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65 閑話 ラプアシア領の危機

○ 54 執政官キサラと普通の村の後くらいの話です。


「よう、お前ら、領地が欲しくないか?」


 イーステリアで、最大級の規模を誇る冒険者クラン『モヒカンズ』のリーダー、ボブが手下に言った。


 モヒカンズは、冒険者の中でも、特に素行に問題のある、粗暴な者達の集まりだ。……ザコが群れているとも言う。


「どうするんだ? ボス」


 側近のひとりが問いかける。


「近々、イーステリアで、増えすぎたゴブリンどもが、軍勢になって攻めてくる。その時、俺達が居ないと、イーステリア辺境伯爵は、どうする?」


 ニヤニヤと(いや)らしい、汚い笑みを浮かべてボブが言う。


 それに、側近が、ない頭をひねって考えを述べた。


「そりゃあ……どこかに援軍を求めるんじゃないんすか?」


「それは、どこだ?」


「どこって、そりゃあ、ラプアシアでしょう……あっ」


 側近の気付きの声に、ボブは汚い笑みを深めた。


「そうさ、イーステリアに援軍に行って、手薄になったラプアシアを、俺達で征服するのさ。あの裕福なラプアシア領の全てが俺達のものになるんだぜ? どうする?」


 側近は、ボブと同じように、汚い笑みを浮かべて、答えた。


「そりゃあ、やるに決まってるでしょう? なあ、お前ら!」


 聞いていた手下達、全員が、汚く笑い、威勢よく声を上げた。


「「「もちろんだ、やってやるぜ! ヒャッハー!」」」



 ラプアシアの領主アゼルが、援軍として、戦力を率いてイーステリアに向かった後日。


 隠れ里に住む歌姫リンメイが、アクセサリーの露店販売を終えて、カフェのテラスで、夫のバースリーと一緒に、お茶を飲み、幸せそうな顔で、スィーツを食べていた。


 夫であるバースリーが、休憩時間を合わせてくれたのだ。


 永遠に続くかと思われた、この幸せな時間は、しかし、突然の喧騒に乱された。


「「「ヒャッハー! 金は奪え! 女は犯せ! 男は皆殺しにしろ!」」」


 そう喚き散らし、モヒカンの冒険者風の男達が武器を振り回し襲いかかって来たのだ。


 見ると、それはこのカフェだけではない、街の至るところで、見られた。


 聖霊達の誘導で、近くの建物に逃げ込む領民達……。


 建物の入り口で、防衛する聖霊達……。


 暴力で破壊される露店と商品……。


 リンメイは、楽器を取り出し、高らかに、味方全員……アゼリアに居る領民全員が、竜にすら立ち向かえるほどの勇気を与える歌を歌い出した。


 そのリンメイに、モヒカンが襲いかかって来る。


「ホワチャ!」


 バースリーが、奇声を発し、振り下ろされる斧の一撃を蹴りで弾き飛ばし、鋼のような拳を、モヒカンの冒険者に叩き込んだ。


 モヒカンの冒険者は、錐揉みしながら空を舞い、吹き飛ばされる。


「リンメイには、指一本、触れさせん!」


 バースリーは、伝説の暗殺拳の構えを取って、暴漢達の前に立ちはだかった。



 その頃……ラプアシア領の普通の領民ジョージは、数人の村人と、娘のアイニスを連れて、アゼリアにラプアスの納品に来ていた。


 納品が終わると、娘とデート……カフェでスィーツを食べる約束だった。


 そこに罵声が上がり、破壊音が響いた。


「「「クソまっずい(オーク)のエサなんか運んでんじゃねえよ!」」」


 数人のモヒカンの冒険者風の男達が、ラプアスを載せた馬車を破壊して、ひっくり返したのだ。


 地面に広がるラプアスの黄金の穂……それを男達が踏みにじる。


 ブチッ


 ジョージと村人達の、頭の血管がキレる音がした。


 ジョージが、地獄の底を這うような、低い声で、呟くように、村人達に言った。


「おい……領主様に……アゼル様に献上する、俺達のラプアスが、オークのエサだとよ……これが許せるか……?」


 村人のひとりが、今にも爆発しそうな怒りに震える声で答える。


「おいおい……踏んでくれたぜ……踏みにじってくれたぜ……俺達の……家族の命を救ってくれたラプアスをよ……これが許せるっていうのか……?」


「アイニスは、近くの建物に避難しろ……」


「お父さんは、どうするの……?」


 歌が聞こえた。その勇気をくれる歌に、ジョージ達は、奮い立った。


「「「許せるかーっ! やってやるぜ!」」」


 ジョージ達は、拳を振り上げて、暴漢達に飛びかかった。



 ミーシャは、治療院の奥で、イスカリーナに抱きしめられて、怯えに震えていた。


 その時。治療院の入り口が開いて、兄であるリンドが、弟妹達を連れて、飛び込んで来た。


「ミーシャ! イスカリーナかあさん、大丈夫か?!」


 手には、訓練用の木剣を持っている。額には血が流れていた。


 ミーシャは、泣きながらリンドにすがり付き、イスカリーナは、神聖魔法で、リンドの傷を癒した。


 泣き震えるミーシャを、力強い瞳で見つめ、リンドが言った。


「ミーシャは……家族のみんなは、俺が守る! だから、ミーシャは泣かなくていい」


 そう言って、入り口を出て、入り口を守る聖霊達と一緒に、暴漢達と戦い始めた。


 リンドの名前を叫び、追いすがろうとするミーシャを、弟妹とイスカリーナが、必死で止めた。



 暴漢達の攻撃に、ジョージ達が、血溜まりに沈んだ。


 バースリーが、暴漢達に囲まれて、めった刺しにされ、地に伏した。


 リンドが、血まみれになって、膝を折った。


 リンメイは、喉を痛め、血を吐きながら、それでも信じて歌った。



 ジョージ達を、血の海に沈めたモヒカン達は、しかし、ジョージ達の、包囲を解かなかった。


 どこか恐れの見える目で、ジョージ達を見ていた。


 モヒカン達は、過去に村を襲い、非道にも、証拠も残さず皆殺しにしたことがある。


 当然、その時に、村人を切り殺した。


 その時の感触と、今回のものが、まったく違ったのだ。


 なんだ、こいつら、服の下に、竜の鱗で作った鎧でも着込んでいるのか?


