61 閑話 エルフの王女ソフィア
○ 文官貴族バースリーの悲劇の後の話です。
人界の王国の王城。
その最奥の通路を、一人の少女が、痛みを庇うように、内股でヒョコヒョコと歩いている。
喪服のような黒いドレスを来たエルフの少女だ。胸には、後生大事に、厳重に蓋をした壺を抱いている。黒い服しか着なくなったことから、エルフなのにダークエルフと揶揄されていた。
清楚な美貌は、至極大真面目で、その歩く仕草が、とても、滑稽に見えた。
すれ違う高貴な身分の者達が、含み笑いを隠そうともせず、少女を嘲笑う。
少女の名はソフィア。地上にあるエルフの国の女王の娘……エルフの王女だ。
政略で、人界の王国の第15王子カインの婚約者であった者だ。
愛するカイン王子との結婚が確定する当日、カイン王子は暗殺された。
相手がカイン王子ならば……と、政略結婚を受け入れたソフィアは、深く悲しんだ。
この世界の僧侶と神官……聖職者達が使う神聖魔法に死者復活の魔法がある。
もっとも、神と深く繋がった高位の神官や僧侶が、神様にお願いして、生き返らせてもらうという間接的な魔法だが……。
その、死者復活の神聖魔法を使える神官が来たのは、カイン王子の死後10日経ってからだった。
死者復活の魔法には、厳しい条件がある。基本的に、人が使う死者復活の魔法は、死後、すぐに儀式に取りかからなくてはいけない。
カイン王子の死者復活の魔法は、当然、失敗して、カイン王子の遺体は、灰となった。
だが、望みが潰えた訳ではない。より高位の神官は、灰からでも死者復活出来るからだ。
しかし、ある時期を境に、灰から死者を復活させることの出来る聖職者が居なくなっていた。
使えることの出来た者も、まるで、神との距離が離れてしまったかのように、突然、出来なくなってしまったのだ。
それでも、ソフィアは、あきらめなかった。
カイン王子以外に嫁ぐぐらいなら、死んだほうがマシだった。
カイン王子じゃなきゃイヤだった。
カイン王子でなくちゃダメだった。
ソフィアは、カイン王子の遺灰を入れた壺を、片時も放さなかった。
風呂に入る時も、食事の時も、トイレの時も……。
本当は、カイン王子の遺灰を持って、灰から死者復活の出来る聖職者を捜しに行きたかった。
しかし、ソフィアは、厳密にはカイン王子と婚約したのではなく、人界の王国に嫁いだとされているため、その自由がなかった。
……すぐに、カイン王子以外の王子との婚約が決まってしまう……。
「カイン様は、まだ、消滅していない!」
カイン王子の遺灰を抱いて、ソフィアは、そう、頑なに言い張って、婚約を、断固、拒否したのだった。
○
通路をヒョコヒョコと歩いていると、その進路を塞ぐように、いけ好かない顔をした、第13王子のダニーが立ちはだかった。
なにか、いつもより、厭らしくニヤニヤとしている気がした。
「……おどきください」
ソフィアが、壺を守るようにして、警戒して言う。
ダニーは、意外と素直に横に避けた。
訝しげにしながら、ダニーの横を通り抜けようとすると、
「おおっと! 足が滑ったー!」
そう言って、ダニーが、思い切りソフィアの足を払った。
顔から転倒するソフィア。
顔に醜い痣が出来る。でも、壺は死守し、決して放さなかった。
「おおっと! もう一度、足が滑ったー!」
そう言って、ダニーが、ソフィアが抱き締めていた壺を、ソフィアの腕の骨をへし折ってまで、蹴り飛ばした。
「イヤー! カイン様ーっ!」
ソフィアは、腕の痛みすら感じずに、壺の中身……カイン王子の遺灰が飛び散ったことに、悲痛な悲鳴を上げた。
通路の影から、素早くメイドが数人現れて、あっという間に遺灰を掃き集めて持ち去っていく。
ダニーは、追いかけようとするソフィアの背中を、乱暴に踏みつけて妨害した。
「カイン様! カイン様! カイン様ーっ!」
ソフィアが、カイン王子の名を呼んで泣き叫ぶ。
ダニーは、心から愉快そうに、哄笑を上げていた。そして、言った。
「これで、お前は、俺のモノだなあ、ソフィア」
ソフィアは激昂し、エルフの王家の、防御魔法を発動させた。
触れる者を火だるまにさせる業火の魔法だ。
もちろん、ダニーも、王家に伝わる魔法道具で身を守っている。しかし、人の持つ魔法道具の魔法など、エルフの王家の魔法の前では児戯だった。
ダニーの防御など、紙のように突き破り、ダニーを火だるまにした。
メイド達が、悲鳴を上げて、満身創痍のダニーを運んで行く。
残されたソフィアは、腕の痛みをこらえ、ヒョコヒョコと歩いて、自室に行き、固く鍵をかけ、さらに魔法で封印した。
国家機密レベルの防諜の魔法までかけた。
それでも、周囲を警戒しながら、おもむろにスカートをまくり上げ、下着を脱いだ。
そして、自分の秘部に指を深く差し込み、厳重に封された小さな壺を取り出し、愛おしそうに見つめ微笑む。
「カイン様……必ず、私が……」
しばし、深く愛する瞳で見つめた後、大切に、秘部に戻した。
○
今回の事件は人界の王国と、エルフの王国との国際問題となった。
人界の王国は、自分達が被害者であると、エルフの王国に、責任者の出頭を要請した。
そして、現れた責任者に、度肝を抜かされた。
エルフの女王エルファニアその人が出てきたからだ。
人界の王国は、上に下にの、大騒ぎとなった。
エルフの王国と、人界の王国との関係は、貸出主と使用者である。
人界の王国で使う魔法道具のおよそ8割が、エルフの王国から借りているものであった。
人界の空を飛ぶ飛空船も、地上を走る魔法の馬車も、奴隷と並ぶ労働力である自動人形も、火をつける道具すら、エルフの王国のものだ。買ったものではない、借りているものだ。
もし、それを引き揚げられたら?
