47 閑話 修道女ミーシャ
○ 元、イースラー男爵領の孤児、ミーシャ視点です。
学校の帰り道、友達と遊びながら帰っていると、弟分のバーグが転んで膝に擦り傷を作った。
バーグの顔が見る間に、泣き顔になる。
わたしは、あわてて駆け寄り、優しく声をかける。
「大丈夫。男の子が泣かない。ほら、痛いの痛いの飛んでけー」
右手で、おまじないの仕草をする。
すると、右手が光った。神様みたいな、清らかな光だ。
その光がバーグの膝に降り注ぎ、瞬く間に傷を治してしまった。
わたしは、びっくりして、大慌てで竜教会のイスカリーナかあさんを訪ね、そのことを話した。
「あら、ミーシャもなの?」
イスカリーナかあさんは、あまり驚かなかった。
○
イスカリーナかあさんの話で、わたしのように竜に感謝の祈りを捧げる習慣のある人達に、神聖魔法が使えるようになる人がラプアシアに、たくさん現れていることが分かった。
ラプアシアで神聖魔法が使える人の数は、他の領地と比べると10倍くらいの数になるらしい。
○
ちょうど、その時来ていた教会の偉い人に話しが行って、その日からミーシャはイスカリーナかあさんと一緒に、治療院で働くようになったのだった。
今日から、わたしも修道女! ……見習い。
イスカリーナかあさんと、おなじ! 嬉しいな。
○
イスカリーナかあさんと一緒に怪我や病気になった人達を魔法で癒す仕事に就いて慣れてきた頃、気になっていたことを聞いた。
「イスカリーナかあさん。時々、言い争うような声が受付の方から聞こえるのだけど、あれはなぁに?」
イスカリーナかあさんは、ちょっと心配そうな顔をして答えてくれた。
「ごめんなさい。怖い思いさせちゃった?」
「ううん、聞こえるか聞こえないかくらいの声だから、怖くないよ。気になるだけ」
「そう? だったらいいけど……。あれはね、質の悪い冒険者さんが受付の護衛兵士さんと、喧嘩してる声よ」
わたしは、びっくりして聞いた。
「えっ?! 冒険者さんって、悪い人達だったの?」
「いいえ、冒険者さんが、みんな、悪い人ばかりじゃないけど、ラプアシアでは冒険者さん達は、ちょっと、ご機嫌が悪くなるの」
○
ラプアシアには魔物が居ないし、ラプアシアの周辺にも魔物は居ない。
馬車で1日ほど北に行けばゴブリンの森に着くが、さすがに、よほどのことがない限り、なにもない荒れ地を南下して、ゴブリンもわざわざラプアシアに来たりはしない。
まるで軍事行動のように、隊商を組んでイーステリアからラプアシアに向けて南下すれば、さすがにゴブリンも見逃してくれないが、そのような者は少ないし、ラプアシアに向けてイーステリアを出る時にゴブリンの目を避けると、襲われる心配は皆無だ。
また、ラプアシアの周辺に森や村、町などの拠点に出来る場所がないために、盗賊なども出没しない。
つまり、ラプアシアには危険がないのだ。
危険のないところに、冒険者達の仕事はない。
なのに傷の手当てなどでラプアシアを訪れなくてはならない上に、ラプアシアの魅力的なグルメで散財してしまう。
つまり、冒険者達にとって、ラプアシアは収入がないのに支出が嵩張る悪夢のような場所なのだ。
なにより、ラプアシアに冒険者の仕事がないということは「ラプアシアに冒険者は必要ない」と、言われているようなものだ。
冒険者達の、機嫌も悪くなるというものだ。
こういったわけでラプアシアの領主アゼル様は、冒険者達に評判が良くない。
○
「つまり、いいがかりの八つ当たりね? イスカリーナかあさん」
「悪い冒険者さんばかりじゃないけれど、そういう人って目立っちゃうの。それで、そういう人ばかりっていう印象をあたえちゃうのよ」
念のために……冒険者ばかりが、受付で、もめているわけではない。しかし、冒険者は目立つので、もめるのは、いつも、冒険者だという刷り込みが完了しているのだ。
「それに、そういう人達に限って、聖女様がタダで怪我や病気を治して下さるって思い込んでいるの」
「聖女様って……直接会えるのって、貴族様だけよね?」
「表向きは……ね。それで、そういう人達って割りと私達でも治せるような、軽い怪我や病気だったりするのよ」
「ああ……それで、こっちに回されて治療費を請求されて、キレてるんだ……」
ミーシャは、呆れて、深いため息をつく。
子供に呆れられる、冒険者……。処置なしである。
○
以前ならともかく、今は神聖魔法の使える僧侶や神官、修道女が増えて育っているから、早々、聖女様の、お手を煩わせることもない。
聖女様の治療の対象となる者は、竜教会によって厳選される。
突然、教会に押し入って「聖女に会わせろ」などと言う輩は、大聖堂にすら立ち入れない。
貴族ですら正式な手続きを踏まないと、聖女様に、お目通りすら叶わない。
神の実在する、この世界で、教会の力は絶大なのだ。
なお、蛇足だが教会や冒険者ギルドなどは国家を越えて存在するため、基本的に国の権力者には縛られない。
○
そこに、チェルシーおねえちゃんの声がかかった。
「イスカリーナさん、ミーシャちゃん、そろそろ上がりの時間ですよ。家事も大切なお仕事。今日も張りきって、お掃除と、お風呂の準備と、お料理です!」
ちなみに、お洗濯は朝の内に終わらせてある。便利な洗濯の魔法道具でセンタクキって言うらしいよ?
ちなみに、お風呂は魔法のお風呂なので、魔方陣に触れて、ちょっと魔力を流すだけで準備が完了する。汚れも魔法でキレイになるので、掃除すら必要ない。
家の掃除は、家の精霊さんが手伝ってくれるので、とても早くて楽チン。
さすが『精霊王が治める美しき聖霊の都』と呼ばれるアゼリア。
ちなみに、アゼリアに住む人は、都の前に『死者の』という言葉をつけずに『聖霊の』という言葉をつけるの。
シズリさん達は死者じゃなく、聖霊と呼ばれる未来の精霊さんなのだから。
シズリさん本人は「私達は、触ることの出来る、質量を持った立体映像です」って言ってたけど、難しくてよく分かんない。きっと、未来の言葉なんだ。
○
家の仕事のあるイスカリーナかあさんや、お手伝いの修道女さんであるチェルシーさんは、治療院の仕事を遅入り早上がりができる。
竜教会は、働く人の生活を守ってくれているのだ。
「ちなみに、今日の夕食は、カレーです!」
チェルシーの力強い宣言に、ミーシャは目を輝かせ、媚びるようにチェルシーにすり寄った。
「チェルシーさ~ん……」
「もちろん、リンゴとラプアス蜜たっぷりの甘口です!」
ミーシャが感極まって、チェルシーに抱きつく。
「チェルシーさん、大好き!」
イスカリーナかあさんに、笑われちゃったけど構わない。だって、大好物のカレーなんだもん!
もう、ミーシャの頭の中には冒険者のことなんか、これっぽっちもなかった。
3人は仲良く、ラプアシアの都アゼリアを歩いて、買い物をしながら家路についたのだった。
2021年1月6日 読点を整理しました。




