル)は……苦笑して、説明をした。


「公にはしてないけど、別に秘密にもしてないんだが……」


 アゼルの説明に、ゴードンは、再びたまげた声を上げた。



 再び、ラプアシア領の、ある村の酒場……。


 旅装のゴードンが、恥ずかしそうに、入って来た。


 それを見た村人が、笑いをこらえた苦笑をして、冷えたビールを勧めて、ゴードンに言った。


「よう? アゼル様は、お元気だったか?」


「知ってたなら、先に言ってくれよ! オラ、えらい恥をかいただよ!」


「悪い悪い、まぁ、百聞は一見に如かずってやつだ。よく分かっただろう?」


「ああ……アゼル様が、同時に何人も自分が居る……神様と同じことが出来る、凄い人だってことが分かっただよ……もう、オラ、ビックリしすぎて、ヘトヘトだぁ」


 そう言って、ゴードンは、ビールを受け取り、一気に飲み干した。


 そして、机に突っ伏す。


「なぁ……アゼル様って、そうじゃないかと、以前から思ってたけんど……やっぱり神様だか?」


 村人は、肩をすくめて言った。


「無から有を造り出すこと(·)出来ないって、おっしゃってたぜ?」


「……つまり、それ以外のことなら、出来るってことだな?」


 村人は、うなずいた。


「アゼル様の同時存在は『アベル』って呼ばれてるんだ、覚えときな。まぁ、なんだ、ドンマイ!」


 酒場に、大きな明るい笑い声が満ちたのだった。

2020年10月12日 アイニスをアイリスに変更しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