人界の物資の流通が死ぬ。
労働力が激減する。
文明のレベルが致命的なまでに後退する。
それは、人界の経済の死である。
もちろん、そんなことをすれば、エルフの王国も、経済的な損失を被るため、軽々しく結論付ける訳にもいかないが……。エルフの王国は、他国からの利権で、経済を立てているのだから。
もし、人界の王国が、返却を拒否しても、エルフの王国が持つスイッチひとつで、全ての魔法道具が機能を停止する。
力関係は、明白であった。
○
人界の王は、余裕の笑みを湛えるエルフの女王に、心臓を鷲掴みにするような怒りを感じて、脂汗をダラダラと流していた。
「まず、そちの言い分を聞こうか、人界の王よ」
女王エルファニアは、腕が折れ曲がり、顔に醜い痣を作った娘を沈痛な表情で見てから、冷たく言い放った。
時間が経ちすぎたため、回復魔法も効かない。
「ソフィア様の魔法で……息子が、大火傷を負いましてですね……そのぉ……」
歯切れの悪い言い訳を、しどろもどろにしゃべる。
「おかしいのぉ……あの魔法は、ソフィアに危害さえ加えなくては、発動せぬハズだがのぉ……。そちの国の城は、その最も奥でさえ、我が娘を守れぬ危険な場所であったか」
「そっ、そのようなことはございません!」
人界の王が、真っ青になって、口に泡を浮かせて反論する。
「では、何者が、我が愛しい娘に怪我を負わせたというのだ? まさか、内部の犯行などと言わぬだろうな……?」
人界の王家は、事前にソフィアの怪我を、どうにかして治し、証拠を隠滅しようとしたが、ソフィアは、どのような高位の聖職者の神聖魔法も抵抗して、絶対に、腕の骨折と顔の痣を治さなかった。
強引に力でねじ伏せようとする者は、問答無用で火だるまにした。
○
なにを言っても、のらりくらりと、掴めない人界の王に、愛想を尽かし、エルファニアは、ソフィアに向いて語りかけた。
「時に、我が愛しい娘ソフィアよ、新興の領地ラプアシアの執政官の名が『キサラ』と言うそうじゃ」
ソフィアが、驚きに目を見開いた。
キサラとは、美の女神と、神の血を引くハイエルフの王との間に生まれた半神の名前である。
同時に、エルフが、神と崇める存在である。
自分の子供に、神の名前をつけるエルフなど居ない。それが意味するところを思い当たって、ソフィアは畏れに震えた。
「真偽を見定めようにも、それなりの者でなくてはいけない……分かるな?」
神に「あなたは、本物ですか?」などと聞ける者など居ない。直接会う者も、それなりの身分の者でなくては失礼になる。
しかし、真偽を確かめず、放置も出来ない。
もし偽者ならば、厳罰に処さねばならないし、もし本物なら、地上に降りてきた神に、なんの挨拶もなしでは、済まされないのだ。
エルファニアが、ソフィアに命じた。
「ラプアシアに行き、真偽を見定めてくるよう、命じる。このような、危険な場所から、一刻も早く離れるのだ!」
人界の王は、悲鳴を上げた。
エルフの王国とのパイプが消える。が、異論を唱えることは、出来なかった。
ソフィアが、力強く頷いたのを見て、エルファニアが、付け足した。
「調査は、キサラが寿命で死ぬ、その時までかかってもかまわん……行ってくるがいい」
人界の王は、もう一度、悲鳴を上げた。
人界の王も、エルファニアの「キサラの寿命が尽きるまで」という言葉の意味も理解した。
ソフィアは、人界の王家には、二度と戻って来ない……と。
ラプアシア領は、人界の王国の所属であっても、王国の領地ではない。
ラプアシアを開拓した者に、男爵の爵位を与えたことで、体裁を取り、国の一部であるとさせたが、ほぼ完全に他国のような扱いとなる。
そこに逃げ込まれると、王家が手を出すことは容易ではない。
従えようとするには、武力で攻め落とすしかないが、古の盟約で、かの地に手を出すことは、禁忌とされていた。
イーステリアを含め、西は、天界の一部……聖地という扱いなのである。
