39 閑話 死者達の生け贄
○ ラプアシアが都市規模になった頃の話です。
私は女王。民を飢えさせない義務がある。
モウ イヤ ナノ……。イタイ ツライ クルシイ カナシイ……。
今日も夜が来る。飢えた民が、私の肉体を求めて来る。
モウ コナイデ ワタシ カラ ウバワナイデ……。
さあ、腹いっぱい食べるがいい。私は、逃げも隠れもしない。
ニゲダシタイ カクレタイ……。
私は、女王。ダークエルフ最後の女王、タニア。
ホントウハ タダノ オンナノコ ナノ ダレカ タスケテ……。
ダレカ タスケテ!
○
キサラとクレアは、仲が良い。
アベルが関係を疑うほど、良い。
日曜日の昼下がり、アベルの自室で、クッションにまみれて、キサラとクレアが、くっついてひとつの本を読んでいたとき、アベルが部屋に入って来た。
「お邪魔ですか?」
ちょっと、ふたりの関係をからかうように、アベルが言う。
キサラは、可愛く、ちょっと怒ってみせて、クレアは主人の帰りを待ちわびた愛犬のように、無防備な喜びを見せて、アベルを迎えた。
「アゼル様。休日まで、お仕事、ご苦労様です」
「働きすぎよ? アベル」
アベルは苦笑して言った。
「うん、ちょっと気になることがあってね……」
アベルの語尾の含みが気になって、ふたりは尋ねた。
「気になることとは、なんですか?」
「なんでも言って」
ふたりに迫られて、ちょっと引きながら、アベルが答えた。
「ラプアシアのはるか南に、精霊が寄り付かない土地があるんだ」
○
精霊が寄り付かないとは、魔法も使えない、生物も居ない、完全に死んだ土地である。と、同時に、アベルの精霊知覚で、分からない土地でもある。
精霊に、寄り付かない理由も聞いたのだが……「なんだかイヤ」という子供のような返事が返ってきて困った。
アベルは、万物に宿る精霊に語りかけることによって、ほぼ、世界の全てを知ることが出来る。
これが、多大なるアドバンテージとなって、ラプアシアを発展させて来た。
知らない者は、知る者に支配される。……というのは、大げさかもしれないが、それくらい力の差が出るものなのだ。
ここに来て、知ることが出来ない土地の発見である。
距離的に、ラプアシアに影響が出るとは考えられないが、万一ということもある。
……調査が必要だ。
そう考えたのだ。
実は、アベルは、キサラとクレアには内緒でコッソリとひとりで行くつもりだったのだが……。
「私も行きます!」
クレアが、ふんすっ、と、力を込める。
「まさか、私を置いていくつもりじゃないでしょうね……」
ジト目でアベルを見る、剣呑な雰囲気のキサラ。
アベルは、両手をあげて、降参した。
○
件の土地に行く途中には、常に砂嵐が起こっている境界がある。これが、件の土地と、ラプアシアを隔てる最大の難所だ。
3人は、砂嵐が吹き荒れる荒れ地の地下を、土の中を掘って進む車に乗って、通りすぎた。未来科学魔法の道具のひとつである。
……ズルいと思う。
そのまま、件の土地の手前まで行って、車から降りた。赤錆た土に覆われた、植物が一切生えていない不毛の大地。そこには、鋼鉄で出来た廃墟が並ぶ都市があった。
○
3人が周囲を警戒しながら慎重に進む。
保存状態のいい建物を見つけると、なにか情報はないか調べるが、まるで徹底的な略奪の後であるかのように、なにもなかった。
生活の痕跡はあるものの、あるモノが決定的に欠けていた。
「人が全然居ないね……」
キサラの呟くような声。それだけでは、ない。
「人の遺体もないのですね……」
それだ。これだけの略奪をしていて、人の命は奪わなかったとでもいうのだろうか。
ありえない……。
3人は、そう思った。
○
夕刻。
「一度、帰るか……」
アベルの、その言葉をキサラが遮った。
「待って。夜にならないと、分からない理由かも知れないわ」
その言葉に納得して、十分に警戒して、頑丈な廃屋のひとつを拠点にして、夜を待った。
そして、夜……。
空気が変わった。
じめじめとした、水が腐った沼地のような空気が辺りに漂い始めた。
やがて、腐肉の臭いを撒き散らして、それは、押し寄せた。
頑強な鉄の扉が軋む。
生者を羨む、怨嗟のうめき声が、夜を貫く。底の抜けた飢えに苦しむ渇望の声が、呪いのように腹に響く。
無数の手が、窓を、壁を叩く。
それは死者の群れ……無数のゾンビの行進だった。
驚くべきことに、クレアの浄化が効かなかった。……それが意味することは……。
「……生きている。あんな姿になっても、彼らは生きているのよ!」
○
キサラの飛行の魔法で、逃げ出そうとした時、キサラが驚きの声を上げた。
「子供の声が聞こえる!」
ハイエルフの超聴覚に、反応があった。
「こっち!」
3人が飛行して駆けつける。場所は、城の玉座の間、その玉座にゾンビが群がって、子供を咀嚼していた。
