74 閑話 ビーナとタニア、5歳の大冒険
○ ビーナとタニアが5歳になった時の話です。
「タニア~……やめておこうよぉ、怒られちゃうよぉ……」
半分泣きながら、姉のビーナが言った。
姉のビーナは、弱虫泣き虫、内気な女の子だった。
「いい? ビーナ……おとうさまは「子供は執務室に入っちゃダメ」って言ったのよ? それは「入っていいぞ、って言うか入れ」っていうフリに決まってるんだから!」
やんちゃな悪ガキの笑顔でタニアが笑う。元気をラプアシアの領民全てに配っても余るくらいの元気よさだ。
父親であるアゼルや、母親であるキサラ……ギブスンお爺ちゃんや、筋肉さんの居ない隙を狙って、執務室に忍び込む。
……元気なタニアがメソメソ泣くビーナを引きずって部屋に入る。
部屋は、飾りのない落ち着いた実用いっぺん貼りの、硬い印象を受ける内装だった。
でも、タニアにとっては、初めて入った大人の世界……未知の冒険の舞台だった。
机の上の書類を撒き散らし、机の引き出しは、全て、引き出して中身を床にぶちまけ、宝を探す、小さなトレジャーハンター達。
そう、最初こそはタニアを止めようとしていたが、なんのかんの言って、ビーナも好奇心に勝てなかった。
タニアと一緒になって、宝探しに夢中になった。
万年筆を弄って壊し、インク壺を壁に投げつける。
「壁にかけた絵の裏に金庫があるのよね!」
タニアが壁の絵を掴んで引きちぎり床に投げ捨てる。
「なにもないじゃない! おのれ、おとうさまめ! こしゃくなまねを!」
理不尽な怒りを、地団駄踏んで発散する。
ふと……執務室に併設された休憩室の扉が目に入った。
休憩室に踏み込み、いかにも……な、ウォークインクローゼットに忍び込む。
異世界への扉は、衣装棚の中にあると、童話で学んでいた。
果たして、二人は、クローゼットに吊るされた父親の服を全て床に放り出し、その奥に、いかにも、な、扉を見つけた。
二人は、ニヤリ、と、お互いを見つめて笑う。
そして、なんの躊躇もなく、扉をくぐった。
そこは、白を基調とした、清潔感にあふれた空間だった。
そこは、大規模な工場……。
幾人もの昔ロボットや童話に出てくる小人達が働く……。
ビーナとタニアの鼻がヒクヒクする。
その魅惑的な匂いに、輝くような、満面の笑顔になる。
「「お菓子工場だ!」」
おとうさまの秘蔵の、お菓子は、ここで造られてたんだ!
お酒の匂いもする……おとうさまの秘蔵のお酒も、ここで造っているに違いない!
大発見に、ビーナとタニアは、喜びのハイタッチをした。
喜びの舞を、誰にでもなく披露した後、二人は怪盗になった。
工場の生産ラインに忍び寄り、出来立てのお菓子に手を伸ばした。
お菓子を掴み取り、口にして、恍惚の表情を浮かべた時、突然、けたたましい警報が響き渡った。
お菓子の生産をしていた昔ロボットや小人達が、一斉にビーナとタニアに振り返る。
「ドロボウ ヲ ハッケン タイホ シマス」
昔ロボットが、電子音を響かせてしゃべり、腕を振り上げて、押し寄せてくる。
ビーナとタニアは、悲鳴を上げて、逃げ出した。
怖くて、ビーナが、泣き言を言う。
「だから、止めとこうって言ったのに~!」
工場の備品を薙ぎ倒しながら逃げるタニアが言う。
「泣き言なんか言わない! こういう時は、子供らしく……」
「子供らしく?」
タニアが大きな声で言う。
「ガオーって、叫ぶの!」
「「ガオー!!」」
二人の怪獣は、工場の設備を破壊しながら、逃走し、チョコレートの大鍋に落ちたところで捕獲された。
二人は、そのまま……チョコレートでコーティングされたまま……サロンでお茶をするアゼルと母達や姉達の前に晒された。
事情を聞いたキサラとクレアが、怒ろうとした時、その前にアゼルが雷を落とした。
「コラ! ビーナ、タニア! あの部屋には入っちゃダメって言っただろう!」
ビーナとタニアは、まるで雷に打たれたように、体を硬直させた。
まるで千尋の谷に突き落とされるかのような、命の危険すら感じるような恐怖に涙が浮かんだ。
だって、おとうさまに嫌われて捨てられたら、生きていけない。
二人の恐怖に震える表情に同情し、泣きそうなほど可哀想になって、キサラとクレアは、怒りを、飲み込んだ。
アゼルは、厳しい表情を、少し緩めて、ビーナとタニアに聞いた。膝を折って目線を合わせて。
「……それで、どうして、言いつけを破ってしまったんだい? 怒らないから言ってくれるかい?」
アゼルが聞くと、ビーナとタニアが、泣きながら、訳を話した。
それを、じっと聞いてから、アゼルは、それがどうして悪いか、丁寧に教えた。
ビーナとタニアが、納得して、深く反省して「ごめんなさい」と謝罪した時、アゼルは、二人を、優しく包み込むように抱き締めた。
「大丈夫。パパもママ達も……お姉さん達も、ビーナとタニアのことが、大好きだよ」
「「「もちろんだよ! ビーナ、タニア、愛してる」」」
キサラが……クレアが、アリスがイリス、エミリーが、次々にビーナとタニアを抱き締めてキスをする。
「「「もちろん、お姉さん達も大好きよ」」」
カレラが……オードリーが、ウェンディが、ビーナとタニアにキスをする。
その愛が溢れるような優しいキスは、チョコレートの味がした。
○ 閑話 幼き日のビーナとタニアの恋人、アーサーとトール
「「あの……アーサー様、トール様。理想の女性っていますか?」」
「ビーナ」「タニア」
「「私達以外で」」
アーサーが答えた。
「キサラ様」
トールが答えた。
「クレア様」
ビーナは、キサラおかあさまみたいな女性になろうと……タニアは、クレアおかあさまみたいな女性になろうと、幼い心に誓ったのだった。




