63 閑話 俺達の伯爵様
○ 伯爵位授爵の後の話です。元避難民ジョージ視点。
ごく普通のラプアシア領の民、元避難民ジョージの朝は早い。
まだ暗い内に起きて、時間停止保管庫から焼き立ての、ラプアス蜜入り金色パンを取り出して食べる。同じく時間停止保管庫から、新鮮な牛乳を出して飲む。
まず、畑……家庭菜園の見廻りだ。
作物の健康チェックをして、必要なら手を入れる。
見廻りが終わると、朝飯前の仕事だ。領主様から下賜された、魔法で造られた石の馬に乗って、巨大な牛舎に向かう。
石の馬は、エルフの国から借りているらしい。エルフの魔法って、すげえな。
牧童に連れられて、牧草地に出ていった牛達の牛舎で掃除をするのが俺の……いや俺達の、朝飯前の仕事だ。
大人も子供も女も男も汗を流して働き、牛達の寝床を整え、牛糞を集めて運ぶ。
牛糞は、大切に専用のコンテナに詰める。
このラプアシアでは、排泄物は大切な資源だ。錬成され、養分豊かな土になるのだ。
その土で育てた俺のラプアスは、世界一だと自負している。
一仕事終えると家に戻……る前に、畑で朝食で食べる分の野菜を収穫する。
家では俺の帰りを、家族が風呂の準備をして待っていてくれた。
風呂の準備と言っても、大変な労力と時間をかけて、井戸から大量に水を汲んできて、大量の薪を使って沸かしたわけじゃない。あれは労働というより、大変な苦行だ。
風呂場に設置された魔法の風呂に、ちょっとだけ魔力を流すと、自動で水が入り勝手に湯が沸く。
このラプアシア領の、どこの家でも上下水道は完備されていて、高度な魔法の道具が設えてある。使い方は始めに聖霊のシズラさんが、丁寧に教えてくれた。
シズラさんは今でも家に居て、家事を手伝ってくれている。それだけじゃない。時間をつくって、読み書き計算を教えてくれる。
ラプアシアに来る前の以前の領地で、読み書き計算が出来なくて、役人に騙され続けて苦い経験をした。
以前の領地では知識は偉い人の所有物だったが、ここでは万人に惜しみなく与えてくれる。
なんというか、ラプアシアに来て、ようやく奴隷から解放されたような気分だ。まるで家畜から人間に成れたような気持ちがする。
朝の労働の汗は、風呂でスッキリと洗い流した。
長湯は出来ないが、汗を流せるだけで雲泥の差だ。
風呂を出ると収穫して来た野菜は、あっという間に新鮮なサラダに変わり、テーブルに並んでいた。
テーブルには、サラダと山盛りのパン。具沢山の濃厚なクリームのスープに、朝からガッツリ厚切りステーキ。
このステーキは生産者の特権で、特別に支給された、俺達が育てた牛肉だ。
しかも、一番いい部位だ。一度、領主様に献上したものだ。
領主のアゼル様からの、感謝の手紙と一緒に下賜された。
「旨かったから、お前らも食ってみろ」
感謝の手紙の内容は、難しい言い回しを省略すると、こうなる。
たまに「旨すぎて全部食っちまった、ごめん」という手紙も来る。その時は、村人全員が諸手を上げて大喜びだ。
食うために育てた牛肉は柔らかく、とろけるように旨い。油に甘味すら感じる極上の肉だ。顎の弱くなった、お袋でも苦もなく噛める。本当にいい肉は、どれだけ食っても胃がもたれない。油が全てキレイに栄養に変わり、胃に負担をかけないからだ。
ラプアシアでは当たり前のように、毎朝こんなメシが食える。
ラプアシアは、天界の一部だと思う。つまり、天国だ。
○
朝食が終わると、石の馬に乗ってラプアス農場に向かう。
主な仕事はラプアスの収穫と、肥料を漉き込んで土造り、そして種蒔きだ。
ラプアスは種蒔きから、たったの1ヶ月ほどで収穫が出来る。だから、頻繁に収穫の仕事がある。ほぼ毎日、収穫の日だ。
ラプアスを収穫して、専用の袋に詰めて、加工場に納品に行く。
加工場は都アゼリアの郊外にあり、まともに行くと馬車で1日かかるが、アゼリアには村の転移門から一瞬で行ける。転移門でアゼリアに行って、加工場まで、石の馬が牽く馬車で20分と言ったところだ。この転移門。エルフの国の最新技術というが、俺は天界の技術じゃないかと睨んでいる。村の長老に聞いたおとぎ話に、そんな話があったのだ。
ラプアス農場で育てたラプアスも育てた牛も、一度、領主様に献上する。それを領主様が、領民に分配する仕組みになっている。分配される食品は、多岐にわたり、豊かな生活を約束してくれる。ラプアスと牛を納めるだけで、幾種類もの野菜や香辛料、肉に加工食品、目を剥く程に高価な砂糖も、砂糖ほどじゃないが高価な塩も支給される。そして、それらは村の大きな……村人全員が半年生きていけるだけの量が入る時間停止機能付きの倉庫で、無期限に保存出来る。この時間停止機能付きの倉庫にも驚いた。時間魔法なんて、この領地には天界エルフでも居るのか?
