62 閑話 アゼルがクレアについた嘘
○ 伯爵位叙爵の時の話です。アゼル視点。
「この功績を持って、名誉勲章を与え、アゼル・ラプアシア男爵を、ラプアシア辺境伯爵に陞爵する」
王城の謁見の間。
陞爵の式典で、玉座に座る人界の王により、ボク……ラプアシア男爵は、ラプアシア辺境伯爵になった。
なぜ、ボクが伯爵になれたのか……それは、王国が、ボクが行った食糧支援の代金を払えなかったからである。
長引く魔王との戦争に疲弊する王国には、ラプアシア領が行う、常軌を逸した量の食糧支援に対する対価を払う余裕などなく、代わりに地位と名誉で済ませようとしたのだ。
理由はどうあれ、ボクは伯爵となった。
伯爵となったのは、揺るぎない事実だが、これは、ボクにとっては、クレアに対してついた嘘である。
食糧支援を行い、国民の飢えを癒し、その功績が認められ、伯爵となった立派な大人……。
やっと、ボクは、クレアに釣り合う、男になれた。……肩書きは。
そのように、クレアは、騙されてくれるだろう。
だが、本当は、そうではない。
本当のボクは、時の精霊と、神々を喰い殺す竜の力に、おんぶにだっこの、ただの我が儘で泣き虫な子供だ。
いつまでも、大人になれない、ただの子供だ。
自分の力で成したことなんて、ひとつもない。
だって、そうだろう?
ただ、イーストエンド村のみんなの笑顔が見たかっただけ。
その内、開拓民や避難民のみんなに手伝ってもらうようになって、開拓民や避難民のみんなを、まるで家族のように思うようになって、その家族の笑顔が見たかっただけ。
……ただの、子供の我が儘を通しただけ。
子供の我が儘で、家族みんなの笑顔を守っていたら、いつの間にか、伯爵になっていた。
それだけのこと。
自分の力で成したことなんて、ひとつもない。
ただ、みんなに、手伝ってもらって、助けてもらっただけだ。
伯爵位を叙爵して嬉しいかだって?
恥ずかしいよ。
嬉しさなんか感じる余地がないくらい、恥ずかしい。
ボクなんて、ろくなもんじゃない。
全部、ボク以外の、みんなの功績だ。
全然、クレアに相応しい男に成れた気がしない。
ただ、クレアが、ボクの嘘に、上手に騙されてくれているだけ。
○
ラプアシアに帰ると、領地をあげてのお祭り騒ぎ。
恥じ入りながら、みんなから、祝福を受ける。
自然と、お酒の量が増えていた。
夜更け。
酔いつぶれてしまう前に、ボクのプライベートルームにクレアを呼んだ。
夫婦の寝室は別にあるけど、夫婦それぞれにあるプライベートルームにも、寝室がある。
二人きりで、寝室に入り、ベッドに座ってもらう。
伝えなくちゃいけないことがある。
嘘で塗り固めたボクだけど、ひとつだけ、嘘じゃないことがある。
それは……。
「クレア……好きだよ……」
そう伝えると、クレアは、面食らったように驚き、すぐに嬉しそうに微笑み、言葉を返してくれた。
「クレアは、アゼル様が、大好きです」
胸に響く言葉だ。
……負けた。
想いの深さ……強さ、広さで、圧倒的に敗北した気がした。
そこで、酔いが限界に達した。
クレアの許しを得て、クレアの胸を借りて、クレアの胸に抱かれて、酔いつぶれた。
女の子のいい匂いに包まれる。
うわ言のように、何度も、クレアの名前を呼んでいた気がする。
優しく、髪を撫でられていた気がする。
それは、まるで、母の胎内に戻ったかのような、安心感。
クレアは、ボクをダメにすると思う。
○
一息眠った後、クレアに揺らされて、目を覚ました。
完全に酔いが覚めていた。
「アゼル様、そろそろ夫婦の寝室に戻りませんと、キサラとアリスとイリスとエミリーが、心配します」
それはいけないと、急いで寝室に向かう。
夜遅くにも関わらず、みんな起きて待っていた。
ボクは、遅くなったことを詫びて……まず、キサラに向き合った。
そして、嘘ではない、本当のことを伝える。
「キサラ……好きだよ……」
キサラは、不意打ちに、驚いた顔をして、すぐに嬉しそうに笑って、言葉を返してくれた。
「もうっ……嬉しいなぁ……。アベル、大好きっ」
次に、アリスに向き合った。
「アリス……好きだよ……」
アリスは、顔を赤くして、少し怒ったフリをして、でも、嬉しさを隠しきれない声で返事を返した。
「なによっ、あたしほうが、好きなんだからっ」
次にイリスに向き合った。
「イリス……好きだよ……」
イリスは、真っ赤になって、あわあわして、噛み噛みで、返事を返した。
「おっ、俺も、すきでしゅっ」
最後に、エミリーに向き合った。
「エミリー……好きだよ……」
エミリーが、待ってましたとばかりに大きく両手を広げて、咲き誇る花のように笑って、返事を返した。
「あたしも、アベルが、ぜーんぶ、大好きっ」
見回すと、妻達全員が、なにかを期待する笑顔で、にじり寄っていた。
「「「……それで……言葉だけ?」」」
ボクが、なにかを言う前に、一斉に、可愛い野獣達が、ボクに襲いかかった。
○
ろくでもないボクだけど、愛する妻達をあきらめるなんて出来やしない。
この素敵な妻達に相応しい男に成るために、もっと、頑張りたい。
そして、同じように、ボクを、いっぱい助けてくれる、全ての人達に、恩を返していきたい。
満ち足りた笑顔をして眠る、妻達の寝顔を見て、そう思った。
○
クレア「私ばっかり、ごめんなさい」
キサラ「いいよ~、私も領地経営の執務の時は、アベルを一人占めしてるし……(申し訳ない)」
アリス「あたしも、イーストエンド村のアベルを独占してるから……(ごめんね)」
イリス「軍務と警備の相談は、俺ばかりだし……(パトロールにかこつけて、二人きりでデートして、ごめんなさい)」
エミリー「他領の教会に、炊き出しのアウトソーシングに行く時に、アベルを連れ回しているの……(ごめん)」
○
キサラ「それに、アベルの、私達に向けてくれる愛情は、それぞれ微妙に違うからね」
クレア「そうですね。アゼル様のキサラに向けている愛情は『友愛』ですからね」
アリス「アベルに「相棒」って呼んでもらえるのは、キサラだけだもんね……うらやましい……」
イリス「アベルがクレアに向けている愛情は『敬愛』だよな……アベルに尊敬されるなんて、うらやましいぜ……」
クレア「私は、アリスやイリスやエミリーが、うらやましいです。アゼル様がアリス達に向けている愛情は『親愛』……私やキサラよりも、心の距離が近いんですもの……」
エミリー「でも、あたし達全員に向けてくれる共通の愛情があるよね……」
全員で声を合わせて「「「『恋愛』」」」
再び、全員で声を合わせて「「「私達って、アベルに愛されてるよね……」」」
キサラ、アリス、イリス、エミリーが声を合わせて「「「クレア、いつものどうぞ」」」
クレア「幸せ、いっぱいです」
5人は、顔を見合わせて吹き出し、大きな声で笑った。
2020年8月8日 追記しました。
2020年8月9日 誤字を修正しました。
2020年8月18日 クレアのセリフの内容を修正しました。クレアはアベルのことを「アベル」とは言わずに「アゼル様」と言います。




