41 閑話 神々が造りし迷宮
○ アリス達と結婚した後、数年後の話です。
キサラは、夢を見ていた。
あることがきっかけで、最近、よく見る夢だ。
おかあさまが、男神全員に囲まれている。
ヤメテ、ヤメテ……。
男神全員が、厭らしく下卑た笑いをあげている。
ヤメテ、おかあさまを、汚さないで!
いつも、そこで、目を覚ます。汗をびっしょりとかいている。
荒い呼吸を、無理やり抑えて、痛む胸を抱く。
「おかあさま……」
呟いて涙する。
○
夢を見るようになった、きっかけは、娘達の誕生だった。
キサラが、光輝く美しいエルフの赤子ビーナを、クレアが、漆黒の闇を身に纏う美しいエルフの赤子タニアを産んだ。
キサラはともかく、なぜ、人であるクレアが、エルフを産んだのか。それは、アベルとキサラ、そしてクレアだけが知っていた。
親しい者達に、隠れ里アムリアでの出来事を話し、喜びに沸いた。
ラプアシアが、お祭り騒ぎになり、多くの人から祝福を受け、その騒ぎが収まった頃、状況が一変した。
娘達……ビーナとタニアが、苦しみだしたのだ。
医者にも神官にも、原因は、分からなかったが、アベルが膨大な魔力を引き換えに呼び出した精霊の女王が、原因と治療法を分析してくれた。
「魂が大きすぎて、人間の肉体が耐えられなくなっているわ。治すには、神の肉体の遺伝子を反映させたエリクサーを飲ませるしかないわ」
アベル達は、絶望した。神々の肉体は、全て、神々を喰い殺す竜が、食べ尽くしたからだ。
しかし、精霊の女王が、言った。
「あるわよ。一体だけ、神々が造りし迷宮の最奥の宝物庫に、厳重に保存の神力で保護された、神の肉体が。……遺体だけどね」
それを聞いて、キサラは、まるで雷に打たれたような衝撃を受けた。
それは……まさか……。
○
王都の近郊に、神々が造りし迷宮と呼ばれる、ユーフォリア最大の迷宮がある。
正確には、迷宮の近郊に都市が発展し、都となった。
神々は、迷宮に、魔物を発生させ、それを糧に、人と文明を育てた。
ユーフォリアに、魔物という存在を造り出したのは、古の神々である。
古の神々がなぜ、魔物を作り出したのか。それは人を育てるためである。
倒すとレベルが上がるのだ。人として、より高次な存在になってゆくのである。
この、神々が造りし迷宮を踏破した者は、人という枠組みを超えて神となる、とまで言われている。
○
急遽、ダンジョンアタックのメンバーが組まれた。少数であるが、出し惜しみなしの、最大戦力である。
タンク兼アタッカーに、竜戦士イリス。
タンク兼ヒーラーに、竜僧侶エミリー。
斥候兼回避タンクに、悪魔執事ギブスン。
ヒーラーに、奇跡の聖女クレア。
魔法アタッカーに、魔法使いアリスと女王キサラ。
マッパー兼ナビゲーターに精霊使いアベル。
隊列は、先頭がギブスン。その後ろにイリス。そこにアベル、クレア、キサラ、アリスが続き、最後尾をエミリーが守る。
留守番とビーナとタニアの看護は、参加者全員の同時存在が行う。
○
ダンジョン探索許可をもらい、迷宮に足を踏み入れる。
石造りの神殿のような構造の迷宮を進む。
幅6mくらいの通路を進んでいた時、アベルが警戒の声を上げた。
「前方にゴブリンの群れ。数、5匹。内、ひとりはゴブリンメイジ。ひとりはゴブリンアーチャー。10分後に接敵。同時に背後から、遊撃の、狼に騎乗したゴブリンライダーが襲ってくる」
「ギブスンとイリスは、ゴブリン3匹を。キサラは、先制攻撃で、メイジとアーチャーを無力化して。背後のライダーは、アリスが魔法で足止めして、その隙にエミリーがやっつけちゃって」
応! と、全員が気勢をあげる。