納税義務もない、罪を犯しても罰することも出来ない。かの地の罪を罰することが出来るのは、その地に昔から住む者か、神のみである。
聖地が人界の王国の所属であるなど、ただ、神々との古の盟約に基づくものに過ぎない。ただ、聖地の管理のごく一部を……具体的には聖地巡礼の自由……聖地に立ち入ることを、神々に許されているだけだ。
「聖地に領地を造るのは、罪ではないのか?」と、高位の僧侶や神官……聖職者達が、神々に問いかけたが、まるで、遠くの声を聞くように、小さすぎて聞き取れなかったという。
ある時期を境に、なぜか、人と神々との距離が離れてしまっていたのだ。
聖地の外に住んでいた者がやったなら、まだ、手の出しようもあっただろうが、元々、聖地に住んでいた者の行いである以上、手どころか口も出せない。
聖地に住む者達は特別である。必ず、誰かしらの神の血が混ざっている。イーステリア辺境伯爵家に至っては、神々より高位であるとされる古の神の血を引いている。
失意の人界の王を尻目に、エルファニアは、ソフィアに近づき、耳元で、こう言った。
「キサラ様に、よろしく……」
ソフィアは、目を見開いた。
エルフの女王であるエルファニアが、確かにキサラのことを「キサラ様」と、呼んだのである。
それの意味するところは……。
○
エルフの王国の親善大使という名目で、ソフィアはラプアシアを訪れた。
盛大な歓迎を受けるソフィアは、しかし、どこか気もそぞろだった。
それは「大切な話がある」と言って、執政官と領主のみになった時に、我慢に我慢を重ねた思いが放たれた。
ソフィアが、キサラに平伏して、願い出た。
「カイン王子を……カイン様を、生き返らせて下さい!」
そして、突然、立ち上がり、おもむろにスカートをまくり、下着を脱いだ。
「アベルは、見ちゃダメーっ!」
ゴキッと音がするくらい、キサラがアゼルの首をひねる。
ソフィアは、それに、一切、構わず、秘部に深く指を差し込み、カイン王子の遺灰の入った壺を取り出し、キサラに差し出す。
「遺灰は、ここにあります! どうか……どうか……!」
ソフィアの目から、涙が溢れた。
ソフィアは、エルフの神に、泣いて懇願した。
キサラは……。
「事情を……聞かせて……ね? ほら、泣き止んで」
○
キサラとアゼルは、涙ながらに話すソフィアの、カインへの想いを、じっと、ただ、聞いた。
「そなたの願い……このキサラが、必ず、叶えよう……」
全てを理解した時、キサラは、そう、ソフィアに約束した。
ソフィアは、嬉しさに、その場に、泣き崩れた。
○
時間を待たず、3人の居る部屋に、クレアが訪れた。
キサラが、お願いして、来てもらったのだ。
事情を聞いて、クレアが頷き、まず、ソフィアに言った。それは、限りない優しさの言葉だった。
「よく、頑張りましたね。もう、大丈夫ですよ」
ソフィアが涙ぐんだ。
「まず、あなたの怪我を治しましょう」
クレアの言葉に、ソフィアが、慌てて答えた。
「私のことなんか、どうでもいいのです! カイン王子を……カイン様を生き返らせて下さい!」
急ぐソフィアに、クレアは、優しく諭すように言った。
「今のあなたを見れば、恋人さんが、悲しみで泣きますよ? 再会は笑顔でなくちゃ」
ソフィアは、自分の顔が、酷い痣を作っていることを、今さら思い出した。
クレアが祈ると、ソフィアの顔の痣が綺麗に消え、腕は治り、そして、負担をかけ続けた秘部の鈍痛が消えた。
クレアが、アゼルには、聞こえないように、ソフィアの耳元で小声で言った。
「子宮も治しておきました。……これで、元気な赤ちゃんが産めますよ」
ソフィアの顔が、真っ赤になった。
カイン王子の遺灰を、銀の皿に移し、クレアが天に祈った。
すると、奇跡は起こった。
遺灰が輝き、光が集まり、人の姿を取り、眩い光が収まると、そこに、優しげな顔をした、成人したての少年が立っていた。
「……カイン様……?」
震える声で、ソフィアがカインを……愛しい人の名前を呼ぶ。
「ソフィア……!」
カインも、力強く、愛しい恋人の名前を呼んだ。
