57 閑話 立体映像の恋
○ 45 ある難民の話の後の話です。
イーステリア辺境伯爵家三男のスピアは相棒のシズリ……エデンズアップルシステムによって映し出された触ることの出来る質量を持った立体映像の召使い……と一緒に、軍隊を導いて難民の救助に当たっていた。
○
「ほらっ」
シズリは馬車の御者席から降りようとして、スピアから差し出された手に視線を固定して首をかしげた。
自分は、たとえ御者席から落ちても怪我などしない。
立体映像を傷つけることの出来る存在などないからだ。
まるで、か弱い淑女のような扱い……。
トクン……。
胸で、小さな音がした。
○
難民を連れて開拓村に移住させた帰りに、ラプアシアの都アゼリアに立ち寄った。
「少し小腹が空いた。屋台でなにか買って食おう」
スピアは屋台でハンバーガーを二人分買って、ひとつをシズリに差し出した。
シズリは、首をかしげた。
「私に食事は、必要ありません」
機械的に、そう言った。
「アゼルに聞いたぜ、食べれないこともないんだろ? 食ってくれよ、お前と一緒に食うとメシが旨いんだ」
トクン、トクン……。
胸で、ふたつ、小さな音がした。
○
「ちょっと、止まってくれ!」
軍隊を導いて馬車を走らせていると、突然スピアが声を上げた。
馬車を停止させると、スピアは、すばやく馬車を降り、地面でなにかを拾って帰って来た。
「なにを見つけたのですか?」
事務的に問うと、スピアは、やんちゃ坊主のような顔で答えた。
「これだ」
それは、野に咲く小さな一輪の花。
それを、シズリの髪にさして、優しく微笑んだ。
「シズリ……綺麗だ」
ドキッ!
胸が、大きく高鳴った。
○
避難民を保護して、魔法のテントに寝かせた夜。魔物の襲撃があった。
軍隊の兵士達やシズリと同じ立体映像の召使い達と一緒に撃退する。
スピアは、シズリと背中合わせになって、お互いを守って戦った。
その時、スピアがシズリを庇って怪我をした。
シズリはスピアに告げた。
「いいかげんにしてください。私は、ただの立体映像です。傷なんかつかない……死ぬこともない、ただの幻なのです!」
でも、スピアは言い返した。
「でも、お前には心がある。心があるなら、お前は守るべきレディーだ」
シズリは、坦々と告げた。
「見てください……」
シズリは、短剣を持って、自分に突き立てる。
「どうです? 傷もつかない……血も流れないでしょう……?」
そう言って、何度も、何度も、自分に刃を突き立てた。
まるで、憎い敵を殺すように……。
「やめろ!」
そんなシズリを、スピアは、抱き締めて止めた。
スピアは、シズリを、胸に抱いて言った。
「俺の大切なシズリを、傷つけるな……」
スピアの胸の中で、シズリがビクリと震えた。
「シズリ……お前が好きだ」
胸の中で震えるシズリが、呟くように言った……震える声で。
「私も……好きです」
そう言った途端、シズリが声を荒げて言った。
「でも、私という存在は実体を持たない、ただの立体映像……つまり、幻……嘘なのです! 私の存在なんて、真っ赤な嘘なんです!」
そこでシズリは泣き出した。どうしようもない涙だった。
「心があるって、言ってもらえて、嬉しかった……。まるで、私が、確かに存在しているみたいで……まるで、私が、確かに、生きているみたいで、本当に嬉しかった……。でも、それすらも、ただの作り物……嘘なのです……」
スピアは、黙って聞いていた。シズリの想いの全てを受け止めるように……。
「私の存在なんか嘘だ! でも! ……私は嘘だけど……この気持ちまで嘘にしたくない……」
シズリは、涙で濡れた顔をあげて、スピアに愛を乞うた。
「好き……好きです……」
「……あなたが、好きです。あなたと生きたい。あなたのために生きたい。もう、嘘はイヤ! 本当になりたい!」
幾千幾万の想いを込めて、シズリは言った。
「……私……人間に……なりたい」
ただ、黙って聞いていたスピアが、シズリに優しく言った。
「一緒に天界に行こう……行って神様に、お願いしよう」
「天界には、すでに神々はいません……精神世界に旅立たれました……」
「確か、半神が居たはずだ……ダメ元で頼んでみようぜ」
そう言って笑う、やんちゃ坊主のような笑顔に、シズリはクスリと笑って答えた。
「どこまでも……ご一緒します」
○
避難民の誘導が全て終わってから、ふたりは高性能の魔法のカバンに、ありったけの食糧と装備を詰め込んでナギア高地に挑んだ。
登頂は困難を極めたが、無限の体力を誇るシズリのサポートと、魔法のカバンのお陰で、それを成し遂げた。
○
どこまでも続く黄金の海に、ラプアスが揺れていた。
その絶景に立ち尽くす二人の頭上で、雲が割れ光の柱が降り注いだ。
雲の切れ間から、幾人もの天使が舞い降りて、二人に語りかけた。
「ようこそ、資格者よ。盟約に基づき、あなた達を神に……半神に会う権利を授けます」
すると、空の彼方から空を泳ぐように神々しい飛空船が現れ、二人を乗せて世界樹に抱かれた宮殿に連れて行った。
まさしく芸術の神が造り上げたであろう荘厳な宮殿を、恐るべき魔力を秘めたエルフの召使い達に案内され、エルフの女王……半神であるハイエルフが座す王座の前に導かれる。
「「キサラ……?」」
玉座に座すのは、見知った顔だった。
スピアにとっては、親友の妻。シズリにとっては、創造主の妻だった。
だが、本当に、キサラなのか?