10分後、やってきたゴブリンの群れ、その後方にいる、ゴブリンメイジとゴブリンアーチャーに、キサラが、無数の光の槍を投げつけて、一瞬で、倒してしまう。残る3匹のゴブリンも、迎え撃ったギブスンとイリスによって苦もなく倒されてしまう。
背後から、襲ってきたゴブリンライダーは、アリスの魔法で、突然地面に粘液の水溜まりが出来て狼の足を捕らえ、動けなくし、そこに金色に輝くメイスを振り上げたエミリーが殴りかかり、あっという間に、撲殺してしまう。
戦闘が終わり、全員、息も乱れていない。
「ご苦労様。ギブスン、この先に、弓矢と落とし穴と落石のトラップがあるよ。3つとも連動してるから、さっき言った順番に解除していって」
「承りました、アベル様」
ギブスンが恭しく礼をして、罠の解除に向かう。
万物に宿る精霊と交信できるアベルによって、迷宮は丸裸にされた。
アベル達は、迷いもしないし、罠にもかからない。どれだけの強さの敵が、どこにどれだけいるかも把握している。
一行は、順調に迷宮を進んで行った。
○
キサラの様子が、おかしかった。
時折、ふさぎこむように黙り。激情を抑え込むように、唇を噛んでいる。
何度目かの休憩の時に、全員の気持ちを代表して、アベルが聞いた。
「キサラ、なにかあるの? イヤじゃなければ、ボクに話して」
うつむいて、唇を噛んでいたキサラが、顔をあげてアベルを見た。その向こうには、キサラを心配する、みんなの顔が見えた。
キサラは、「イヤな気持ちにさせちゃうけど、いい?」と前置きした。
アベルが、「全部、受け止めるよ」と、こたえ、キサラは、激情を押し殺した、震える声で、話し始めた。
○
神々が、竜の逆鱗に触れる前のこと……神々の主神が、キサラの母である美の女神に1億回目の求愛(?)をした。
(?)とつけたのは「ヤらせろ」という端的な言葉だったからだ。
当然、キサラの母は、断った。
いつものことだ、だが、今回は違った。
主神が、男神全員を引き連れて、全員で、キサラの母を嬲りものにして、殺したのだ。
……本当は、キサラの母が、穢される前に自害したので、神々に殺されたわけではないのだが、キサラにとっては、殺されたようなものだ。
それを知った、キサラの父はエルフの王族を率いて、神々に反逆。返り討ちにあい、エルフの王族は、キサラを残して全員処刑された。
失意の中にあったキサラは、せめて母の遺体を弔おうと、主神に引渡しを求めた。
しかし、主神は「死体でも構わない。死体を強姦……死姦するから、返さない」と言って、厭らしく笑った。
キサラは、怒りに狂った。
しかし、怒りに狂ったのは、キサラだけではなかった。キサラの母と親しかった竜に、急に酒量が増えたのだ。
まるで、自棄酒をするように……。
そして、竜の鎮酒を、神々が盗んで飲んだ時、竜の怒りが爆発した。
竜は、全ての男神と、見て見ぬフリをした女神達を喰い殺した。
こうして、竜は『神々を喰い殺す竜』と、呼ばれることとなった。
殺された神々は、精神生命体となって、竜に逆襲し、竜を退けた。
竜は、逃げて、居なくなってしまった。
それを知った精霊達が、激怒した。
全ての精霊が、神々と縁を切った。
精霊から、魔力を受け取れなくなった神々は、ユーフォリアでは、存在できなくなり、精神世界に旅立った。
キサラは、神々が許せなかった。
神が死なないなら、永劫の苦しみを与えてやると、半神である自分の力の全てを犠牲にして、地獄を造り出した。
罪深い神々を捕らえて、閉じ込めるために……。
神々がユーフォリアを去った後、キサラはラピータ中を探したが、母の遺体は見つからなかった。
