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44 閑話 飢饉に立ち向かう

○ 34 イースラー男爵領の孤児達の後の話です。


「よう、アゼル、精が出るな」


 執務室の入り口に、粗野な風貌の、冒険者風の若い男が立っていた。


 イーステリア辺境伯の三男スピアだ。手に酒瓶を持っている。


「ちょっと、休憩がてら、俺と飲もうぜ」


 真っ昼間から、酒か。


 スピアは、悪の危険な匂いのする男臭い笑みで、アゼルを見る。


 一方的な物言いに、アゼルは苦笑して快諾した。


「いいよ。各地の現状を教えてくれよ」


 スピアは、開拓民の呼びかけに、世界各地をまわってもらっている。


 そのため現地の実状に明るく、スピアが、もたらしてくれる情報をアゼルは重用していた。


 それにしても、アゼルは、いつも働いている。周りの者が「休め」と言うくらい。



「口減らしだって?!」


 アゼルにとって、その情報は、衝撃だった。


 スピアは酒の肴の炙りベーコンを噛りながら答えた。


「今はイースラー男爵領だけだが、その内、全国に広がるぜ」


 思っていたよりも、状況が悪い。アゼルは、押し黙ってしまった。


 その真剣な顔を確認して、スピアは腰を上げた。


「俺は、しばらくオヤジ(イーステリア辺境伯)のところに居る。用事があったら、直接、来てくれ」


 と、一方的に言って、部屋を出ていく。


 アゼルは、無言だった。



 ラプアシアの領主の堅牢な城を出て、スピアはシズリ(相棒)の待つ馬車に乗り込む。


 シズリは行き先をスピアに聞いた。


「今度は、どちらに向かわれますか?」


「オヤジのところ……イーステリア辺境伯領だ。オヤジに、事前に言っておかないとな……」


 愚かでお人好しな親友(アゼル)がスピアのもたらした情報で、なにをしでかすかスピアには火を見るより明らかだった。


 億の精霊を使役する、精霊の王のごとく力を持つ男だ。必ず、多くの民草を救うだろう。


 ただ、アイツは見返りを求めない。


 アイツ(アゼル)が破産しないように、経営補助と根回しは、やってやらんとな……。


「本当に厄介だぜ」


 そう言ったスピアの口元は、楽しげに笑っていた。



 深夜……。


 いつまで待っても寝室に来ないアゼルを心配した、キサラとクレアが執務室を訪ねると、アゼルは、灯りもつけずに考え込んでいた。


「どうされたのですか? アゼル様」


 気遣わしげに、クレアが聞く。


「悩み事があるなら、私達に、なんでも言って」


 キサラが、真摯に語りかける。


 それに気づいたアゼルが、ふたりに相談した。


「難民の受け入れと、困窮する他領の食糧支援を行いたいんだが、どうだろう?」


「かしこまりました。では、仔細を詰めましょう。イーステリア辺境伯爵家会議も巻き込みます」


「政治的な折衝は、任せて! ギブスンも巻き込むわよ!」


 まるで待ち構えていたかのようなふたりに、アゼルが目をパチクリさせる。


「対応が、早くない?!」


「「いつ言い出すか、待ち構えてた(ました)」」


 ふたりは、声を合わせた。


 だって、アベル(アゼル様)だもの。


 話しが、早いなあ。



 イーステリア辺境伯爵の城の会議室に、イーステリア辺境伯爵家の家族全員と、アゼル、キサラ、クレア、ギブスンが揃う。


 まず最初に辺境伯ガーランドが、アゼルに喜びの声をあげる。その隣ではガーランドの妻サレアが、柔和な微笑みを浮かべてアゼル達を見ている。それは、身内の者に向ける視線だった。


