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70 閑話 奴隷になったバーグ

○ 魔王が復活した頃の話です。


 ボク……バーグ7歳の男の子は、不潔な床の上で、目を覚ました。


 ラプアシアで、学校の帰り道……。


 ボクに構いすぎるミーシャねえさんから逃げ出して、裏路地に入った時、冒険者風の魔導師に襲われたのだ。


 気を失って、気づけば、見知らぬ天上を見上げていた。


 チャリ……。


 首に、禍々しい力を秘めた首輪がされている。


 これは……!


 スピアおにいちゃんに聞いたことがある。


 これは『隷属の首輪』だ!


 これの発明によって、人界の貴族が腐ったと、スピアおにいちゃんが、憎々しげに吐き捨てていた。


 これによって、平民を従えるのに、信頼も法律も金も必要なくなった。


 ただ、法外な税金を課して、合法的に奴隷に落とし、強制労働させればよくなったからだ。


 この首輪を着けられた者は、主人に逆らえなくなる。「死ね」と言われれば死ぬくらい。


 部屋は鉄格子のはめられた牢屋だった。


 片隅に排泄物を入れる汚れた壺が置かれているだけ。


 部屋には、ボク以外にも、何人か、ボクと同じくらいの子供が居て、身を寄せあって、震えていた。


 そこに、乱暴にドアの開く音がして、恐い大男が鞭を持って入って来た。


「さっそく仕事だ。早く出ろ!」


 大男は、鞭で子供達を乱暴に叩き、牢屋から追い出す。


 バーグも、鞭を打ち付けられて、追い出された。


 疑問を口にしようとすると、隷属の首輪が締まった。


 声を出すどころか、息すら出来ず、苦痛で地面をのたうった。


 大男は、容赦なく、そんなバーグを鞭で打ちすえた。



 仕事は、ある城塞都市のスラムの開墾だった。


 スラムにあるボロ小屋を解体し、そこに、畑を作るのだ。


 魔物が活性化し、城塞都市の外では生活が出来なくなった。


 限界まで避難民を受け入れた領主は、スラムを開墾して畑を作り、そこで作物を育てて、なんとか市民を養おうとしていた。


 ここの領主は良心的(?)で、市民を奴隷にはしなかったが、外部から奴隷を購入し、過酷な開墾の労働に充てていたのだ。


 バーグは、そんな外部から購入された奴隷だった。


 奴隷に期待された労働は、実は、畑の開墾ではない。スラムの小屋を解体した時に出る、廃材を城壁の外に捨てる仕事だ。


 バーグ達は、その廃材を城壁の外に捨てる仕事をさせられた。


 魔物の姿が見えない内に、城壁を出て、廃材を捨てて来る。


 しかし、狡猾な魔物は、廃材捨て場に、身を潜めていた。


 廃材を投げ捨てて、一斉に逃げ出すバーグ達。


 背中に魔物の爪をくらいながら、必死で逃げる。


 城門の前に来て、何人かは中に入れてもらえる。そう……何人かは……逃げ遅れて、魔物の餌食になった子供達も居たのだ。


 バーグは、幸運(?)にも、逃げきれた。


 傷だらけで、部屋に戻り、不潔な床に、身を投げ捨てるように眠る。


 その夜、傷が熱を持ち、高熱にうなされた。


 誰も、助けてはくれなかった。


 朝……薄いラプアスの粥を飲まされた。皮肉にも、それで体調が戻った。


 イスカリーナかあさんや、リンドにいちゃん、ミーシャねえさん……兄姉達の顔が浮かんだ。


 ……帰りたい。


 バーグは、望郷の念に泣いた。


 消費した奴隷は、即座に補充された。


 こうして、バーグの奴隷生活が始まった。


 この地獄のような生活が何日も続いた。


 風呂なんか一度も入っていない。


 不潔が理由で、病気に罹り、死ぬ奴隷も多くいた。満足に治療されない傷口から病原菌が入るのだ。


 食事は、朝に一度、薄いラプアスの粥を食べるだけ。昼食はもちろん、夕食もない。


 仕事は、朝日が出てから、夕日が沈むまで。


 逃げようと思うだけで、隷属の首輪が締まった。


 少し休憩するだけでも、隷属の首輪が締まった。


 バーグから表情は消え、まるで亡者のように働いた。


 ……ああ……ボク……死ぬんだ……。


 体力も精神力も限界を迎えた時、胸にラプアシア領の紋章が光り始めた。


 そのことは、奴隷の主人に伝わり、主人から領主に伝わり、役人が慌てて確かめに来た。


 バーグの胸に光る紋章を確認して、役人は真っ青になって、領主に報告した。その報告を聞いた領主は卒倒した。


 どこからか、その情報を聞き付けたラプアシア領が、領主に宣戦布告をして、全軍を持って、進軍を始めた。


「ラプアシア領の領民を拐い、奴隷にしている」


 と、言って……。


 バーグは、隷属の首輪を外され、傷は神聖魔法で治され、領主の城に丁重に迎えられ、まず、風呂に入れられた。


 下男が何人も集まり湯船を運び、貴重な薪を消費して、何人ものメイドが湯を沸かし、厨房から木の桶に入れて、まるで行列を作って、湯船に運び、何人もの美しい侍女達がかしずいて、バーグの体を洗う。


