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45 閑話 ある難民の話

○ 44 飢饉に立ち向かうの後の話です。


 ある領地の普通の村。


 村長の家に村の主だった面子が集まり、村で名のある戦士によってもたらされた情報に蒼白になっていた。


 その情報は、その戦士が命と引き換えにもたらしたものだ。


 ……魔狼の群れが巨大な魔熊と協力して、村を襲ってくる……。


 悪夢以外のなにものでもない。


 魔狼の群れだけでも、村を滅ぼして十分お釣りがくる。なのに、魔熊まで……。


 そもそも、魔狼と魔熊が協力しているという事態がおかしい。


 人間の敵は魔物であるが、魔物の敵は人間と自分と同じ魔物である。


 実際、村人は過去、魔熊が魔狼を襲って捕食しているところを目撃している。


 魔狼と魔熊が協力していることなど、ありえないのだ。


 だが、それが実際にありえるとすれば、考えられることは、ひとつ……。


「魔王の復活か……」


 村長が口にするのも、おぞましいことを口にする。


 魔物の行動原理は、『欲望のまま』である。


 魔物と人の違いは、心をひとつして力を合わせることが出来るかできないか、である。

 魔物同士は、基本的に協力しない。その例外が、魔王である。魔王は非協力的な魔物を統率し、組織的に運用してしまう。人が持つ協力出来るというアドバンテージを奪ってしまうのだ。魔物は個として、人より強力である。それを人は群れを統率することで、対抗していた。その人より個として強力な魔物が人と同じように、統率された群れとして襲ってきたら人など、ひとたまりもない。


「……村を捨てよう。城塞都市に逃げ込むのだ」


 村長の苦渋を滲ませた決断に、異論を唱える者など居なかった。



 着の身着のままで最低限の持ち物を持って、村人達は城塞都市に逃げ延びた。


 しかし、領主は村人達を、城塞都市には入れなかった。


 もう、城塞都市の中は限界まで、避難民を受け入れていたのだ。


 村人達は、しかたなく城塞の外で、魔物に怯えながら過ごした。


 食糧はなく水も満足に飲めない。魔物の襲撃で傷つき、極度の緊張に疲弊し、怪我人や病人で、あふれていた。


 特に、老人と子供が危ない。


 極度の衰弱で、いつ死んでも不思議でない。


 誰か、助けてくれ……!


 グッタリした子供を抱いて、村人が叫んだ。


 そこにイーステリアの軍隊が、やってきた。


 聖霊を引き連れて……。


○ 子供を助けてくれと叫んだ、村人ジョージ視点。


 ジョージは普通の村で生まれ、普通に育ち普通に結婚した。


 子供は5人作ったが、生き残ったのは娘のアイニス、たったひとり。


 医療の発達していない、この世界では普通のことだ。


 村が魔物に襲われ、逃げてきた城塞都市には入れてもらえず、食べ物も水もなく果てる寸前だった。



 娘のアイニスが、弱々しく息をしている。目を離した隙に死んでいるかも知れないと、ジョージは怯えた。


 隣で地面に横たわる妻も、老いた母も声を出す力すらない。


 ふと、胸に抱いたアイニスが目を閉じた。


 ジョージは、叫びそうになった。


 きっと、このまま二度と目を開けない。


 ジョージは、叫んでいた。


「誰か、助けてくれ……!」


 そこに、軍靴の音が響いた。


 目を向けると、軍隊が、こちらに向かってやってくる。


 ふと、そこにジョージは、薄く向こう側が透けて見える、無数の、美しい人影を見た。


 ゴースト……? いや、あれは、聖霊だ!


 その姿は、幽霊(ゴースト)と呼ぶには、あまりにも美し過ぎた。


 神々しい……。


 ジョージは、思わず頭を垂れた。


 軍隊は瞬く間に陣地を築き、炊き出しが始まった。


「どうぞ、娘さんに食べさせてあげて下さい」


 聖霊の女性が金色に輝くお粥を、ジョージに差し出す。


「すまねえ……すまねえ!」


 ジョージは泣きながら、お粥を受け取り、アイニスにスプーンで掬って与える。


 初めは、ゆっくり、やがて勢いよく、アイニスがお粥を食べていく。


 見ると、妻も母も聖霊達に支えられ、お粥をすすっていた。


 アイニスの……そして、妻の、母の顔色が見る間に良くなっていく……。


 なんだ、この粥は?! 天界の食べ物なのか?!


 アイニスが、お腹いっぱいになって、安らかな寝息を立て始めた時、ジョージにも、お粥が渡された。


 ジョージが、それを恐る恐る、掬って口に運ぶ。


 ジョージは、驚愕した。


 全ての味がある!


 苦味も、辛味も渋味も甘味も酸味も旨味も滋味もエグ味も、金属を口に含んだような味も、薬味すらある。


 しかし、それらは調和することなく、自分勝手に自己主張していて、お互いに殺しあい、強烈な雑味となって味覚を襲った。


 ジョージは、顔をしかめた。


 食えないことはない。いや、食えるってだけで極上の幸せだ。


 飲み込むと、やたらと腹が膨れる。


 ……いや? この満足感は、なんだ?


 全てが満たされるような深い満足感と、健やかに活動を再開する胃腸の働きを実感する。


 まるで、魔法の……いや、神の奇跡の薬草だ!