 果たして……。


 ジョージ達は、立ち上がった。


 傷は浅く、致命傷には程遠い。


 暴漢達が、ジョージ達の背後に、神々さえ喰い殺しそうな、竜の幻影を見る。


 その時。


 ジョージ達の、耳元で、風が(ささや)いた。


『全員で1人を襲い、武器を奪え。まず、右端の男だ』


 それは、開拓民や避難民達の相談役であるカイルの声だった。


 ジョージ達は、その声に従って、武器を奪い取った。


 風の囁きに乗って、聞こえて来るカイルの声に従って、次々に武器を奪い取り、反撃に転じて行く。


 カイルの声は、巧みに村人を、勝利に導いた。


 カイルの声を聞いたのは、ジョージ達だけじゃない。


 アゼリアの、あらゆる場所で戦う領民達に、声が届いた。


『ラプアシアは、ラプアシアに住む、私達で守る! みんな、力を貸してくれ!』


 カイルの呼び声に、領民全員が奮い起った。


 男も女も、武器を持って、戦った。


 愛する人達を守るために……愛するラプアシアを守るために。豊かな生活を与えてくれた領主であるアゼル様に、恩返しするために。



 アゼリアの中でも、大きな会議場。


 その会議場の空中に、アゼリアのあらゆる場所が映し出されていた。


 カイルの妻であるエルフの王女ソフィアの天目という魔法だ。


 会議場の中心に立つカイルが、その映像によって戦況を判断し、同じくソフィアの魔法である風の囁きによって、アゼリアのあらゆる場所に居る領民に指示を出す。


 領民達は、まるで竜の騎士のように、勇敢に戦った。


 自分達が愛するラプアシアの為に……。


 ふと……ある画面を見て、隣に立つ親友を呼ぶ。


「スピア、これを見てくれ」


 カイルの声に、隣でサポートをしていたスピアが、画面を覗き込む。


「第3学区の生徒達か……入り口を突破されて、裏口から逃げ出したんだな」


「助けに行ってくれないか?」


「もちろんだ! 行くぜ、シズリ!」


 スピアは、相棒のシズリを(ともな)って、集会場を飛び出した。


 現場に急行し、暴漢達に襲われる寸前に、スピア達が、助けに入る。


 戦力差があるものの、いつもなら、楽勝のハズだった。


 しかし、シズリの動きが、おかしかった。


 ちょっとの攻撃を大きく避けたり、敵に対して踏み込みが浅かったり……。


「どうした、シズリ?!」


 心配して、スピアが声をかけると、小さな声で、申し訳なさそうに答えた。


「……が出来たの」


「えっ?! なんだって?」


 スピアの声に、シズリはハッキリと言った。


「赤ちゃんが出来たの」


「!」


 スピアは、驚きに、表情を目まぐるしく変化させ、シズリの前に立ち、防戦一方になった。


 スピアは、鬼神のように戦い、シズリを守った。


 しかし、暴漢達は、数だけは多かった。


 ついにスピアの横をすり抜け、暴漢の1人がシズリに迫った!