二人が知るキサラは、ごく普通のエルフの女の子だった。
だが、今、玉座に座るキサラには、纏っている覇気が違う。
背負っているものが違う。国民の全てを背負った者の覇気だ。
立ち向かっているものが違う。なにが立ちはだかっても、逃げることの許されない者の覇気だ。
そして、どんな困難にも真正面から受けて立つ者の覇気だ。
これが、真の王者!
自然と膝を折って跪いた。こうべを垂れて上げることが出来なかった。
スピアは、冒険者として功績を上げ、人界の国王に謁見した経験があったが、その時に見た人界の王と目の前の女王との違いに愕然とする。
俺が人界で出会った王は、あれはいったいなんだったんだ? 王の服を着た豚だったのか?
「ようこそ、資格者よ。古の盟約に基づき、天界にたどり着いた証として、世界樹の葉を与えよう」
「待ってください!」
厳かに告げる女王キサラの言葉を遮って、スピアが声を上げた。
不敬にエルフの家臣達が色めき立つが、それを手で制してキサラが短く言った。
「許す。申せ」
「世界樹の葉で手に入る名誉も金も称号も貴族の地位もいりません」
スピアは、ガバッと顔を上げた。そして、声高く言った。
「俺が欲しいのは、シズリだけだ! シズリが、欲しい! シズリを、人間にしてくれ!」
キサラは、その能面のような表情を変えなかった。
そして、厳かに告げた。
「……ついてまいれ」
キサラが、玉座の後ろにある豪奢な扉にスピアとシズリを誘う。
家臣達に、絶叫のような悲鳴が上がる。
「そのような下賎な者を、王族の間に!?」
「女王様、なりません!」
家臣達の言葉を、キサラは纏う覇気の密度と圧力を上げるだけで黙らせた。
家臣達の中には、泡を吹いて倒れるものさえ出るくらいの覇気だ。
スピアとシズリは、戦慄した。
長い通路を歩き落ち着いた雰囲気の広い部屋に入ると、途端に覇気が霧散した。
替わりに親しみを込めた明るい声が、空気を軽いものに変える。
「スピアにシズリちゃん! よく来てくれたね!」
そこには女王キサラの姿のまま、雰囲気を、ごく普通のエルフの女の子に変えたキサラが居た。
「やっぱり、キサラだったのか……いったいどういう……?」
そこで、スピアは、驚きに固まった。
部屋の中に、先客が居たことに気づいたのだ……それは、ここに居るハズのない親友……アゼルの姿だった。
「よく試練を乗り越えたね……ボクはスピアを誇りに思うよ。……スピアとシズリには、全てを話すよ。どうか秘密を共有する仲になってくれ」
アゼルとキサラは、全てを話した。
呆然と話を聞いていたスピアとシズリは、秘密を守ることを固く約束してくれた。
そして、話はシズリを人間に変えるものに変わった。
「シズリは……人間になれるのか……?」
スピアの問いに、キサラが答えた。
「答えから言えば、可能です」
スピアとシズリが、手を取り合って喜ぶ。
そこに、アゼルが水をさした。
「シズリは人になると弱くなる。立体映像は死なない……実体を持たないゆえに不滅だが、人間になると死がある。お前は、一生、シズリを守れるか?」
真とは死に通じる。嘘ではなく、実在するとは、そういうことなのだ。
シズリが、スピアを見つめた。すがるような弱々しい目だ。
スピアはシズリの全てを受け止めるように、それを見つめ返し確かな口調で言った。
「守る。一生かけて、守り通す」
そこでスピアは魔法のカバンから小さな箱を出し、シズリの前に跪いて口調を丁寧なものに改め、まるで騎士のように告白した。
「あなたが、ずっと、好きでした。私と結婚してください」
蓋を開けて、そこに示された中身は、ダイヤの指輪……エンゲージリングだった。
シズリは、喜びに震える声で、泣き笑いして言った。
「まるでソード様みたいな、しゃべり方ですね」
スピアが、仏頂面して、ぼやいた。
「ソード兄貴に似てるって言われるのが嫌で、日頃はキャラ作ってんだよ。こっちが素なの!」
シズリは、泣きながら笑い、言った。
「どちらも素敵です。結婚の申し入れ、喜んで、お受けいたします」
スピアが「やったー!」と叫んで飛び上がって喜んだ。
キサラとアゼルは、二人を手放しで祝福したのだった。
○ その後
シズリはキサラによって実在化し、アゼルはシズリをラプアシア男爵家の養子として迎え入れ、身分を合わせることによってスピアとの結婚を実現させた。
不死身ではなくなったシズリだが、身に付いた武術や技能、知識が衰えた訳ではなく、引き続きスピアの相棒として開拓民の勧誘など、世界中を精力的に飛び回っていた。
二人の仲の良さは、誰もが知るところであったという。
夢に出てきたシズリに睨まれて、まるで脅されたように、このお話を書きました。
シズリサン、コワイ。
2020年8月3日 追記
2021年1月6日 読点を整理しました。




