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53 閑話 クレアの帰郷

○ 52 本当の笑顔の後の話です。クレアの姉シスカ視点です。


「クレアが「お願いがある」ですって?」


 私、シスカが竜教会の事務室で、双子の妹のセリカから、そう聞いて憂鬱になる。


 私達が『愛する』末の妹クレアからの、最近のお願いは、いつも無茶な仕事を増やすことだった。


 日々、激務に辛そうにして苦しんでいるクレアの姿に、どうにかして止めさせなきゃと、いつも考えていた。


「とにかくクレアを見て、シスカ!」


 珍しく語気を強めて言うセリカに不思議に思いながら、奇跡の聖女(クレア)の控え室に向かう。その扉をくぐり中に入ると、そこにクレアが立っていた。


「……クレア?」


 思わず私は、誰何の声を上げてクレアの名を呼んだ。


「はい。シスカお姉さま」


 返事してくる声が瑞々(みずみず)しい。潤いのある自信に満ちた余裕を感じさせる声だ。


 表情から、どこか自分を追い詰めるような危うさが綺麗に消えている。


 自分が愛される自信を取り戻した、晴れ晴れとした顔だ。


 やつれていた頬が、どこかふっくらと美しい曲線を取り戻している。


 美しい……そして、なにより、可愛い!


 ……たった、1時間……アゼル様とのお茶に行っただけで、いったいなにがあったの?!


 そう、クレアは、わずかな時間で、元々、この世界で一番美しく可愛かったのに、更に、格段に、美しく綺麗に『可愛く』なっていた。シスカが見違えるほど。


 私の驚愕をよそに、つやつやイキイキした笑顔で……命に輝く瞳で私を見て、クレアが私にお願いした。


「シスカお姉さま。私、2週間ほど、お休みをいただきたいのです。ひさしぶりに、おとうさまのところに帰って、お顔を見せたいのです。その後……申し訳ないのですが、聖女のお仕事の量を、半分に減らしていただけますか?」


 私の背筋が気合いで、ピンと伸びた。


 これは、クレアを休ませる絶好のチャンス! 逃してたまるか!


「セリカ! 全ての予定をキャンセルして!」


「もちろんよ!」


 さすが、私の双子の妹。テレパシーで繋がってるんじゃないかしら?


 すぐに手続きを終わらせて、急なお願いで申し訳なさそうにしているクレアを、セリカと二人で抱きしめた。


「「休んでくれて、ありがとう、クレア。……愛してる」」


 そう言って、セリカと二人で、クレアの左右の頬にキスをした。



 馬車にラプアシアの特産品を山程積んで、一路、イーステリアに。


 私達と護衛兵数人に、身の回りの世話をしてくれるメイドが数人。それと、アゼル様が同行する。


 名目は、特産品の宣伝。


 急に「実家に帰る」と言い出すと、夫婦の不仲を疑われますからね。


 先触れは、すでに先行させてある。


 馬車に揺られ、3日かけてイーステリアに到着した。


 城壁の外で、アクスお兄さまが率いる正装した軍隊が綺麗に整列していて、その真正面にイーステリア辺境伯爵家、全員が待ち構えていた。


「おとうさま! おかあさま! お兄さま! お姉さま!」


 クレアが家族全員の名を呼び、馬車を降りて走って、その胸に飛び付く。


「「「クレア、お帰り!」」」


 家族全員で、クレアを抱きしめて、喜びあったのだった。



 大袈裟な歓迎をしてくれる城に入り、家族だけのプライベートなサロンで、クレアが「ぜひ、皆様に食べていただきたいのです」と、言って、ラプアシアから持ってきた時間停止保管庫から、手作りの感じが溢れるスィーツを出して並べた。


 なぜか、アゼル様が恥ずかしそうに、顔を赤くしている。


 白い、三角形に切られたそれを、クレアに勧められるまま口にする。


「……!」


 声が出なかった。


 クリーミーなそれが舌の上で柔らかく溶けて、砂糖の鮮烈な甘さ、ミルクの濃厚なコクのある甘さ、蜜の蕩けるような甘さ、穀物のしっかりとした甘味と旨味、苺の愛おしい切ない甘酸っぱさ……いくつもの甘さ……それが美味を織り成しながら胃に落ちていく。