なんにせよ、この倉庫のお陰で食糧の心配をせずに生活が出来る。この安心感は、計り知れない。
それだけじゃない。お給金も出る。なんと、1ヶ月に銀貨10枚……金貨1枚分だ!
なお以前の領地では、1ヶ月の生活に必要な金額が、銀貨2枚。
それがラプアシアでは食費が、まったくかからない生活の上、以前の生活なら半年は生活が出来そうな金貨1枚である。
医療費も以前の領地の10分の1。学費はゼロ。酒や菓子など、嗜好品を買うなどの贅沢をしても、貯金が出来ている。
税金はラプアスと牛を納めることで、納税していることになっているらしく、金銭を要求されたことは一度もない。
なんて言えばいいのだろう……。とりあえず、領主様、万歳! 豊かな生活を、ありがとう。
その領主様、とうとう男爵から伯爵になっちまった。まあ、当然だな。ていうか、その内王様になっちまうんじゃないか?
伯爵になった、お祝いに、村から大量にお祝いの品を献上した。俺も、無理のない範囲で出資した。無理をすると領主様が、心配するからな。わざわざ村まで、様子を見に来るぐらいだ。村人1人1人に「大丈夫か? 無理してないか?」って、聞いて廻るんだぜ? あれがあってから、無理をする奴は1人も居なくなった。
○
……やっちまった。
どうやら、お祝いの品が多すぎたみたいだ。3日後に、領主様が視察に来られる。
3日後。
領主様を、盛大にお迎えする。
畑で育てたキャベツを受け取ってもらえた。
「みずみずしい、とても旨そうなキャベツだ」と誉めてもらえた。うれしいぜ、こんちくしょう。
村人1人1人に領主様秘蔵の、酒や菓子を直接手渡しで下賜された。
もちろん、俺にもだ。
手渡される時、領主様は俺の目を、じっと見る。
どこか懐かしい眼差しだ。
あっ……そうか……。
子供の頃、オヤジが俺を、あんな厳しくも優しい……温かな目で見てたっけ……。
親身に俺を心配して、気遣ってくれる父親の目だ。
心に優しさが沁みて、ジンとする。
「なにか心配事はないか?」
そう、お声もかけて下さる。
心配事なんか、なにも……。
あっ。
「なにか、あるのか?」
領主様の声に、俺は疑問を口にした。
「心配って程のことではありませんが、ラプアシアには魔法で土から直接食糧を造ることが出来ますよね? 俺達の仕事……牛やラプアスは、必要なんですかね?」
俺の無礼な質問にアゼル様は、優しく笑って答えてくれた。
「ある日、突然、魔法が使えなくなったらどうする?」
「えっ?! そんなことがあるのか?!」
「絶対にないと、言いきれるかい?」
俺は、黙ってしまった。
そんなこと、考えたこともなかった。
だが、ありえることだ。嘘か本当か分からないが、うちの領地以外では神聖魔法が使えなくなる事態が起こっていると、うわさで聞いたことがある。
アゼル様は続けて、こう言った。
「逆に家畜が、ある日突然、全部いなくなったりしないと、言いきれるかい?」
あっ!