 風呂から上がると、上質の貴族服を着せられた。夕食には、豪華な晩餐が用意されていた。


 貴重な家畜を潰して、貴重な香辛料を、ふんだんに使った料理だ。


 菓子も出た。砂糖の塊のような、強烈な甘さの菓子だ。


 それを大量に食べさせられ、満腹になると、寝所に案内された。王公貴族が使うような、豪華な部屋だ。


 バーグは、落ち着かなく、ベッドに座り、ソワソワしていると、薄着の美少女が「失礼します」と言って入って来た。領主の四女と紹介された、バーグより4歳歳上の少女だ。


 目を白黒させるバーグに「夜伽に参りました」と言って、バーグの目の前で、恥じらいながら、服を脱いだ。


「ちょっ……ちょっと待って! ボクには、まだ、早いよ!」


 激しく拒絶するバーグに、少女は見る間に涙目になり、泣き崩れた。


「お願いします……こうしなくては、我が領地が滅びます……おとうさまも、おかあさまも……おねえさまもおにいさまも、殺されてしまいます……どうか……後生です……!」


 バーグは、なんとか四女……マリアを宥め、話を聞いた。


 ラプアシア領の軍がこの領地に進軍を始めたこと。


 ラプアシア領からの食糧支援で、なんとかこの領地が保っていること。


 マリアは、ラプアシア領と敵対して、生きては行けない現状を、涙ながらに、訴えた。


「それで、こんなことしたんだ……マリアさん……こんなことしたら、お嫁さんに行けなくなるよ……?」


「覚悟の上です! おとうさまとおかあさま……おねえさまやおにいさまの命に比べたら、安いものです!」


 バーグは、子供らしい優しさで、マリアに言った。


「アゼル様は……ラプアシアの領主様は、お優しい方だから、大丈夫だよ。ホラ、ボクも一緒にお願いして上げるから……ね?」


 その優しさに、マリアは感動して言った。


「では、私と裸で同衾していただけますか……?」


「うん……エッチなことはまだ出来ないけど、既成事実が欲しいでしょ?」


「はい! ……あの……私……初めてですので、優しくして頂けると助かります……」


「だから、まだ、エッチなことはできないってばぁ!」



 城塞都市を睨むように、ラプアシアの軍が布陣していた。この城塞都市くらいなら、あっという間に蹂躙してしまうだろう、圧倒的な戦力だった。


 その軍勢の前に、領主が武器を持たず小数の家臣を連れてやって来た……死を覚悟して。


 ラプアシア領主アゼル男爵にお目通りが叶い、アゼルの前にやや健康を取り戻したバーグを、その配偶者として、既成事実を作った四女のマリアを添えて返した。


 加えるのは、奴隷の主人と、奴隷商人の首。そして、ありったけの財宝を差し出した。


 その上で領主が「この私の首で、お許し下さい」と、平伏した。


 その後、戦場の天幕で、この騒動の落とし所について、日をまたいで話し合われたのだった。



 結果から言うと、戦争は回避され、領主の命は助かった。


 奴隷商人を断罪したため、領地では奴隷が使えなくなった。


 不足した労働力は、なぜか、エルフの王国から、自動人形が貸与された。料金は、ある時払いの催促なしで。


 ラプアシアからの食糧支援は、変わらず継続された。バーグがラプアシア領の領主であるアゼル男爵の……名ばかりだが……養子となり、そのバーグに、領主の四女が嫁いだからである。


 この騒動は、あっという間に王国中に広がり、奴隷商人達は、ラプアシア領地の領民を奴隷にすることを忌避するようになった。


 ラプアシア領地の領民を奴隷にしたがために、奴隷商人は殺され、奴隷の主人も殺された。その上、ひとつの領地で奴隷の売買が出来なくなったのである。あまりにも大きすぎる損害だった。


 バーグは、名ばかりとは言え、領主の養子になったため、ギブスンとマーサの元で、厳しい行儀見習いの修行を始めた。


 それを支える、妻マリアとの仲は……微笑ましいと、好評を得ている。

2020年10月22日 時系列が間違っていました。魔物が活性化してきた頃の話ではなく、魔王が復活した頃の話です。謝罪します。

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