 心が、ふわりと浮き上がり、天に昇るかのよう。


 それは、美味による陶酔。


 まるで美しい楽曲を聴いた後の余韻のような、美味の記憶に浸り、幸福感に包まれて抜け出せない。


 心を完全に捕らわれて、夢中で、そのスィーツ……ショートケーキを食べた。


 食べ終えて、まるで夢から覚めるように周りを見ると、家族全員の喜びの笑顔を嬉しそうに見ているクレアと目が合った。


 まるで、自分自身の幸せであるかのように、私を見る愛らしい瞳……。


 ああ……やっぱり、私、クレアが好きだ。


 幸せのため息とともに、そう呟いた。


 ふと、隣に座るセリカと目が合った。


 私も、クレアが好き。


 テレパシーで、そう言われた気がした。


「クレア、まだ食べてないじゃないか」


 おとうさまの声で、クレアが「あっ」と声を上げる。


 そして、恥ずかしそうに笑いながら、ショートケーキを頬張る。


 幸せそうにショートケーキを食べるクレアを、家族全員がニコニコしながら見ていた。


 まるで、子供のように無防備な笑顔で、本当に美味しそうに食べるクレアを見ていると、こっちまで、たまらなく幸せになる。


 食べ終えて、ケーキがなくなったのが、ちょっと残念そうなクレアに、隣に座ったアゼル様が言う。


「ボクの分のショートケーキも、食べてくれたら嬉しいな」


 分かる! もっと、クレアの幸せ顔を見たいよね!


 クレアは一瞬喜んで、でも、申し訳なさそうにして、でも、もうちょっと食べたくて逡巡している。


 すると、アゼル様が、ご自分のケーキを小さく一口サイズに切って、フォークで刺してクレアに差し出した。


「クレア……はい、あーん」


 クレアが、一瞬で顔を真っ赤にした。


 すごく恥ずかしそうにしながら……でも、この上なく嬉しそうな顔をして、ためらいながら小さく口を開けて、差し出されたケーキを食べた。


「「「うわぁ……」」」


 誰の声だろう? それは自分の声だったかも知れない。


 私は驚いた。


 こんなに、幸せそうな顔、見たことない。


 うわっ、ヤバい……鼻血が出そう……。


「ううっ……」


 おかあさまの、すすり泣く声が聞こえた。


「お……おまえ…泣くことないだろう」


 そう言った、おとうさまの声も、涙で震えていた。


「でも、あなた……あんなに、クレアが幸せそうで……もう、嬉しくて……」


 見渡すと、家族全員が、目に涙を浮かべていた。


 あの時……クレアが病気で死にそうだった時……もう二度と、クレアの笑顔が見れないと、恐怖した。


 体が引き裂かれるほどの、悲しみを感じていた。


 そのクレアが元気になって、今、目の前で幸せに笑っている……。


 ああ……。


 言葉がなかった。


 今、この胸にある幸せを言い表すことの出来る言葉を、私は知らなかった。


 ただ、クレアを、思い切り抱きしめたかった。


 今、クレアを抱きしめると、私は絶対に泣くだろうなあ……。


 益体もないことを、考えていた。



 お茶を飲んでゆっくり休んだ後、クレアが突然「庭で走りたい。そして、それを皆様に見ていて欲しい」と、言い出した。


 準備をして庭に出て、城を見上げて納得した。


 ここは、クレアの寝室から見える庭だ。


 病床のクレアが、どんな思いで窓からこの庭を見ていたか……想像に難くない。


 クレアが、元気いっぱい手を振っている。


「見てますかー! 行きますよー……それ!」


 クレアが家族の前で元気に走り出す。


 でも、力を入れすぎたのだろうか、途中で転んだ。


「「「クレア!」」」


 全員で声を上げて走り寄ると、クレアが地面に転がって笑っていた。


 走れることが楽しくて楽しくて、しょうがないといった明るい笑い声だ。


「よしっ、俺も走るぜ!」


 そう言って一枚上着を脱いだのはスピアお兄さまだ。


「俺も!」


「俺もだ!」


 ソードお兄さまもアクスお兄さまも上着を脱いだ。


 クレアも起き上がり、先頭をきって走り出す。


「わたくしも!」


「わたくしも……」


「「私達も!」」


 ケイトお姉さまも、おかあさままで走り出す。もちろん、私とセリカも。


 結局、おとうさまもアゼル様まで走り出し、転んで泥まみれになって、みんなで大笑いした。


 やがて、体力の限界で走れなくなって、男性と女性に分かれてお風呂に。


 賑やかな入浴を終えて、楽しい夕食を全員で食べた。


 その後は男性と女性に分かれて宴会。


 ふっふっふ……。女性同士でなくては聞けない話があるのですよ。


 男性陣は大量のお酒とラプアシア特産の燻製肉とチーズを持って、嬉々として行ってしまった。


 残された女性陣はクレアの惚気を肴に、大いに盛り上がったのだった。



 こうして、1週間ほどイーステリアに滞在して、大量のお土産を馬車に積んで、私達はラプアシアに戻ったのだった。


 元気100倍。さー、頑張るぞー!

2021年1月6日 読点を整理しました。

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