58 閑話 アベルのゼロ
○ バーバラとアベルの出会いの話です。バーバラ視点。
イーストエンド村の魔女バーバラは、村の孤児院に来ていた。
理由は、後継者探し。
寿命でポックリ逝っちまう前に、村の魔法薬を作れる魔女を育てておかなくちゃねえ……。
村は危険なゴブリンの森の恵みに依存して生きている。
怪我をすれば神聖魔法の使える教会の神父さまのところに行けばいい。
でも、それに間に合わなければ?
すぐに魔法の薬で、怪我を治さなくてはいけない。
バーバラの作る魔法薬は、村にはなくてはならないものなのだ。
後継者がいなくなったから、魔法薬が作れなくなりました、では通用しないのだ。
バーバラは、こうして孤児院に新しい子供が入ると、魔法の素質のある子は居ないかチェックに来るのが習慣となっていた。
もう、あたしは子供を産める歳じゃないからねえ。
○
今日、孤児院に入ったのは4人。男の子が一人と、女の子が3人だ。
バーバラは女の子の一人に魔法の素質を持った子供を見つけ喜んだ。が、すぐに落胆した。
女の子達は、3人とも、なにがあったのか栄養状態が極端に悪く、死相が浮かんでいたのだ。
こりゃあ、長くないね……。可哀想だけど、どうしようもないよ。
バーバラは非情ではないが、不可能を可能にしようとするロマンチストでもなかった。
バーバラは興味を一人だけ居た男の子に移し、鑑定眼で才能を見る。
これは、酷いね。才能が全くないよ。
人は、なにかしらの才能を神々から授かって産まれて来るものだ。それが、この子にはなかった。
よっぽど神々から嫌われていたのかねえ。前世で、いったい、なにをしたのやら……。
もっと他に情報はないか、より深く男の子を見ると、その情報にバーバラは呆れた。
魔力がゼロだよ!
魔法使いとして、まるで、ゴミクズのような情報が出てきた。
話しにならないね……今日もハズレだね。
落胆して孤児院を出ようとして、ふと、気がついて足を止めた。
……魔力が、ゼロ……? 魔力がない?!
ありえない!
ユーフォリアでは、魔力がないと、存在出来ない。
その事実が、導き出す結論は……。
魔力ゼロの、この世ではありえない存在。
それは、この子が別の世界、別の次元の存在であるということだ!
ユーフォリアの理の外にある存在……。
「この子は、ユーフォリアの外の存在だ。この子の成長を見るということは、異世界旅行だよ!」
バーバラは、興奮して叫んだ。
こんなに興奮したのは、王都の古本屋で、魔術師マーリンの魔道書を見つけた時以来だった。
「アンタ……名前はなんて言うんだい?」
まだ5歳くらいの男の子に、バーバラが問いかける。
「……アベル」
「よし! アベル。うちの子になりな」
「アリスとイリスとエミリーと一緒ならいいよ」
アベルは、そう言って、死相の出ていた栄養状態の極めて悪い女の子達を指した。
「その子達は、アンタのなんなのさ?」
「ううん、知らない子……。でも、放っておいたら死んじゃうじゃない。そんなこと出来ないよ」
「可哀想だけど、引き取っても、養えず、死なせてしまうだけだよ」
「ボクが養う!」
「アリス達と一緒じゃなきゃイヤだ。ボクが養う!」
「……勝手にしな……。分かったよ、引き取ってやるよ。ちゃんと面倒見るんだよ?」
「うん、ありがとう! ……えっと?」
「バーバラだ。今日からあたしが、あんたらの親だよ」
○
こうして、バーバラは、アベル達と一緒に暮らし始めた。
アベルは、どこかから食べられるものを見つけて来て、見事にアリス達を養った。
いつの間にか、アリス達の死相が、綺麗に消えていた。
どうやら、一人で森に入って、見つけてくるみたいだ。
よく、ゴブリンに見つからないものだ。
聞くと、
「森が、危険や食べられるものを教えてくれるの。調理方法も」
と、言っていた。
また、教えていないのに、バーバラの家にある、魔法道具を見事に使いこなして見せた。
「驚いたね……どうして使い方が分かるんだい?」
「道具が教えてくれるの」
○
また、家の地下にある魔力タンクが勝手に満タンになることがあって、アベルに聞くと、
「ボクが、いっぱいにした」
と、なんでもないように、言った。
「驚いたね、お前、魔力がゼロだろう? いったい、どうしたんだい?」
「……見ててね」
そう言って、アベルは、魔力タンクに、手をかざして言った。
「反転」
そう言うと、アベルの魔力が、ゼロから無限に変化した。
驚きに声も出ないバーバラに、アベルが言った。
「ゼロと無限は、表裏一体の同じものなの。だから簡単に、裏返ってしまうんだよ」
○
そんな、ある日、アベルの魂のゼロ……魂の隙間……に、アベルに保護を求めて竜が一匹、逃げ込んだ。
……アベルに無断で……。
バーバラは、驚愕した。
神々にすら忘れ去られた、古の神話に出てくる、神々の誕生を司る、暁の高地の竜だ。神々の死を司る、夜の海の竜の番だ。
さらに、はるか未来の時の精霊までが、アベルの魂のゼロに居着いた。
それにしても……竜と時の精霊を抱えて、アベルは弱くなったねぇ……やっぱり負担なのかねぇ。
まったく……驚きの連続だよ。ホント、退屈しないねえ。
この子の成長を見るということ……異世界旅行は。
○
この後、アベルは、アリス達の命を救ったことに責任を感じ、一生、側に置いて守る決意をしたのだが、それは幼い記憶の彼方に消えた幻である。
2020年8月21日 誤字修正しました。
2021年1月7日 読点を整理しました。