子供は、苦悶の悲鳴を圧し殺した、くぐもった声を上げていた。
「アベル! 助けてあげて!」
「よっしゃー!」
アベルは、エデンズアップルシステムで、鋼鉄の機械の巨人を映写して出現させ、ゾンビ達を排除した。
しかし、ゾンビは無限のごとく押し寄せる。隙を見て、子供を助けだそうにも、子供の手足が、鎖で玉座に縛り付けられていて、それができない。
『引き寄せ!』
時の精霊が、引き寄せの未来科学魔法の道具で、空中に子供……闇色の肌をしたエルフの女の子を、引き寄せて救出した。
ゾンビもさすがに空は飛べない。キサラが浮遊する床の魔法道具を出して、そこに、ひとまず、避難した。
無残に食い殺された女の子……。しかし、その体が、みるみる内に再生した。
苦悶の表情で固まっていた顔が緩み、薄く目を開ける。
「あなた方は……?」
弱々しく女の子が聞く。
「ボクは、アベル。こっちはキサラ。隣がクレアだよ。君は?」
アベルが自己紹介すると、女の子が答えた。
「タニア……。ダークエルフ最後の女王です……」
そう言ってから、いきなり意識をハッキリと取り戻し、周囲を見た。
浮遊する床の下、部屋に満ちるゾンビの群れを見て叫んだ。
「大変! すぐ戻らないと……民が……民が飢えている!」
浮遊する床から飛び降りようとするタニアを、3人が必死で止めた。
「やめろ! 死ぬぞ!」
「行かないで!」
「行っちゃダメ!」
3人が必死で、タニアを思い止まらせようとする。
タニアが、優しい3人に感謝するように微笑みかけ、言った。
「大丈夫です。私は不死の秘術で不死身となっております。いくら喰われても死にません。すぐ、再生します」
驚愕する3人に、少しおどけて、笑って見せた。
「この都市の唯一にして無限の食糧が、私の肉体なのです」
○
「バカっ!」
突然、クレアが本気で怒り、タニアの頬を平手で叩いた。
呆然とするタニアに怒鳴りつける。
「作り笑いなんかして、気味の悪い! 子供なんでしょう?! 嘘なんかつかず、本当のことを言いなさい!」
まるで、私みたい!
クレアが吠えた。
クレアが、少し呼吸を落ち着けて、タニアに語りかけた。
「嘘の笑顔なんかで、愛する人達を、本当の笑顔になんかできないわ」
タニアが、ぐっと、涙ぐんだ。
クレアが、真剣に言った。まるで、自分自身のことのように……。
「ねえ……「助けて」って、言って? 私が……私達が、必ず、助けてあげるから……」
タニアの目に、涙が溢れた。
感情が爆発したかのように、タニアが泣き叫んだ。
「助けて……助けて下さい! もう、イヤなの……痛いの……苦しいの! 助けて下さい……!」
○
ダークエルフの国アムリアは、海神が住むと言われる内海サフィーに面した高度な魔法文明を持つ漁業の国だった。高度な魔法道具と、豊富な海産資源に支えられ、栄えていた。
しかし、ある日、突然、海が枯れた。
鉄を豊富に含むアムリアの大地では、農業も出来ない。なにより、水資源をサフィーに頼っていたアムリアには、生きる術が残されていなかった。別の土地に行こうにも、砂嵐で閉じ込められている。あの砂嵐は、普通の砂嵐ではない。一種の結界だった。
高度な魔法技術を持っていたアムリアの民は、食事を必要としない不死者に転生する秘術を、全ての国民に使った。
成功したのは、女王タニアただひとり。
全ての国民が、生きることも、死ぬことも出来ない動死体となって、夜の闇を、底のない飢えを癒そうと、食糧を求めてさ迷うことになった。
○
4人は、解決策を考えた。
ふと、タニアが、悔しそうに、呟いた。
「サフィーさえ、枯れなければ……」
キサラがアベルを見た。
その視線が求めるところを、アベルは知っていた。
クレアも、視線でアベルに求めた。
アベルは、力強くうなずいた。
○
朝……。
アベル達は、内海サフィーの海岸があったところに来ていた。
アベルが大きく両腕を開いた。
エデンズアップルシステムが、内海サフィーを映し出した。
美麗な、宝石で出来ているかのような海は、頼りなく透けて見えた。
「キサラ!」
アベルが、相棒の名を呼んだ。
「はい!」
キサラが、力強く応えた。
キサラの祈りが、映像を実在に変えていく……。
その力が、後一歩で及ばない……。
「クレア! 力を分けて!」
キサラとクレアの、力の波長は、まるで同一であったかのように似ている。
だから、力を共振させ、増幅させることが出来た。
「はい! キサラ、行きますよ!」
キサラとクレアが、固く手を繋ぐ。
ふたりの距離が、近ければ近いほど、増幅効率が上がるのだ。
でも、手を繋ぐだけでは、まだ、足りない。
キサラとクレアは、波長の共振距離を縮めようと、抱き合って額を合わせる。
……まだ、足りない。
