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69 閑話 タニアの記憶

○ タニアが大きくなった頃の話です。


 幼い日の記憶に、満面に笑みを浮かべて、お菓子をつくる父の顔……。


「おとうさま、どうして、そんなに、嬉しそうな顔で、お菓子を作るの?」


 私の素朴な質問に、おとうさまは、恥ずかしそうに答えてくれた。


「お菓子を作っているとね、おかあさま達の、可愛い笑顔が目に浮かぶからだよ」


 そう言って、本当に幸せそうに、笑いました。


 そんな、おとうさまを見て、私は幼心に「私は、大きくなったら、お菓子を作る人……パティシエになりたい」と、思いました。


 私は、おとうさまの元で、パティシエになる修行に励みました。



 そして、大人になって……すみません、まだ11歳です。でもユーフォリアでは、子供が産める体になったら、女の子は大人扱いです。だから、大人でいいのです。ああ……早く、トール様の赤ちゃんが産みたいです。


 私は、お茶会のスイーツを作りながら思います。


 私達、ビーナとタニアの姉妹は、妊娠が難しいのです。


 私達は、長命種……しかも、恥ずかしながら……神です。


 正確には、古の神の先祖帰り……。ビーナと二人で、力を合わせて、無からラプアスの種を、一粒、造り出したことで、神の定義に合致しました。


 不思議なことに、ラプアシアには無が豊富にあったのです。本当に、なぜでしょう?


 ユーフォリアには、神が実在し、明確な神の定義があります。それが『無から有を造り出す』です。


 神の定義を満たした時、いくつもの知識が思い出されました。


 それは、神に到達した者にインストールされる知識でした。


 どうやら、ユーフォリアの神々は『人神』と呼ばれる種類の神だったようです。


 人々の信仰心から神力を吸い取って、奇跡を行使する存在です。


 神々の中では、動物神の一種に過ぎない、猿神の亜種です。


 残念ながら、神々の業界では、一段低く見られます。


 人が世界を包んでいるのではなく、世界が人を包んでいるからです。


 私は闇の神……ビーナは光の神ですが、私達は、闇や光といった存在の持つ精神から、直接、神力を受け取れます。そこに『人々の信仰心』という媒介を必要としないのです。


 神は……万物に宿る精神を自分自身の力に出来る。闇の神が居なければ、闇という存在の精神が、暗くなることが良いことだと思えなくなり、闇という存在が、暗くならなくなる。闇の神は、闇という存在に、暗くなることが良いことだと教えることで、対価として、闇という存在の精神から神力をもらっています。代わりに闇の神は、闇という存在の精神を詳しく知る。これが信仰。私達、ビーナとタニアは、光と闇の存在の精神から信仰心を集めることが出来るのです。


 最も……私もビーナも、まだまだ魂の器が小さく、おとうさまの魂の器の空きスペース……アベルのゼロ……を間借りしている現状ですが……。おとうさまは「ゆっくり成長していけばいいんだよ。愛してるよ……ビーナ、タニア」と言って下さいます。おとうさま、愛しています。


 そうそう、ユーフォリアの神々と言えば、神としての位階が下がり過ぎて、もうすぐ、ユーフォリアより下位の次元に堕ちるそうですが、大丈夫でしょうか? 王様が家畜小屋に住むようなものです。傍若無人……傲慢に振る舞ってきた神々にとっては、死ぬよりも辛いことではないでしょうか?


 実は、これは、私達にとっても、他人事ではないのです。


 神の死……夜……夜の海の竜を復活させなくては、これが、私達にも……遠い未来にですが……確実に起こります。闇は夜ではないのです。夜という死を亡くして、神という存在が軽薄な……薄っぺらい嘘になりました。死は真に通じるのですから。


 私達……ビーナとタニアは、おとうさまに泣きつきました「墜ちたくない」と……。


 私達は、このラプアシアで、天国のような生活をしています。今さら、家畜のような生活を送れるハズがないのです。


 神の死……夜の海の竜を復活させなくては、これが確実に起こります。


 おとうさまは、笑顔で「お父さんとお母さん達で、なんとかするよ」と言って、おかあさま達を連れて、夜を復活させるために、旅立たれました……おかあさま達が強引に付いて行った……が、正確ですが……きっと、なんとかしてくださいます。


 おっと、思い出に浸っている内に、お菓子が出来ました。


「タニア、こっちもおっけーだよ!」


 キッチンで軽食を作っていた姉のビーナも、そう言います。


 ちなみに、ビーナは、シェフになりました。


 雑味の強いラプアスの、味を整えて極上の美味にしてしまう天才シェフです。


 おとうさまが、おかあさま達に、料理を振る舞っているところを見て、志したそうです。


 やはり、おとうさまの影響は、絶大です。



 私達は、お茶会のスイーツと軽食を時間停止機能付きの保管庫に入れて、予定の村落に向かいます。


 ビーナが愛するアーサー様と、私が愛するトール様も一緒です。


 アーサー様は、政治を運営する議会の議長であるカイル様の息子です。


 トール様は、同じく議会の副議長のスピア様の息子です。


 私達の記憶にはないのですが、産まれてすぐに、アーサー様はビーナに……トール様は、私……タニアに、プロポーズしたらしいのです。


 嬉しいです。運命の人です。


 ラプアシアは、ある時期から、議員制の政治形態に移行しました。おとうさまは、象徴という形で、残されたそうです。まるで神様のような扱いです。


 私達が、村落にお茶会に行くのは、精神の精霊から、たれ込みがあったからです。


「精神的、肉体的に、疲労してきてる村人が居る」と……。


 だから、私達が、こうやって、体や心を壊す前に、休養と栄養の補充に、お茶会という名目で、村落を訪れます。


 私達は、村落を訪れ、お茶会をセッティングします。


 村落において、私達は『ひさしぶりに来てくれた娘か孫』というポジションです。


 いっぱい、ビーナの軽食を食べて、私が作ったお菓子を食べていただきます。


 実は、これ、体力と精神力を回復させる神力を込めてます。


 ある程度、場が和んだところで、男性と女性に別れて、お話します。


 そこで、私達は『お姉さま方の、いいオモチャ』というポジションです。


 アーサー様やトール様との仲を、根掘り葉掘り聞かれて、からかわれます。


 助けて、トール様!


 社交好きのビーナは、軽くかわして、楽しそうに会話を楽しんでいます。凄いです。


 悪くないのです……悪くないのですよ? でも……恥ずかしい……。


 私は村落を染める夕日より赤くなって、うつむきました。

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