俺は、声を上げた。
流行り病や飢饉で家畜が全滅するなど、よく聞く話だ。
アゼル様は気負いなく、笑って言った。
「魔法がダメなら、家畜で……。家畜がダメなら、魔法で……。両方ダメなら、また、別の方法で……」
そこでアゼル様は、やんちゃ坊主がイタズラを悪巧みするような顔をして、俺に言った。
「なぁ、ジョージ……魔法が使えなくなっても、家畜が全滅しても……なにがあっても、家族に腹いっぱいメシを食わせてやろうぜ」
ジョージ、俺に力を貸してくれ。お前が助けてくれたら、俺は嬉しい。
そう言って笑う、その笑顔は男の俺が見ても、惚れ惚れするほどの男前だった。
この笑顔を見たら、女なんかイチコロだろうなぁ……。
ジョージはアゼル様に子供が出来て、ハニートラップをする必要がなくなった時に、村娘達が深く落胆した気持ちが良く分かった気がした。
○
アゼル様に子供が居なかった時、全ての領民が慌てた。
もし、なにかの不幸でアゼル様が、居なくなってしまったら?
その時、世継ぎが居なかったら?
新しい領主が来る。
その領主は、貴族である。
この国の貴族はアゼル様以外、一部の例外を除いて、平民を家畜か奴隷としか思っていない。
税金は払えないほど高額になり、村ごと奴隷に落ちるなど日常茶飯事になる。
作った作物や家畜など9割は貴族に取られ、なにも戻って来ない。
なにも知ることが許されない。なんの疑問も持つことすら許されず、ただ強制的に労働を強いられる。
魔物が出ても守ってもらえるわけじゃない。
村人に何人も犠牲を出して、自分達で撃退しなくてはならない。
大怪我をしても治療費が、安くても銀貨2枚は取られる。それは1ヶ月の生活費だ。
治安も守られない。盗賊は蔓延り、奪われるだけの生活を強いられる。
生きることが、終わりのない苦行のようだった。
アゼル様に子供が居ないと、そんな生活に戻ってしまうのだ!
村人達は、なんとかアゼル様に子供を作ってもらおうと必死になった。
未婚の村娘達も、なりふりかまわず、アゼル様に誘惑を仕掛けた。
それを止めさせようとする者など居なかった。若い未婚の男を含め、逆に村人全員でそれを勧めた。
それはラプアシアの領地の全ての村、共通の願いだった。
そして、それはアゼル様の妻が5人になり、3人の子供が産まれた時に沈静化し、さらに2人の子供が生まれた時に終息した。
こうして、ようやく村人達は安心した。
贅沢を言えば子供は最低、10人欲しいところだが、ラプアシアの医療事情を鑑みるに5人居れば十分だろう。ラプアシアの子供の生存率は、他の領地の10倍ある。10人子供が産まれて10人全員、無事に育つなんてラプアシアでは普通だ。子供が増えすぎて、出産を控えているくらいだ。避妊の魔法道具が良く売れている。
○
その後は、祝宴となった。
アゼル様が下賜して下さった振る舞い酒を、アゼル様と一緒に浴びる程飲んだ。
俺は、思った。
この人と飲む酒は、どうしてこんなに旨いんだ?
この人と話すのは、どうしてこんなに楽しいんだ? 笑いが止まらない。
この人の元で働くこと……この人が治める領地で、安心して暮らすこと……。
「なぁ、ジョージ……なにがあっても、家族に腹一杯メシを食わせてやろうぜ。お前の力を貸してくれ、俺を助けてくれ。俺には、お前が必要なんだ」
アゼル様の言葉がリフレインする。
この言葉以上に、面白い言葉なんてあるものか。無上の喜びで、限りなく力が漲って来る。
胸が燃えるように熱い。
働くことが……生きることが、ドキドキわくわくして、たまらなく面白い楽しい嬉しい。
なにより、メシと酒が旨い!
ああ……やっぱり、感謝の気持ちを込めた献上品を、もっと、いっぱい受け取ってくれねえかなぁ……。
俺は……俺達はアゼル様の為なら死ねるぜ?
生きて幸せになって本当の笑顔じゃなきゃ、むちゃくちゃ叱られるだろうけどさ。
まったくアゼル様は、俺のオヤジみたいだ。
2021年1月5日 読点を整理しました。