「カイン様ーっ!」
ソフィアが、カインの名前を叫んで、カインの胸に飛び込み、泣き叫んだ。
「……ごめん……心配……させちゃったね……ごめんね……愛してるよ……ソフィア」
「カイン様……カイン様……カイン様……!」
ソフィアには、もう、言葉がなかった。
ただ、何度も、愛しい恋人の名前を呼んで、泣いた。
それは、喜びの呼び声と、限りない幸せの涙だった。
○
「それで……カイン王子は、今後、どうするおつもりでしょうか?」
落ち着いたタイミングで、アゼルが切り出した。
「王子は、もう、やめて下さい。カイン王子は、死んだのです。ここに居るのは、ただ、恋人を守りたいだけの、ただの、一人の男ですよ」
クレアが、驚きに声を上げた。
「王位を……あきらめるのですか?」
カインは、あっけらかんと言った。
「王位なんて、国民を笑顔にするための、ひとつの道具に過ぎませんよ。そんな道具がなくたって、私は、国民を笑顔にして見せる」
なんの気負いもない言葉に、キサラとクレアは、深く思った。
……まるでアベルみたい。
アゼルの目が「協力者発見!」と、鋭く光る。
「カイン王子……いいえ、カイン様。実は私、困窮する者達を、我が領地に開拓民として保護する仕組みを模索しておりまして……」
カインと熱心に語り合うアゼルを見て、キサラとクレアは、言葉にせずに、呟いた。
……やっぱり、そんなこと、考えていたんだ。そうじゃないかと思ってたんだよね……。
すっかり意気投合して、まるで仲の良い兄弟のように語り合うアゼルとカイン。
それを、焼きもちを焼いたソフィアが、カインに抱きついて止めた。
紅色に染めた頬を、ぷっくりと膨らませたソフィア。
その愛らしい顔を見て、部屋の中に、明るい笑い声が満ちたのだった。
○
カインは、姿をエルフに変え、名前をカイルと変えて、スピアと連携して、困窮する民衆を開拓民に誘う仕事を始めた。
そこには、自分が持つ飛空船を、惜しげもなく輸送船に改造した、妻ソフィアの献身的な協力があった。
カインの手腕は、絶大で、あっという間に、ラプアシアに開拓民が集まった。
開拓民の勧誘が、落ち着いた頃……。
カインは、今は、外には出ずに、開拓民達の代表団の相談役のような仕事をして、家に居ることが、多くなった。
妻であるソフィアが、おめでたですって。
誰もが羨むような、幸せな家庭を、築いていた。
○ 閑話 天界エルフの地位~やっちゃった、キサラちゃん~
「キサラは、神聖魔法は使えないの?」
「天界に住むエルフで、神聖魔法を使えるエルフなんて居ないわよ?」
「使えそうなものだけどなぁ……」
「天界のエルフ達は、神々の奴隷として、虐げられていたから、神を信仰する者は居なかったの……ああ、ベンスだけは、神々の主神に気に入られて、神々サイドで、甘い汁を吸ってたみたいだけど」
「なぜ、奴隷なんかに……」
「神々より高次な次元に住む、古の神の血を引くハイエルフを奴隷にすることで、悦に入っていたのよ。古の神々より偉くなった気分になれるんだって」
「キサラって、半分、神様だよね? 神の奇跡とか使えないの?」
「私は……神々に復讐するため、地獄世界を創造して、力を使い切っちゃったの……普通のエルフくらいの力しかないわ。あっ、でも、アベルと結ばれてから、なぜか、力が戻って来てるから、カインをエルフにする変身魔法は任せて! 誰にも見抜けない魔法をかけちゃうわよ……それ!」
「あ……」
「どうしたの?」
「力入れすぎちゃって、エルフに変身じゃなくって、エルフの体にしちゃった……(しかも、古の光の神の血を引く、ハイエルフ……。カインって、よっぽど大きく高潔な魂を持ってたのね……)」
「戻せないの?!」
「人間の神でなきゃムリ。……彼、真っ先に、竜に喰い殺されちゃったし……」
カイン「ソフィアと同じエルフになったなんて……なんて、素敵なんだ! 元に戻すなんてとんでもない!」
ソフィア「エルフのカイン様も、素敵……(うっとり)」