 シズリがお腹を庇ってうずくまった時、暴漢とシズリの間に、人影が割って入った。


 人影は、一瞬で暴漢を叩き伏せ、シズリに振り返る。


 その顔を見て、シズリが声を上げた。


「シズラ!」


 それは、ラプアシアの辺境の村に行った、姉の姿だった。


「緊急事態の連絡を受けて、駆けつけました。シズリ……あなたが……あなたと、あなたの子が死ぬことは許しません。あなた達は、私達、立体映像の希望なのだから」


 そう言って、シズラは暴漢達を、舞うように叩き伏せて行く。


「ここは、私に任せて、子供達を安全な場所に」


 シズリ達が立ち去ったのを見て、シズラが暴漢達に振り返り、不敵に笑う。そして言った。


「希望を得た私達……立体映像は強いですよ? それを恐れぬなら、かかって来なさい!」


 アゼリアの路地に、シズラが舞い、暴漢達を、なぎ払った。



 歌うリンメイを囲ったモヒカン達が、一斉に襲いかかろうとした。


 その包囲の輪が割れて、モヒカン達とリンメイとの間に4人の冒険者達が、立ちはだかった。


「間に合ったぜ!」


 全力で走って駆けつけたリーダーの剣士ジーンが声を上げる。


「もう二度と、リンメイを失ったりなんかしないんだから!」


 ナイフを構えて、勇ましく斥候のリラが()える。


「ワシらの仲間(宝物)を奪おうなんざ……命が要らんようじゃのぉ……」


 強靭な意思を秘めた瞳で、ドワーフの戦士ゴルバドがモヒカン達を(おど)す。


「ほら、バースリーの旦那も、死んだフリなんかしてないで、一緒に戦おう」


 杖を構えて周囲を威嚇して、魔法使いナタリーが言う。


「ふははっ! やられたフリをして、不意討ちをしようと思っていたのだが、台無しではないか」


 ムクリと、何事もなかったかのように、立ち上がるバースリー。


「ぬぅん!」


 バースリーが力を込めると、膨れ上がった筋肉が、ビリビリに破れた服を吹き飛ばす。


「我が文官神拳の奥義を見せてやろう……かかってくるがいい!」


 バースリーは、ポーズを取って筋肉を主張し、言い放った。



 治療魔法の使えるミーシャ達の元に、何人もの怪我人が運び込まれた。


 怪我人達は、ミーシャ達に治療されると、勇ましく声を上げ、誰の例外もなく、再び戦場に戻っていった。


 今、目の前に、傷だらけになった、大好きなリンドお兄ちゃんが運び込まれた。


 必死になって、ラプアシアの神様……竜に祈る。


 光に包まれて、傷が癒えると、リンドは再び立ち上がって、戦場に戻ろうとした。


 ミーシャは、泣いてすがって、リンドを止めた。


「やめて! 死んじゃう……リンドお兄ちゃんが、死んじゃうよぉ」


 リンドは、子供の駄々に、困った顔をした。


 歳不相応の、大人びた顔だった。


「ミーシャ……じゃあ、絶対に、無事に帰って来る約束をしよう」


「約束……?」


 ミーシャは、泣き止んで、顔を上げた。


「無事に帰って来たら、俺はミーシャにプロポーズをする。だから、絶対に帰って来る!」


 ミーシャは、その言葉の意味を飲み込むと、次第に真っ赤になって、壊れたレコードのように「プロポーズ……プロポーズ……」と繰り返した。


 リンドは、そんなミーシャの額にキスをして、木剣を持って、戦場に駆けて行った。



 ジョージ達に押され、敗色の濃くなった暴漢達が、「人質だ! さっきの娘を家から引きずり出せ!」と言って、聖霊の守りをすり抜けて、家の中に踏み込んだ。


 その途端、暴漢の頭に、撲殺僧侶もかくやという、フライパンの一撃が襲った。


「冒険者ごときが、ラプアシアの女を、バカにするんじゃないわよ!」


 意識が飛ぶ寸前に、暴漢は、そんなアイニスの声を聞いた。



 領主の城は、モヒカンズのボスであるボブが率いる軍勢に攻め込まれた。