 体の不調が見る間に改善された。血行が良くなり体がポカポカする。


 ……飢えが跡形もなく消えていく……。


 ジョージは泣きながら粥を掬った。


 満腹になるまで、粥を掬った。


「ありがとう……ありがとう……」


 止めどなく、感謝の言葉が溢れた。



「治療の必要な方は、ございませんか?」


 膨れた腹をさすって横になっていると、竜の聖印を胸に着けた僧侶がやってきて言った。


「いや……怪我人も病人も居るが、寄進する金がねえ……」


 母が咳の病に倒れ妻は狼の爪にやられ大怪我を負っているが、払おうにも銀貨も銅貨も、とっくの昔に食糧に変わっちまった。そもそも、そんな大金、普通の村人が持っているわけがねえ。


「いえいえ、軍事行動の一環になりますので、費用は教会で持つことになっております」


 ジョージは信じられないことを聞いて、僧侶の言葉が心に入ってこなかった。


「つまり、無料……タダで治療を行います」


 ジョージは二の句も告げず、身振りで治療をお願いした。


 僧侶は、まず、妻の大怪我を魔法で癒し、そこで魔力が尽きたのか力尽きたように地面に膝をついた。


 無理もない、あんな大怪我を治したんだ。魔力が尽きて当然だ。


 ふと、そこで僧侶が胸に着けた聖印を握りしめた。


 すると聖印が光輝き、僧侶の魔力が回復した。


 まるで神の奇跡を目撃したかのように呆然とするジョージの前で、僧侶は母の病も魔法で完治させたのだった。



 次に訪れたのは、軍隊の兵士だった。


 強面の大男だ。


「魔法で汚れを落とすぞ。力を抜いてくれ」


 顔に反して、優しい声をかけてくれる。


 大男が呪文を唱えると、ジョージもアイニスも妻も母も、まるで風呂上がりのようにきれいさっぱりした。着ていたボロ雑巾のような服も、まるで洗い立てのように綺麗になっていた。


「あ……ありがてえ……」


 ジョージが礼を言うと、大男は後ろ手を振って、爽やかに礼を受け取った。



 次に訪れたのは、聖霊達だった。


「寝所に案内します。ついてきてください」


 ジョージが聖霊の案内についていく。まだ満足に歩けない妻と母には、それぞれひとりずつ聖霊が支える。眠ったままのアイニスも、聖霊のひとりが優しく抱き上げていた。


 案内された先には、大きなテントが張ってあり、そのサイズからではありえない人数の村人達が入っていく。


 遂にジョージの番になり中に入ると、そこには村で一番大きかった村長の家が10軒入るほどの空間があった。


 魔法のテントだ。


 部屋の中には無数のベッドがあり、順番に村人達が案内され寝かされていく。


 村人達全員がベッドに就くと、聖霊のひとりが言った。


「魔物の襲撃は、軍隊と私どもで撃退します。ゆっくりお休み下さいませ」


 そう言って優雅に一礼すると、魔法の灯りを種のように小さくして出ていった。


 ジョージ達は疲れからか安堵からか、気を失うように眠りに就いた。



 村人達の体力が、ラプアシアに行く旅に耐えられるまで回復を待ち、いよいよ、一行はラプアシアに向けて旅立った。


 怪我人も病人も、もはや、ひとりも居ない。


 基本、歩きだが、老人や子供は馬車に乗れた。


 俺達は、ラプアシアでの農作業と畜産の労働力として期待されているらしい。


 驚くことに生活用品一式揃った家を、一家族に一軒もらえるらしい。


 本当かどうか疑わしい話しだが、これまで見せられた奇跡のような恩を見るなら本当と思うしかない。



 果たして、俺達は、ラプアシアに着いた。


 案内された城塞の内側で、奇跡を見た。


 黄金に輝くラプアスの農地の先に、見覚えのある畑……。


 村に棄ててきたハズの作物畑が、住居の周辺に再現されていた。


「土の精霊達が、引っ越しさせました」


 案内役の聖霊様が説明してくれる。


 案内された住居は村長が住んでいた家より大きく、また王都の貴族でさえ住んでいないような最新の魔法設備が装備されていた。


 こんなもの、扱い切れるか。


 思わず叫んだが聖霊様のひとりが住み込みで、生活を補助して下さるらしい。


 いたせりつくせりだ、涙が出る。


 集落の倉庫には村人達全員が6ヶ月暮らせるだけの食糧などが入ってあり、また時間で劣化したりしないらしい。新鮮な肉も野菜もある。



 それから、幾日も過ぎた。


 村の女達が、村の伝統工芸だった織物の仕事を始めた。


 領主様に相談すると、諸手を上げて喜ばれ、あっという間に工房が建てられ作業が開始した。


 男達は畑仕事とラプアスの農地と畜産の作業に従事し、また才能ある者は、いくつもの新たな仕事を見つけ就職していった。子供達は、仕事の合間に学校にも行けるようになった。


 魔物の襲撃など影すらなく、安全で快適な生活……。飢える心配など、まったくなくなった。


 なにより娘と妻と母に、幸せな笑顔が戻った。


 ラプアシアでの生活は村での生活と比べても、天国と言っていいものだった。

2021年1月6日 読点を整理しました。

2021年7月3日 誤字修正しました。

2021年9月28日 一部修正。

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