精神女王から、迷宮の最奥に、神の遺体があると教えられた時、確信した。
その遺体こそが、母のものであると。
○
全てを語り終えて、キサラは、アベルに言った。
言ってもしかたのない言葉だった。
ただ、想いが、こらえきれなかっただけの、言葉………。
「おかあさまを汚さないで……。返して……返してよ! おかあさまを返してよ!」
キサラは、アベルの胸で泣き叫んだ。
アベルが…クレアが…アリスがイリスがエミリーが、キサラの思いを受け取るように、正体なくして泣き叫ぶキサラを抱き締めた。
○
キサラは、泣き疲れて、アベルの胸で、気を失うように眠ってしまった。
そして、目を覚ました時、まだわだかまりがあるものの、どこかスッキリした顔をしていた。
一行は、迷宮探索を再開した。
○
その階層のボスは、身長が5mもあるミノタウロスだった。
……イリスが、一刀の元に喰らい尽くした。
イリス達……アベルの妻達は、なぜか、アベルと結ばれてから、常軌を逸した力を持つようになっていた。
○
次の階層に進むと、そこには青空のある森が広がっていた。
「ギブスン、首吊りスパイダーが、上の枝から糸の輪を垂らしているよ、気をつけて。イリス、そこの茂みに、タランチュラが群れているから迂回しよう」
アベルの的確な案内で、森を進む。
時折、ジャイアントスパイダーや、ジャイアントセンチピートなど、巨大化した昆虫の魔物と戦いながら進むが、この階層の脅威は、巨大化した昆虫だけではなく、剣や魔法では、的が小さくて狙えないような、小さな昆虫でも、危険な毒を持っていたり、群れをなして襲いかかり、無視できない脅威となることだろう。
言ってる内に、米粒ほどの軍隊蟻が、地面を埋め尽くして、押し寄せてくる。
……アリスが、炎の津波で、森の魔物の全てを、森ごと焼き払った。
○
この階層のボスは、アダマンタイトの外骨格を持つ、巨大な竜の姿をした虫だった。
……エミリーが、竜の翼を生やして空を飛び、虫竜の脳を叩き潰して殺した。
エミリーの持つ武器メイスは、剣などの刃物の武器と違い、鎧や外骨格などの、内部にまで衝撃を通す。
メイスの一撃は、アダマンタイトの外骨格は砕かなかったが、その内部にある臓器を衝撃で潰したのだ。
ヘルメットをしてても、バットで殴られたら痛いのである。
○
次の階層は、夜の墓地であった。
……クレアが、階層に足を踏み入れた途端、階層にいる全ての死者が浄化されて、昇天した。
一行は、なにごともなく、次の階層に進んだ。
○
次の階層は、無限にゴーレムがわいてきた。
百や千ではきかない、万はいるだろう。まるで津波のように押し寄せてくる。
それを、アベルが、エデンズアップルシステムで、億の機械兵を映し出すことで、押しきった。
エデンズアップルシステムの真骨頂は、物量である。
かつて、はるか未来で10億の人口を養う労働力と食糧などの生活物資すら生み出したシステムである。たかが万単位のゴーレムなど、物の数ではなかった。
その後も、次々と階層を降り、障害を排除して、遂に最後の階層に到達した。
○
最後の階層は、絵に描いたような、天界だった。石造りの神殿が建ち並び、幾重にも天に描かれた虹。雲の切れ間から差し込む光の柱が、いくつも乱立している。
敵は、天から無数に降りてくる、武装した天使達。そして天を……空を覆い尽くすほどに大きな、神々しい白金の竜。
「ほほう、天使の軍勢ですか。では、わたくしの出番ですな」
ギブスンが、好好爺のように笑って、手を振ると、影から沸き出るように、悪魔の軍勢が現れた。その数は、おおよそ天使と同数。
両方の軍勢がぶつかり、すぐに激しい戦いが、起こった。