「頼ってくれて、嬉しいぞ、アゼル! 貴族達への根回しは、私に任せてくれ!」


「わたくしは、社交界で情報の拡散と収集を、いたしますわ」


 側で控えていた、長男のソードは、


「私は、父上の補佐をしよう。法律の絡む書類と戦うなら、私の出番だ」


 同じく、側で控えていた長女のケイトが、胸を張る。


「経理関係の書類は、わたくしの出番ですよ? お兄様」


 次男のアクスが、胸を叩いて請け負う。


「軍隊の運用は、俺の出番だ。もちろん、出番はあるのだろうな?」


 三男のスピアが、それに答える。


「どこに、どれだけの人員を派遣する必要があるかは、俺の情報を頼りにしてくれ」


 次女のシスカと三女のセリカが、声を合わせる。


「「神々の母竜教会の運用は、私達の管轄。任せて」」



 シスカとセリカによって、教会の運営による資金の調達状況が報告された。


「「奇跡の聖女の力を頼ってくる貴族から、寄進の名目で、お金を取っております」」


 報告を受けた数字は、領地運営費を潤す勢いの額だった。


 奇跡の聖女の行う治療には、平民と貴族で明確な差をつけている。


 基本的に奇跡の聖女は、平民に直接(・・)、治療は行わない。


 平民達は、なぜか、ラプアシアにある竜の大聖堂で休んでいると、怪我や病気が治るのだ。


 不思議なこともあるものだ。


 平民達は口を揃えて「奇跡の聖女様の、おかげだ」と言うが、誰も奇跡の聖女の顔を(・・)見た者はいない。


 大聖堂には、ヴェールを被って顔を隠した高位の巫女の姿しか現していないからだ。


 対して貴族には奇跡の聖女クレアが、直接、顔を見せて、いくつもの儀礼を通過させた後に治療の奇跡を施す。


 当然、そこには寄進とは別に、費用が発生する。


 その辺りを上手に手綱を握っているのが、シスカとセリカだったのだ。奇跡の聖女クレアが直接金銭の話に関わると問題があるので、シスカとセリカが、まるで従僕のようにクレアに付き従い、教会の金銭面での運用を見事にコントロールしていたのだ。


 貴族には見栄があるので、平民に混ざって大聖堂で奇跡を待つなど出来るわけもなく、高い金で貴族に相応しい対応を買わざるを得ないのであった。


「「お金は、あるところから取るものです」」


 シスカとセリカが、声を合わせた。



「スイーツ部門も好調です」


 ホクホクした顔で言うのは、クレアだ。


「貴族街を造り、高級スイーツを扱う平民と完全に区別した扱いが、受けているようです」


 平民街と貴族街では店構えや店員の対応や、扱うスイーツが明らかに違うのである。


 当然、発生する価格も違うが、それに見合うだけの価値もある。まるで美術品のようなスイーツが、提供されるのだ。


 ただ、この部門は魔物の活性化とともに衰えつつある。だが、王都から飛空船で大量に客が押し寄せたりするので、馬鹿に出来ない。



「嗜好品としてブランド化した、燻製肉とチーズが好評です。それに伴って、継続的に売り上げが出ております」


 そう報告するのは、ギブスンだ。


 ラプアシアの燻製肉やチーズは、品質保持の高度な魔法が付与された上質の魔法包装紙で包まれて出荷するため、保存の塩を効かせなくていい。そのため、甘味さえ感じさせる旨味が豊富なのだ。それが好評で他領で生産されるものと明らかに差別化され、需要が増えブランド化していた。



