67 閑話 ヴァンパイア真祖討伐
○ バジリスク討伐の後、しばらく経ってからの話です。
ヴァンパイアの真祖を相手に、イリスが倒れ、エミリーも虫の息だ。アリスもキサラも地に伏して、生きているか死んでいるかさえ分からない。
追いつめられたクレアが、挽回の機会を探る。
みんなを回復させようにも、無限と思われた魔力が、枯渇している。
傷口を押さえて、出血を止めようとするが、止めきれず、流れる血が体温を奪っていく。
貴族然とした青年の姿をしたヴァンパイアの真祖は、悠然とクレアに向かって歩いて来る。
手には、血で出来た剣を持っている。
イリスもエミリーも、キサラもアリスも、あの剣に切り刻まれた。
……次は、私の番だ。
後ろに下がったクレアの背中が、壁にぶつかった。
もう、後がない。
剣を振り上げる真祖。固く目を瞑り、身をすくめるクレア。
そのクレアの口に、愛しい人の名前が、突いて出た。
「アゼル様!」
剣は、振り下ろされた。
○
人界の王国から、Sランクパーティー『精霊王の妻達』に緊急依頼が来た。
ヴァンパイアに占領された、ハイドン子爵領の奪還である。
魔王の軍勢と小競り合いを続ける王国の、ハイドン子爵領にヴァンパイアが現れ、瞬く間に領地に住む人間をヴァンパイアに変えてしまった。
ヴァンパイアに血を吸われた者は、ヴァンパイアになるのだ。
悪いことに、ハイドン子爵領は、位置的に、王都を挟み、魔王の軍勢の反対側にあって、王国の軍勢の背後を取る形になる。
緊急に、ヴァンパイア討伐の組織が編成された。
王国の軍勢の一部が、ハイドン子爵領に攻め込み、その混乱の隙を突いて、少数精鋭で、元凶であるヴァンパイアの真祖を討つ。
そういう作戦だ。
その少数精鋭に『精霊王の妻達』が選ばれた。
心配で泣いて止めるアベルを説得して、今回もアベルの妻達は、討伐の依頼を受けて、ヴァンパイアの真祖の討伐に、ハイドン子爵領にやって来た。
討伐は、一方的だった。
クレアが子爵領に足を踏み入れた途端、ヴァンパイアと化した人々は浄化され人間に戻り、領主の城に陣取ったヴァンパイアの真祖も、一撃でイリスに喰い殺された。
簡単な仕事だった。
クレアとイリス以外の妻達の出番さえなかった。
王都に凱旋しようとした時……。
「どこに行こうというのかね?」
ヴァンパイアの真祖の声が聞こえた。
振り返ると、そこに、何事もなかったかのように、ヴァンパイアの真祖が立っていた。
「驚いたかね? いくら無知な者でも、ヴァンパイアの不死性くらい知っているだろう」
なお不思議そうにするアベルの妻達に、ヴァンパイアが、わざわざ種明かしをしてくれた。
「私は、肉の種というものを、地面に無数に埋めていて、私が死ぬとそれが発芽して、私自身になる……いくら死んでも瞬時に復活するのだよ。それに加え……」
そして、鷹揚に腕を振る。すると、地面から次々に、ヴァンパイアの真祖が無数に現れた。
「これが全員、私だよ。私は、神のように、同時に何人も自分が存在するのだ」
ヴァンパイアの真祖が、無数にキサラ達に襲いかかる。
キサラ達は、戦った。
日が暮れ、夜が明け、また日が暮れても戦った。
そして、3日目の晩。
イリスが倒れた。
4日目の朝に、エミリーも倒れた。
そこからは早かった。
キサラが倒れ、アリスも倒れた。
そして、追いつめられたクレアも、風前の灯火だった。
「アゼル様!」
クレアが、最期に、愛しい人の名前を呼んだ。
○
真祖が振り下ろした剣が、クレアを殺害する寸前で止まった。
真祖は、視線を感じた。
魂の奥底すら見透す視線だった。
真祖の長い生においても、このような視線を感じたことはなかった。
……神々さえ、このような力を持った視線は持っていまい。
真祖は、戦慄して、視線の元を探った。
そして、さらに戦慄した。
視線の元は、万物。
万物に宿る精霊のものだった。
神々にさえ匹敵する力を持った真祖でさえ、万物を敵に回す覚悟はなかった。
真祖は、宇宙の全てに圧し掛かられて、生存できると思うほど自信家ではなかったのだ。
魔の前に神があり、神の前に竜がある。そしてさらに、竜の前に精霊がある。
知の前に欲があり、欲の前に命があり、命の前に存在があるように……。
当たり前は、気にすることが出来ないが、気にしなくても、存在は存在する。そして同時に、万物に宿る精霊も……。
存在に背いて、存在しようとするほど、真祖は、愚かではなかった。
存在に背いて、奪われるのは、命や魂どころではない。奪われるのは『全て』だ。
命や魂ですら、自分の全てではないのだから。
「話し合おう……」
真祖は、武器を捨て、両手を挙げて、降伏の意思を示した。
○
満身創痍のクレアの前で、真祖は、空中に向かって交渉を行い、交渉が終わると、霧になって立ち去った。
こうして、ハイドン子爵領の危機は去った。
クレアは、魔力の回復を待って、キサラ達の傷を癒し、復活させ、王都に帰還した。
ヴァンパイアの真祖の討伐は出来ず、追い払うに留めたことで、王国は、報酬を出し渋った。
キサラ達も、なぜ、自分達が生き残れたかも分からずにいたので、強くは求められなかった。
結局、必要経費だけが支払われ、肩を落としてラプアシア……アゼルの元に帰った。
「よくぞ、生きて帰ってくれた! ありがとう!」
アゼルは、気落ちする妻達を、泣いて抱きしめ、喜んだ。
「私達……依頼を失敗したんだよ?」
どこかしょんぼりした妻達に、アゼルは言った。
「無事に帰って来てねっていう、ボクのお願いを叶えてくれた。それがボクにとっては、最高に嬉しい! ありがとう……本当にありがとう……」
そう言って泣くアゼルを、妻達全員が抱きしめて慰めたのだった。
○
「「「罰を与えて下さい」」」
声を揃えて懇願する妻達に、アベルは困って、
「じゃあ、お酒を酌してよ」
というアゼルに、妻達はかしずいて、杯にお酒を注いだ。
アゼルは、キサラ達が、無事に帰って来てくれたことが本当に嬉しくて、気落ちする妻達に、申し訳なくしながらも、祝いの酒を飲んだ。
自分達の笑顔だけでなく、金貨という実利的なものを貢ぎたい妻達は、複雑な気持ちになった。
でも、本当に嬉しくて喜んでくれるアゼルに……申し訳なくも、嬉しい気持ちでいっぱいだった。
○
アゼルは、思った。
本当は分かっているんだ。
ボクは過保護だから、妻達が冒険に行くくらいが、ちょうどいいって。
でも、分かってさえいれば、心配しないかと言えば、そうではない。
やっぱり、心配なものは、心配以外の何物でもない。
妻達を冒険に送り出し、ボクは心配しよう。
そして、ピンチの時は、ちょっと、手を出そう。
妻達には、内緒で……ね。
2020年8月15日 誤字修正。