白金の竜が咆哮し、音を置き去りにするほどの、速さで迫る。
それを、緑の巨大な腕が鷲掴みにして止めた。
どこか、うっすらと向こう側が透けて見える腕が、徐々に本体を現し、星すら見下ろしてしまいそうな、巨大な、緑の巨人となった。
緑の巨人は、まるで虫でも握り潰すかのように、白金の竜を倒してしまったのだった。
まるで、羽虫を払うように、緑の巨人が腕を振るうと、それだけで、天使の軍勢が凪払われて行く。それで、戦いの趨勢は悪魔の軍勢に傾き、天使に勝利した。
戦いは、数刻を待たずに終結した。
○
小さな都市なら、すっぽり入れてしまいそうな、巨大な石造りの神殿に、入りきらないくらいの、宝物が溢れていた。
その宝物庫の最奥に、光輝くガラスの棺が、鎮座していた。
「おかあさま……」
キサラが、呟く。どこか、あっけに取られた風で。
中身は、キサラの母。美の女神ニーナの遺体だった。
アベル達は、思った。目が潰れるかと思うほど、美しいと……。これほど、美しい存在を、アベル達は、知らなかった。
だが、キサラは、そうは思わなかったようだった。
「全然、美しくない……。そっか……おかあさまの美しさは、外見じゃなく、内面だったんだね……」
ここに、母はいない。母は、間違いなく死んだのだと……死んで居なくなってしまったのだと、思い知らされた。
キサラは、取り乱さなかった。どこか、しんみりした雰囲気で、アベルに振り返り言った。
「アベル、遺伝子を採取して……。でも、出来れば、傷は付けないで欲しいな……」
無茶な要望だ。どうすればいいか、アベルには、分からなかった。それを見たアリス達が、言った。
「あたし達の時みたいに、キスしなさいよ。それが、一番、遺伝子情報を採取しやすいのでしょう? 失敗するわけにはいかないのよ?」
えっ?! っと、振り返る。
アリス、イリス、エミリーはもちろん、クレアとキサラまで、それを止めようとしなかった。それどころか、急かすかのようだ。
あなたは、妻の母親に、キスが出来ますか?
躊躇するアベルに、キサラとクレアが止めをさした。
「「娘達のために、お願い」」
アベルは、即座にディープなキスをした。
その時!
ニーナの体が輝きだした。
直視することが、恐ろしいと思うほどの、美しさを放ち始めたのだ。
パチリ……。
ニーナが、目を開いた。
そして、戸惑う声で、アベルに話しかける。
「竜母様……なぜ、そんな姿で在られるのですか?」
神々は、竜のことを蔑んで『竜下』と呼ぶが、ニーナだけが親愛を込めて『竜母様』と呼んでいた。それは、つまり……。
その言葉を聞いたキサラが、飛び上がって驚き、悲鳴のような絶叫を上げた。
「おかあさま!」
キサラに気づいたニーナが、驚きの声をあげて、娘の名前を呼ぶ。
「キサラ!」
見つめ合うふたりの目に、洪水のように、涙が溢れる。
「おがあざまー!」
「キサラー!」
ふたりは、互いの名前を呼び、固く抱き合った。
時の精霊が言った。
『キスで死者が甦るなんて、常識だよね』
時の精霊の常識ってメルヘンだ。と、アベルは思った。
○
アリスの転移で、急いで帰り、ビーナとタニアに、神の肉体の遺伝子を反映させたエリクサーを飲ませる。すると、即座に効いて、苦しみが治まり、明らかに元気になった。
そこに居た全員が、諸手をあげて喜び、そのまま、領地全体を巻き込んで、宴会を始めた。
ニーナは、ビーナとタニアを抱いて、狂喜乱舞した。
そんな、ニーナを見て、キサラは、たまらなく嬉しくて、アベルの胸を借りて泣いたのだった。
それは、温かい喜びと幸せの涙だった。
2021年1月6日 ストーリー上の矛盾点を修正しました。