「精製されてないラプアスは、平民に受け入れられつつあります」


 そう報告するのは、キサラだ。


 雑味の強い精製されていないラプアスは栄養価は高いが、その味ゆえ貴族から敬遠されている。


 ゆえに、貴族など富裕層の独占を免れ、平民に流れるのだ。


 ラプアスを精製する技術は、厳重に秘匿されラプアシアが独占する。


 そうすることによって、平民の食を守るのである。



 どうして、ラプアシアが、これほど食糧に豊富なのか。


 それはラプアシアの地下に流れる大河と、そしてラプアスの農業と畜産の育成が盛んなことは、もちろんだが、その本当のわけは超魔法技術の確立にある。


 石を肉の魔法の応用で、植物や動物を介さず、直接、土から食糧を作ることが出来るのだ。


 植物は土から養分をもらい育ち、動物は、その植物から栄養をもらって育つ。それをラプアシアの魔法技術が植物と動物の媒介をなしに、土から直接。食物を作り出す。


 これによりラプアシアに土がなくならない限り食糧が尽きることなく、その上、排泄物から養分の豊富な土が精製される。


 未来科学魔法がもたらす、技術の勝利である。



「難民は、どれだけ受け入れられそうだ?」


 スピアの問いに、アゼルが即答する。


「今、急ピッチで土の精霊達と家の精霊達に家と施設、農地と牧草地を造ってもらっている。案内人、兼、世話係、兼、教育係の未来精霊……シズリと同型の召使い……も、一家族あたりひとりにつけられる。当面の食糧も6ヶ月分、用意した。当面は、農業と畜産だけだが仕事もある。将来的には、受け入れた難民の持つ技量に合わせた仕事も作っていく。現在、受け入れられる数は20万人だ」


 もう1週間待ってもらえれば、もう20万人受け入れられる。


 2週間で巨大な城塞都市が、ふたつも出来上がる寸法だ。


 会議室は、シーンとした。


 大量の難民を受け入れても、衣食住が高度なレベルで完備されてあり、その上、指導教育の仕組みまであり仕事まである。


 相変わらず凄まじい物量と人員、そして生産能力だ。またラプアシアには、広大な土地もある。獣さえ棲まない荒れ地だが、アゼルによって瞬く間に肥沃な土地に変わる。


「もう、お前(アゼル)は、精霊王を名乗っていいんじゃないか?」


 スピアが、アゼルを(いじ)った。



 アクスが拳を打ち付けて言う。


「俺が軍隊を動かして、難民を無事に、ラプアシアに連れてくるぜ!」


 ソードが、それに応じる。


「軍隊が他領を通る許可を、俺とオヤジが取り付けてこよう」


 シスカとセリカが、声を合わせる。


「「軍隊を動かす資金は、教会が捻出します。また、医療衛生要員として、僧侶と神官を同行させます」」


 キサラが、それに同調する。


「では、軍事行動に必要な物資と支援人員(未来精霊)は、ラプアシアが用意しましょう」


 物資は、大量の魔法のカバンに積めて渡しましょう。


 難民の受け入れについては、それで決定した。



 次に、ギブスンが食糧支援について話す。


「軍事行動と併せて、燻製肉とチーズ……それに大量のラプアスを困窮する領地に支給しましょう」


 ガーランドが、納得の声をあげる。


「貴族など富裕層は、燻製肉とチーズを独占するだろうが、雑味の強いラプアスは平民に流れる……いい案だ」


 サレアが、付け足す。


「見返りは、余剰物資の引き取りでいいでしょう。なんでもいいのです「タダで支給をうけたのではない」という名目さえ立たせれば。余剰物資の品目は、わたくしがコネを使って調べあげましょう。ああ、鼻薬にスイーツを少々、手配願いますね、クレア」


 クレアが、即座に首肯する。


「携帯式時間停止保管庫に、必要数用意いたしますわ、おかあさま」


 貴族のメンツを立たせる一工夫である。これが、存外、馬鹿に出来ない。


 余剰物資は食糧支援した後の、魔法のカバンに入れて持ち帰ればいい。


 こうやって難民の受け入れと、食糧支援について仔細が決められ、即座に実行に移される。


 これにより多くの民草が救われ、また、ラプアシアは領民を確保し、その勢力を増やすのだった。

2020年7月27日 受入れ人口を修正しました。

2021年1月6日 読点を整理しました。

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