もうちょっと、距離を縮めなくては、ならない。
でも、それは……。
キサラが、目で問うた。
クレアが、覚悟の目で応えた。
ふたりは、うなずきあった。
そして……。
……唇を合わせた。
ふたりの体から、光が立ち昇り、天に届いた。
天から、光が呼び込まれ、サフィーを照らした。
サフィーが光輝き、ついに実在化したのだった。
○
宝石で出来ているかのような美しい海が、命で溢れる。
澄みきった水を、金銀細工のような、輝く美しい魚達が、群れを成して泳いでいる。
『『『海だ!』』』
突然、背後から、無数の声がした。
地中から、染み出すように、死霊が、浮かび上がってくる。
ゾンビ達が、我慢出来ずに、腐りきった肉体を脱ぎ捨てて、飛び出してきたのだ。
死霊達は、皆、喜びの表情を浮かべていた。
歓声をあげて、次々に海に飛び込んで行く……。
天から、光が降り注ぐ……。
死霊達は、笑顔のまま、天に昇って行ったのだった。
こうして、アムリアの民は、救われた。
○
最後に、タニアにも、光が降り注いだ。
奪われ続け、磨耗した肉体は、まるで役目を終えたかのように、光の粒子へと変わり始めた。
「……行っちゃうのですか?」
寂しそうに、クレアが呟く。
タニアは、満ち足りた表情で、うなずいた。
「民を……そして、私を、救って下さって、ありがとうございました。やっと、苦しみが終わる。飢えが癒される……嬉しい」
そこで、タニアは、表情と口調を改めて、言った。
「魂が削れて、すり減っちゃった。生まれ変わって、やり直すね」
それは、女王をやめた、ただの女の子の言葉だった。
タニアは、万感の思いを込めて、クレアを見た。そして、言った。
「次、生まれてくる時は、私、クレアの娘がいいなあ」
そう言って、おどけて笑う。
それは、作り笑いではない、本当の笑顔だった。
「はい。絶対に産んであげます」
クレアが、ふんすっ、と、力を込める。
「キサラとアベルも、ありがとう! またね!」
タニアは、手を振って、天に昇って行った。
残された3人に、本当に、幸せな、笑顔の記憶を残して。
○
残された3人は、無言で浜辺を歩いた。
しばらくして、寂しさを吹き飛ばすように、キサラが言った。
「ねえ、ここを私達の隠れ里にしようよ。王族から匿わなきゃならない人達に、住んでもらうの!」
「いいね。仕事は、漁業と、塩の精製。そして、鉄の錬成なんてどうだ?」
「いいですね。教会としても、大変、助かります」
3人は、努めて明るく笑った。
……笑顔が、最大の、死者の供養なのだから。
ふと、その時、風が吹いた。
そこに、気配を感じて、アベルが空を見る。
「どうされました?」
クレアの問いかけに、アベルはこたえた。
「精霊が、戻って来た」
○
「これでよしっと……」
アムリアの地下。ラピータに匹敵する神結晶に、神力(100倍に薄めた竜力)を注ぎ終えて、不具合の処理も終え、アベルは一息ついた。
何者かが、神結晶と、それに力を供給する、竜力が溢れる地脈との接続を切っていたのだ。
犯人は、精霊女王……。いや、神々を喰い殺す竜か……?
おそらく、内海に住んでいた海神の力を削ぐためだろうけど、巻き込まれたダークエルフ達は、いい迷惑だな。
これだけの規模のマナスプリング……そして神結晶。きっと、この土地には、神、竜、精霊にとって、なにか重要なものがあったに違いない。
……調査が必要だな。
でも、それには、多大な労力と時間がかかるだろう。
……気長にいくか。
アベルは気持ちを切り替えて、ふたりが待つ浜辺に戻った。
○
アベルが、神結晶のところに、行っている時。
キサラとクレアは、赤い顔をして、うつむき、膝を突き合わせて向かい合い、どこか、ぎこちなく会話をしていた。
「あの……不快ではありませんでしたか?」
おずおずと、クレアが切り出す。
「不快なんか、全然なかったよ! どちらかというと、その逆で……」
キサラが焦って全否定して、しりつぼみになって、ごにょごにょ言った。
「ク……クレアの方こそ、イヤじゃなかった?」
「全然イヤじゃありません! むしろ、その逆でした……」
そう言って、ふたりは、真っ赤な顔で、無言で、うつむきあう。
なんだか、ファーストキスの後の初心者カップルみたいな、甘酸っぱい空気が辺りにただよう。
帰って来て、それを見たアベルは、更にふたりの関係を疑うようになったのだった。
○
神結晶に、力が満ちて、都市に機能が復活した。魔力で動く鋼鉄で出来た人形や、同じく鋼鉄で出来た魔法生物達が復活し、都市の復興を始めた。
なぜか、彼らの主人には、クレアが再登録されていて、人形や魔法生物達は、クレアを「王母様」と呼んで、付き従ったのだった。
クレアは、ちょっと、困った。
2020年7月21日 ストーリー上の矛盾点を修正しました。