 驚くことに、近衛兵が、城門を開けた。


 不思議に思いながらも、喜び勇んで城に入って行くボブ達。


 それを横目に見ながら、近衛の副隊長が、隊長に聞いた。


「いいのですか?」


「いいんだよ、城の中の人達の避難は完了した。なら、この城には、俺達が守るものは、なにもない」


「財宝が残されています!」


 隊長は、笑って言った。


「ここの領主様が、一番大切にしている宝物はなんだ?」


 副隊長が、ハッとして答えた。


「領民達の、幸せな笑顔です……」


「分かってんならいいんだ。ホラ、俺達も、街に降りて領民を守るぞ」


「はっ! 命をかけて守ります!」


 生真面目な副隊長に、隊長は苦笑した。



 城に侵入したボブ達は、無人の城を、財宝を探して走った。


 そこに、1人の家政(火星)婦が立ちはだかった。マーサだ。


「チュルチュルチュル(武器を持って押し入った暴漢達……つまり犯罪者……アゼル様の敵ですね? 容赦しませんよ?)」


 ボブ達は、嘲笑った。家政婦1人になにが出来る。


 その時、ボブは気配を感じて振り返った。


 そこには、もう30人、家政(火星)婦が居た。マーサと同じ姿だ。


 驚いて振り返ると、元の場所に居たマーサが300人に増えていた。全員マーサだ。


 振り返る度に数が増え、ついに無数のマーサに囲まれていた。


 マーサは1人見かけると30人は居る。


 30人マーサを見かけると300人居る。


 300人マーサを見かけると……。


 全にして個、個にして全、アルファにしてオメガ。それが、マーサだ。


 マーサ達は触手を構えて、一斉に電撃を放つ。


 高レベルの冒険者は、高い魔法防御を持っている。しかし、マーサ達の電撃は、耐性を素通りして、直接、ダメージを与えた。


 それが意味するのは、マーサ達が放った電撃が魔法ではないということである。


 強固な高レベルの防御力など知らんとばかりに、電撃が次々にボブ達を、戦闘不能にしていったのだった。



 近衛兵達の参戦に、農村からの聖霊達の増援。なにより、アゼリア市民の活躍により、暴徒は鎮圧された。


 ラプアシア側の人的被害はゼロ。物的被害も、あっという間に復旧された。その後、アゼル達が、帰って来た。


 事件を知ったアゼルは、領民達の無事を泣いて喜び、活躍した領民達全てに恩賞を与えた。


 領地の防犯体制は見直され、より強固になった。


 ラプアシア領は、冒険者ギルドに、賠償を求めたが、冒険者ギルドは、モヒカンズを冒険者ではない、ただの犯罪者集団だと、切り捨てた。


 モヒカンズは、全員捕らわれ、犯罪奴隷として、王国に売却された。そこで出た利益は、被害のあった領民達に、還元された。



 ミーシャは、無事、リンドからプロポーズを受け、婚約指輪を受け取った。ミーシャは「嬉しすぎて、どうにかなっちゃう」と言って、幸せに顔を赤くした。


 ジョージは、アゼルにラプアスをダメにしてしまったことを詫びたあと……ラプアスより命の無事をアゼルに大いに喜ばれた後……無事に娘のアイニスとデートをして、家で待つ家族にお土産を買って帰った。


 リンメイはクレアによって喉の治療を受け、バースリーと一緒に、ジーン達を盛大に歓待した。


 カイルとソフィアは、アゼルから手厚い感謝を受けたが「当然のことをしたまで」と、報酬を受けとることはなかった。


 妊娠の発覚したスピアとシズリの夫婦は、アゼル達、関係者達によって、盛大にお祝いされた。


 こうして、ラプアシア領の危機は去った。

 申し訳ございません。話のストックが切れました。

 以後、不定期更新となります。

 活動報告に記事を載せました。そちらに詳しく書いてあります。

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